残り16:00:00

 ポテトをカツアゲされた。

 いや、あげたんだ。女の子が、すごくほしそうに見てきたから。

 そんなことがあったんだよ、と言うと、


「ソンタらしいぜ」


 親友の大友おおともはあきれたような、でも感心してるような、微妙な顔になった。

 ぼくの机の横に立って、片手をズボンのポケットにいれている。半袖白シャツに黒ズボンの、夏服。

 校則違反の茶髪の前髪が、汗で少しぬれている。

 教室の外からは、セミの鳴く声。


「あっちーなー、朝っぱらからよぉ」


 あついな、とぼくは相槌をうつ。


「あー! エアコンの設定温度、マイナス20℃とかにできねーかなー!」 

「こごえるだろ」


 ちかくの男子が、ははは、と笑う。

 どこにでもあるふつうの光景だ。たいしてめずらしくもな……


(へんだ)


 だが、その違和感を言葉にできない。


「考えてくれたか?」


 大友がぼくの肩に手をおく。


「おれの妹とのデート。一回くらい、いいだろ?」

「だめだ。どうしてぼくが……」


 ほんとに、こいつはどうかしてる。

 デートなんかできるわけないだろ。

 もちろん、向こうに不満はない。めっちゃかわいくて、ぼくなんかにはもったいないぐらいの女の子だ。

 問題は、ぼくにある。

 見た目は平凡、これといった取り柄もなく、部活も帰宅部。

 モテる要素ナシ。

 だからってわけじゃないけど、ぼくは初恋のハツ美以来、女の子を一人も好きになっていない。

 だって、好きになってくれるはずがない子を好きになったって、つらいだけじゃないか。


「ちっ。やっぱきびしーか」


 肩から手をはなして背中を向けた大友が、高速でふりかえる。


「そうだ! ソンタと家族になる方法、ほかにもあるじゃん!」


 ぼくは首をかしげた。


「おれがソンタのきょうだいと結婚したらいいんだよ! いねーか? 女のきょうだい。できれば――」手をお祈りのように組み合わせて、上をみる。「きっれーーーなお姉さまがいいなぁ……」


 どっくん。

 心臓の音が一つ、きこえた。


「なあ大友」

「ん?」

「ぼくは」


 どっくん。

 まただ。


「残念ながら一人っ子だ。きょうだいは、いないよ」


 ぼくが自動的にしゃべっている。

 自分で自分を外からみてる感覚。

 記憶がある。

 これ――高校一年生のときの夏だ。思い出した。こんな会話、たしかにしたよ。大友と友だちになったばかりのころに。


「バカいってないでいくぞ。一時間目、体育だろ」

「おう」


 ぼくと大友が、教室を出ていった。

 この〈ぼく〉をおいて。


(さっき……なんて言ったんだ)


 記憶力はよくない。テストの成績だって、よくないんだ。

 でも、自信をもっていえる。

 あれとまったく同じセリフを、だいたい一年前の教室で口にしたことを。

 いやセリフなんか同じじゃなくてもいいんだ、重要なのは、一人っ子だと断言した事実。


(くそっ)


 とにかく、これは夢だ。現実じゃない。

 はやく起きないと、起きて――


(ラス美さん!)


 いかなくちゃ。あの人のところに。 

 両方のまぶたを、小さな自分が二人、重量あげのように押し上げるイメージでつよく念じる。


「ソンタぁ‼」


 パチッ、とその声で目がさめた。

 教室。

 今は吹雪寸前の7月。

 ラプチャーローズの影響でみんな眠っていて、もちろん大友もぐっすりだ。ぼくの机に横向きに頭をつけている。今のは寝言だろう。


「おい、おい」


 強引にぐーっとまぶたをこじあけてみたが、起き上がる気配はゼロ。

 まいったな。

 まわりを見る。

 クラスメイトは、一人残らず睡眠している。

 教室の照明が、なんかうす暗くなってる気がする。

 しかしエアコンは作動していて、寒くはない。


(あいかわらず、外は大雪か)


 とりあえず体が要求するのでお手洗いにたち、用をすませる。そして冷たい水で顔をゴシゴシ洗った。

 今は何時だ? ぼくはどれくらい、意識を失っていたんだ?


