残り3日 ー 9:30~12:00 ー
意外にも、駅周辺には人が多い。
テレビもネットも〈七月に大雪〉という異常気象で
が、街をゆく人はふつうに歩いている。
というか、そういうのを気にしてない人たちだけが、外出しているのかもしれない。
「こんにちは」
からはじめた。
何事もあいさつからはじまる。
「……」
じろっ、とキラリと光る
ダサいと思われないよう、最善の努力はした。クローゼットをひっくりかえし、選考に選考をかさねた服えらび。これでダメだと思われたらしょうがない。
一方、ラス美さんは服装のセンスもラスボス級。
ファッションにくわしくないぼくでも、完璧だということがわかる。
ファーというらしい黒くてモフモフした素材が首まわりにあって、そこから真下にスーッとジッパーがおりるオリーブ色のロングコート。
もう火ぶたは切られている。
戦いは、はじまってるんだ。
「えっと、全然、待ってませんから」
「待っていたのは、わたしだ」
「えー、あ……似合ってますね、その服」
「コートを着用した目的は防寒だ。見た目など関係ない」
ごふッ!
二連発で……やられたぞ。
これは
「立ち話はいい。いくぞ」
しゃっ、と音のつきそうな鋭いターンで背中を向けるラス美さん。
その回転にともなって長い髪が……ない。つむじのあたりでまとめられている。ただぐるぐる巻いているのか、編んだ上で巻いているのか、まとめた部分の髪の流れは複雑で、さながらダンジョンのようだ。
駅の入り口前の屋根があるスペースから移動して、建物の中にはいる。
「あの」
ぼくが横にならんでも、横顔を向けたままで、
「なんだ」
と、そっけない。
「会えてうれしいです。来てもらえるかどうか、わからなかったから」
「うれしい……」
ぐん、と急に加速した。
ん?
まさか機嫌をそこねてしまったのか?
彼女の表情は見えない。
足元がわるいのにスピードをあげると、あぶないと思うけど。下は、雪が積もっているんじゃなくて、雪をくっつけた靴が行き来しているせいでびちゃびちゃに濡れていて、いかにもすべりそうだ。
待ち合わせをしたこの駅は大きい。
縦方向には駅ビルと地下街があって、横方向にはショッピングモール。
カップルが前から歩いてくる。
(えっ)
ラス美さんは突然速度をおとして、壁際によった。
(どうして)
カップルが、ぼくの横を通りすぎるタイミングで言った。
「ふわぁ……なんか、ねみー。っかしいなぁ、しっかり寝てきてんだけどな~」
「おい。デートの最中に『ねむい』とかいうバカがどこにいんだよっ!」
女性の
数メートル前に、壁に背中をつけて、すこしうつむいたラス美さんがいる。
(ラプチャーローズか。こうやって、つねに〈男性〉に気をつけることが、彼女の日常なんだ)
これが、極端に男を毛嫌いしていた理由――じゃなくて、もしかしたら男を近寄らせないように……。
近寄れば、強制的に眠ってしまうから。
おそろしい仮説だ。
今まで
おそろしい、っていうのは、その覚悟やストレスや心的ダメージを考えたら、ということ。
思わずぼくは声をかけた。
「大変ですね」
「ちがう。反対だ」
「反対?」
「同情しているのは貴様ではなく、わたしのほうだ」
ふっ、と彼女はおかしくなさそうに、わらう。
「吹雪になる前に告白をつける、というバカげたことに
「ぼくは……」
「きっと“みっしょん”とやらがなければ、わたしをこうしてデートにさそうこともなかった。そうだろう?」
ふふっ、と浮かべたその表情は、もはやわらっていない。
くっ。
こんなくらいムードでデートとかしても、成功するわけがない。あまつさえ、キスなんかできるか。
ぼくは打開の
「そうです‼ そのとおりです‼」
む、という感じで、彼女の顔の角度がやや上にあがった。
