残り00:23:16

 半分、死んだ気分だ。

 ぼくは双子だった……と、過去形でいいたくない。

 認めたくないんだ。存花そんかねえがいなくなったことを。

 必要だった、と真壁まかべ先輩の体に入っていた彼は言った。

 そうかもしれない。

 かげながら、姉ちゃんには助けてもらっていた気がする。

 たとえばもし土曜日にケンカをしなければ、日曜日にハツ美……いやラス美さんの家をさがしに行くこともなかったし、あの家を見つけられなければ、なぞが解けることもなかっただろう。


「ねえ」


 くらやみで、声だけがする。


「落ちこんでんの? なっさけないなぁ~」

「姉ちゃん……。どこ?」

「いるでしょ、ちゃんと〈ここ〉に。ソンちゃんの中に」


 体育座りで伏せていた顔を上げて、360度、目をこらしてさがす。


「いないじゃないか……。もういいよ。もういい。そろそろ吹雪になって、ぜんぶ、消えてなくなるんだ。そしたら姉ちゃんと――」


 バカ!


 ぱん、とほっぺをたたかれた感覚があった。


「しっかりしろっ! それでも私の弟かっ!」


 姉ちゃんが、どなった。


「がっかりさせないでよ……ね? 私さ、うれしかったんだぞ? たった10日とおかちょっとだったけど、成長したソンちゃんといっしょにいられて……」

「姉ちゃん」

「ちゃっかりデートまでしちゃったし」


 ふふっ、と照れ笑いする姉の顔が、思い浮かんだ。


「とーにーかーく! もう一度いうよ? 私はソンちゃんの中に、ちゃーーーんといるの」

「……うん」

「ソンちゃんが出てけっていったって、出ていかないんだから。ね?」

「……………………」


 うん、と声に出したのと同時に、目がさめた。

 目元がぬれてる。すぐにそででぬぐった。

 泣いてる場合じゃない。

 いこう。

 吹雪をめに。


「スマホが」


 ふるえてる。

 画面をみると〈かのぷ~〉と出ていた。

 狩野かのう先生だ。ファミレスで連絡先を好感したとき、「〇〇先生」って出ると誤解されるかもしれないから、そのあだ名で登録してねってたのまれたんだっけ。


「はい」

「あ。よかった~~~。やっとつながりました~」


 ゆっくり、頭が起き上がってくる。自分がおかれた状況を思い出す。

 先生の声がスピーカーから流れて、人気ひとけのない空間に響く。


「もう、あれですよね、ラス美ちゃんのホテルの写真がどうのって事態じゃないですよね?」

「はい。今、どこですか?」

「ホテルのそばの小学校です。いきなり雪がつよくなったから、車をすてて避難したんですよ」


 そうですか、と返事しつつ、廊下の窓の外を見る。

 白一色。

 ペンキで塗ったように。わるい冗談だ。

 先生が、不安げに言う。


「この雪のふりかたは異常ですね……もう人類は終わりかもしれません」


 体に残っている元気をふりしぼるようにして、


「いえ」


 とぼくは言い返す。


「まだ大丈夫です。たすかる方法が一つだけ」

「その一つとは?」

「ぼくがラス美さんにって、愛の告白をして、キスするんです」


 からかってるか、おかしくなった、って思うだろうな。

 でも先生はノータイムで、


「じゃあ協力しましょう」


 と力強く言ってくれた。


「先生」

「とりわけ、現時点の障害は何です?」


 ぼくは上を見上げた。


「まず屋上に出たいです。ラス美さんは、たぶん〈特別教室〉にいるので」

「職員室へは行けそう?」


 移動した。

 エアコンプラスストーブで、室内は空気がむわっとしている。

 先生に教えてもらって、ラス美さんの担任の先生の机をさぐった。


「あった!」


 このカードキー。

 これで屋上にでられるぞ。


「ちょ、ちょい待ちです、白石ちゃん」

「はい?」


 屋上への階段の途中で、ぼくは立ち止まった。


「今……想像を絶するほど、外の環境は過酷なのです。屋上に出たら、〈特別教室〉へは十メートルから十五メートル進めばいいってところでしょうけど……」

「危険ですか?」

「白石ちゃん――〈ホワイトアウト〉ってご存じです?」


 簡単に説明してくれた。

 ようは、雪による光の反射や散乱で視界が白く染まり、上下、前後、左右の感覚を失ってしまうこと。

 極端な話、立っているという実感さえなくなって、無重力状態で浮いているような錯覚さえ生じるらしい。


「寒さで急激に体温が下がるのも、よくないです。屋上に出るのは……ものすごく……」


 先生が言葉をのみこんだ。

 その先は、忠告してくれなくてもわかる。


(やばい、か)


 荒れ狂う暴風のせいか、雪の圧力のせいか、どこか下のほうで窓が割れる音がした。

 冷たい空気が上がってきて、ぼくの前髪をあげる。


「先生」

「はい?」

「ぼく……」


 まぶたの裏に、姉がみえた。姉とぼく、同時にうなずく。目をあけた。


「いきます!」


 カードをピッとして、ロックを解除。

 ドアは内開きだから、外開きよりはラク……いや……外開きだったら、アウトだったかもな。つもってる雪の重さであけられずに。

 不思議だ。

 ずっと取り組んできたのに、今、この瞬間から“みっしょん”がはじまったような気がする。


(うわっ!)


 やる気になったそばから、こけた。

 雪崩なだれこんできた雪とぶつかって、足をとられる。


(っと、っと)


 階段が、あっという間にソリですべれそうなほど白い坂道になって、そこにしがみつく。

 ごぉ、とすさまじい風の音。

 立ち上がると、容赦なく全身に吹きつけてくる雪。

 ドアの向こうは、真っ白。はやくもホワイトアウトしている。でもいかなくちゃ。あの人に――


(ラス美さんにうためにッ!)


 屋上へ、足をふみだした。

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