残り23:00:00
これから告白しようという相手が、フッと消えようとしている。
退学という方法で。
吹雪になる前に、いなくなられちゃマズい。
きれいな文字で
(おかしい。ぼくとホテルに入った写真ぐらいで、そこまで――)
するか?
しない。
ラス美さんはそこまで弱くないし、浅はかでもない。
きっと、べつの理由があるはずだ。
学校をやめなくてはいけないほど重大な何かが彼女の身に起こったとしか思えない。
「破っちまおーぜ」
本気か冗談か、彼女の退学届けに
3分間、ぼくと大友は顔を見合わせ、スピーカーから流れた音声をきいた。
「……まじかよ、ソンタ」
信じられない内容だった。
ぼくは生徒会室の窓をみる。
白くくもったガラスの向こうに、大量の白い雪が滝のように落ちている。
まだ昼の12時も回っていないのに、不気味なほど空は暗い。
ゴロ……と、カミナリまで鳴っている。
ひどい悪天候だ。
なるほど、こんなので下校できるわけがない。
「替えの下着、もってきてねーよ」
「そこ、一番に心配するところか?」
と、つっこむと、大友はニッと口元だけで笑った。こういうときでもしれっとボケるあたり、ぼくより
大雪特別警報が発令された。
このため、現在校内に残っている生徒は帰宅せず、そのまま待機しろという指示が出た。それぞれが所属するクラスの教室にとどまって、教師の言うことに従うように、と。
「この天気じゃ、お泊りは確定だろ」
廊下を歩きながら大友が言う。
「ちょい、ワクワクもするよな」
「……そうだな」
だが人類絶滅まであと一歩だぞ――とは言えない。
ビビらせるようなことを口にしても、もうおそい。
ぼくががんばるしか、ないんだ。
とにかく“みっしょん”を
「あっ」
向こうが、ぼくたちをみて声をあげた。
曲がり角で、出会い頭にそこにいたのは、
「
「あ……」
すぐ思ったのは、土曜日のデートのすっぽかし。
おこられる、なぐられる、けられる――そのどれかがくると身構えたものの、
「……」
意外に、何もされない。
ぼくと目を合わせないように顔をそむけている。
「大友。先にいってくれ」
「いいのか?」
「ああ」
ソンタに手ぇだすんじゃねーぞっ、と大声で念をおして、あいつは廊下の奥に消えた。
これで
まずは謝ろう。
「あの、土曜日は」
「ど、土曜日⁉ そ、その話するんだ……?」
目が右をみたり左をみたり、あきらかに挙動不審。
「まさか、アンタ――いや、ソンソンがあんなにはげしいヤツだとは、思わなかったからさ……」
ソンソン!
いつのまに、ぼくをそんなあだ名で?
柏矢倉さんは下を向いて、つま先で地面をコンコンやっている。
「でもうれしかったよ。やっぱさ、そうだよね、恋愛に年の差って……カンケーねーし」
わからない。
ひとつも心当たりがあるワードが出てこないぞ。
よく考え直しても、ぼくは土曜日はラス美さんとデートしてて、同じ時間に約束のあった彼女のところへは行っていない。最低最悪なことに、おことわりの連絡さえいれていない。
「それより」
やっと、ふだんの彼女に近い雰囲気になった。
「会長がどこか知らない? みんなでさがしてるんだけど」
「生徒会室には行ったんですが、いなかったです」
「ってことは、みた? あの退学届け」
はい、と返事すると、柏矢倉さんはふかいため息をついた。
「気にしなくていいのに。会長……たとえラプチャーローズが暴走したって」
「えっ」
「ごめんソンソン! またね!」
片手をあげて、黒髪ショートのギャル系女子は元気に走り去った。
なにが、どうなってる?
ぼくへの接し方がおかしかったし、ラス美さんがいなくなったとも言っていた。
心の整理もできないうちに、混乱するイベントがもう一つ発生した。
「あら、存太」
呼び捨てッ!
うそだろ。そこまで親密じゃなかったはずだぞ。ふつうに「白石君」とかだっただろ。
連絡通路の真ん中あたりに立っているのは、お嬢様のような
「土曜日は、ありがとうございました」
「はあ……」
「人生で最高の日でした。私に」ふふっ、と上品にほほ笑む。「とっては……本当に……」
きけない。
ききにくい空気だが、ぼくはあえてきいた。
「あの……土曜日に何があったんですか?」
「もう! 存太ったら!」
近寄って、弱い力でおでこの上あたりをコツンとされた。
「忘れたフリなんて、ひどいじゃありません? 私を、あんなにしておいて――」
顔を赤らめ、両ほほを両手でおさえている。
あんなに?
ぼくの知らない〈ぼく〉が、いったい彼女に何をしたっていうんだ?