「当たり前ですよ。全校生徒の前で『男は死んだほうがいい』とか平気でいう人とデートなんか、したくないです」
「そうか。ではここで
「ぼくには、双子の姉がいるんです」
「なに?」
「気分屋で、機嫌がいいときはよくしゃべるけど、そうじゃないとムスッとしてる。弟のぼくには遠慮なく暴力をふるって、小さいときはよく泣かされました」
「苦労したな」と、ラス美さんは頭の回転がはやい。「だが今は関係のないことだ」
あるんです、と、ぼくは彼女に接近した。
壁際に追いつめるように。
「そんな姉ちゃんですが、大事な姉ちゃんなんです。死なせるわけにはいかない」
「気持ちはわかる。しかし、貴様に“みっしょん”を課している連中は、かくも地球の気候を思いのままにできるほど圧倒的だ。気持ちだけでは、どうにもなるまい」
彼女の息はほのかに白く、ふわっ、とぼくの顔をつつみこんだ。
もう、それぐらいの距離にいる。
「思い切って聞きます。あなたは、ハツ美ですか?」
「はつみ?」
「『ながもり はつみ』という名前に聞き覚えはないですか?」
「くっ。不愉快だ。そんなに顔を寄せてくるな」
「ぼくを『シラケン』って呼んだことは――?」
「
どん、と肩を強く押される。
踏ん張らないと、うしろに
やむをえない。
強行手段だッ……といっても、片目をつむるだけだけど。
(本当に、何を言っているんだこの男は。はつみとかシラケンとか、まったくわけがわからない)
あ、あれ?
うそだろ。
この強烈な肩すかし。
これまで何回かの〈
ふつうにリンクしているぞ。見えている表と、見えない裏が。
なぜだ?
「まくしたててきたと思ったら、こんどは
「いえ……大丈夫です」
ボケてないです、と彼女の目をみて断言する。
ラス美さんはそんなぼくを〈いなす〉ように、ゆっくりまぶたをとじた。長い
「ただ一つだけ、正しいことはあったがな」
「一つ?」
「教えてほしければ、ついてこい」
◆
うそだろ。
うそだよ、こんなことって。
ありえるのか――
「さあ、次にいくぞ」
10曲連続ぅ‼
まだマイクをはなす気は、ないみたいだ。
いや、べつに交代してくれなくてもいいんだけど、なんていうか……とてもユニークな音程と歌唱法だ。
意外な一面をみた。
「~~~っ。~~♪」
大きなモニターを背にして立ち、アップテンポの曲をかるくステップをふんで歌っている。
彼女なら当然というか、歌詞はすべて記憶しているようだ。
ちなみにロングコートの下はタートルネックセーターにひざ
見た目よし、選曲もそれなりに流行の曲でよし、ただ残念なのは――
「ね、きいてきいて! 明日、学校でお歌のテストがあるの」
ちょうちょ~ちょうちょ~と、ぼくの前でいきなり歌いはじめたハツ美。
あれは上手だった。
思わず聞き
(ここだけで判断すれば、別人だな……)
おい、とマイクなしの
「そろそろ一時間だ。出るぞ」
はい、と返事。
歌えとふられたら、どの曲を歌うべきか……って、ずっとドキドキしていたのはなんだったのか。
ドアをあけたままで支えて、ラス美さんが通るのを待っていると、
「貴様はどうか知らないが、わたしは」
楽しかった、と、マイクの音量をしぼるようにフェードアウトした言葉。
背中を追いかけて、
「ぼくも楽しかったですよ」と言う。
駅ビル2Fのカラオケボックスで会計をすませて、外に出た。
じゃっ、じゃっ、と二人で雪をふみしめて歩く。
傘をさしてないので、頭には白い雪がつもっていく。
この天候にこの足場で、どこに行こうとしてるんだ?
「今から」
ぼくが質問する前に、ラス美さんは明快に答えてくれた。
「ホテルにいくぞ」
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