「夜の7時だよ。ソンタくん」


 うしろのほうから声。

 壁に片手をあてて立っている長身の男子。


真壁まかべさん」

「キミと〈この姿〉で会えるのも、これで最後かな」


 けだるそうに前髪をさわりながら、ぼくに近づいてくる。


「カタストロフィがはじまった。もう終わりはすぐそこさっ」


 そう彼が言い、とっさに出てきたのは、ぼくのせいですか――っていう、責任のがれみたいな言葉だった。

 真壁さんの体をのっとった異星人は、首をふる。


「誤解しないでくれたまえ。終わった、とは言ってないの……」


 さっ、と前髪を指ではじくような手つき。


「オレは最後の最後までキミを信じている。キミは、そんなにヤワじゃないと信じてるよ」

「大丈夫です……せめて告白だけは、絶対にしようと思ってます」

「うん。でもその前に」


 学校一のイケメンが、突然目をつむった。

 真壁さんの体が、ぐらり、と傾いて倒れる。


「真壁さん?」

「もう、オレはそこにいないよ」


 校内放送のスピーカーから、彼の声がする。彼の、というより、機械的で中性的な声質。


「きいてくれ白石君。キミは告白の前に、大きな試練をのりこえなければならない」

「えっ」

「これは必要なことだったんだ。“みっしょん”を達成するために――キミの精神の安定のために――キミが告白をつけるために」

「あの……」

「ずっといっしょにいたという記憶とともに、存在しないものを存在させる必要があったんだ」


 どっくん。

 それは耳障りなほど大きく、ぼくの内側に鳴り響いた。



「キミの双子の姉の白石存花そんかは、この世にまれずに母親の中で亡くなっている」



 ――え?

 ……うそ……だろ?


「キミのインナーOSオーエスにインストールしていたんだけど……もう、“みっしょん”のために与えられていたそれ自体が、消えちゃったからね」


 ぼくは目をつぶる。

 たしかに……もう何も見えない。目を閉じたら現れて、寝るときにすごく邪魔だったあれが。

〈吹雪になる前に告白をつけるんだッ!〉と名づけられたフォルダが。


「〈心見こころみ〉みたいな特殊能力ほど単純じゃなかったから、モジュールを有効にするにはいったんキミを〈強制終了〉させる必要があった。それが」

「もしかして、生徒会室……ですか?」

「そう。ラプチャーローズを無効化できるキミが、唯一、気を失ってしまったあのときだよ」

「そんな」

「さっきまでキミが眠っていたのは、ラス美じょうのラプチャーローズが性別問わず、さらに極大範囲の無差別攻撃になってしまったからだけど、それが奇しくもインナーOSの期限が切れるタイミングと重なったんだ。いいかい、冷静に――――きくんだよ」

「やめてください」

「白石存花はアンインストールされた。もうキミの心の中から消えたんだ」


「やめてくださいッ‼」


 ぼくは教室から出た。

 この人の話を、これ以上ききたくない。

 走った。

 息が切れてもまだ走った。

 校舎の中を、ときどき階段を上がったりりたりして、ぐるぐるぐるぐる。

 どこにいったって、もう姉ちゃんに会えないのに。

 もう姉ちゃんはいないのに。


「姉ちゃん!」


 さけんだ。

 廊下の壁に反響してエコーがかかる。

 返事はない。


「姉ちゃん! 姉ちゃん……」


 これで300円の罰金だ。

 たのむから、とりにきてほしい。

 きてくれたら、全財産、はらってもいい。


(……)


 雪は、建物の中までは入っていない。

 でもぼくの足元が、すこし、水でぬれている。

 涙がこぼれて、とまらない。

 やがて泣き疲れてしまって、ぼくはふたたび、つよい眠気をおぼえた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る