「ところで」
さっきの柏矢倉さんみたく、いったんふつうの彼女にもどった。
「会長をお見かけしておりませんか?」
「いえ。いなくなったんですか?」
ぼくの質問にはこたえず、あごに指の先をあてて考え込んでいる。
「生徒会総出でさがしているんですが……もしかすると、やはり〈あそこ〉なのかも」
彼女の二重のまなざしが、ななめ上に向けられた。
「この雪であんなところにいたら、生命の危険さえありますのに」
「屋上の〈特別教室〉ですか?」
「さすがですわ、存太」
チュッ、とほっぺに。
かるく。
この国の挨拶はこうなんですよ、くらいなんでもない感じで。
こっちとしては、なんでもなくないのに。
では失礼します、と小御門さんはきれいなフォームの早歩きで行ってしまった。
(えー)
苦情ではなく、とまどいの「えー」で頭の中が埋まる。
もはや、土曜日に何かがあったことは疑問の余地がない。
しかし、ちいさいことだ。
たとえ
階段をおりて、正面玄関まで移動した。もうみんな教室にいるのか、しーんとしていて誰もいない。
ガラス扉の取っ手に体重をのせるようにして、そのまま押す。
学校の外に出た。
すぐ、中に入った。
(とてもじゃないけど帰宅なんかできない。数メートル先もわからないすごい雪と風で、冷凍庫の中の何十倍も寒いし)
ぱっぱっ、と体についた雪をはらっていると、
「こらっ! 勝手に教室をでるなっ!」
大人の口調を真似ているが、長い時間いっしょだったぼくの耳はごまかせない。
「姉ちゃん」
「はい罰金」ぼくから視線をはずし、はげしい雪をながめる。「あーあ、たいへんなことになっちゃった。家に帰れないね」
「あの……ごめん。この前の、あれ」
「あれ?」
「部屋で、ぼくがどなったこと」
「まだ気にしてたんだ? ソンちゃんらしいね」双子の姉が、ぼくの手をとった。「ほんと、やさしい子なんだから。ね、そうやって素直に謝れるのはソンちゃんのすごーくいいところだから、これからも大事にしてね?」
あの二人につづいて、姉もすこしおかしい。
ぼくの双子の姉の
「それはそうと、なにそれ」
ぴっ、とぼくのほっぺを指さす。
「キスマーク。百年、はやいんじゃない?」
「え?」と、とっさに手の甲でぬぐう。
「あーあー、むりやりこするから、チークぬったみたくなったじゃん」姉がハンカチをとりだす。「ほら、これで平気」
「ありがと」
「バカな弟もつと苦労するよ」
こするように顔をふいてくれたあと、いっしょに歩いて、それぞれの教室に向かった。ちなみに姉は、三つとなりの教室だ。
「おい!」
と、ぼくに気づいた大友がいきなり声を荒らげる。
「やっぱりやりやがったか! あの女~!」
「やられてないよ。おちつけ」
「でもソンタ、顔、
ん? 赤い? それって、キスの
「みろって」
折りたたみ式の鏡をみせる。こんなのを常備してるなんて、しゃれっ気のあるヤツだ。
「な?」
「ほんとだ」
「つかうか?」
洗顔シートを一枚くれた。身だしなみにも余念がないヤツ。
色つきのリップか口紅か、ほんのりピンク色をしたものをそれでぬぐいとった。
(ほっぺは、たしかに姉ちゃんがハンカチで……)
いや。
いやいや。
あー、なるほどな。
少し様子がおかしいようだったけど、あっちは通常運転だったってことか。
つまり、ちょっとした仕返しだ。
前にぼくが「うるさい」って言ったアレ、なんともないって言ってたけど、しっかりお返ししたよってことだ。
ハンカチでふいたフリなんかして。ほんとは、ふいてなかったんだな。
(まったく……)
こまった姉だ。
このあと、昼食としてくばられたお弁当の中には炊き込みご飯があって、そこにシイタケが入っていた。姉の大嫌いな食べ物だ。きっとしかめっ
(どうする)
1時。
教室のみんなは食事中も、食後も口数がへっている。
不安なんだ。
この雪と寒さに、出口がみえないから。天気予報もずっと先まで雪、雪、雪だったし。
「なあ大友、ぼくはやっぱりラス美さんをさがしに……」
ぐごぉぉぉ、と豪快なイビキ。
おい。食べたあとに眠くなるのはわかるけど――
(へんだな。まわりも静かすぎる)
誰も起きていない。寝てる。机につっぷしたり、床に横になったりして。
スマホをだした。
とりあえず、一年の
返事はない。
となりの教室を確認したが、やはり一人残らず眠っている。
(おそらくラプチャーローズだ。ラス美さんの、眠りをさそう体質)
それが暴走しているのか?
全校生徒を巻き込んで?
ぼく以外はみんな……ぼく…………
くっ。
冗談じゃない。ぼくまで寝たら、もう地球はおしまい……だ……。
……。
ぼくの意志にさからって、まぶたがギロチンのように落ちた。
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