残り3日 ー 9:30 ー

 これが最後の晩餐ばんさんだとは思いたくない。

 この〈ふわふわヒレカツ膳〉が……まあ、わるくないけど。


「じゃ、メシの前に乾杯すっか」

「制服姿で『乾杯』とか言ってたら、まわりに誤解されるじゃないですか。バカなんですか?」


 うぐっ、という顔の大友おおとも

 まったく、と、となりであきれているのは一年女子の曳舟ひきふねさん。

 近くのファミレス。窓際の四人がけの席。

 もう一人、ぼくのとなりに座っているのは、


「あの……あまりお騒がせしないように……」


 学校の先生。ラス美さんにくわしい、“みっしょん”攻略の最後のメンバー。

 みんなの前に注文したものがならんだところで、ぼくは言った。


「明日、ラス美さんとデートします」


 リアクションは三人でべつべつ。

 うぉぉ、と大友はおどろき、へー、と曳舟さんはそれほどで、んまっ! と一番おおげさだったのは狩野かのう先生。


「案外、手がはやいんですね」と、一口目を食べる。「これじゃあ恋愛マスターの私の出る出番、なかったじゃないですか」

「とんでもない曳舟さん。本番はこれからなんだ」

「はい?」と、フォークに巻いたパスタを口元でとめて言う。


「キスしなきゃいけないんだ」


 ぱっきーん、とテーブルが凍りついた――気がした。

 あれ?

 あ、そうか、みんなには“みっしょん”の内容をちゃんと伝えていなかったっけ。


「お……おお、男だぜソンタ。さすが、おれのソンタだ……うん」

「なに納得してるんですか。私、見そこないましたよ先輩。そんなに欲望全開だったなんて」

「初回のデートでキスまでとは……うーん、今どきの子は進んでますねー」


 ちがうんだ、と言わざるをえない。

 が、


(そうしないと地球が雪玉ゆきだまになるとか言っても、わけわかんないだろうな)


 ここは否定せずに、あえて汚名を着よう。


「明日のデートでキスまでもっていく、いい知恵はないか?」


 曳舟さんが、ケイベツのまなざしでぼくを見る。限界までまぶたを落とした細目で。

 それを真横から見る、大友のにらむような視線。


「おい、ソンタをそんな目で見んな」

「はぁ?」

「キスしたいっつって、なにがわりーんだよ。好きな女となら、したいと思って当然だろ?」

「熱弁とか……あのですね、はっきり言ってドンっっっ引きですよ」

「おまえはキスしたくねーのかよ! そういう気持ち、一ミリもねーのかよ!」


 動揺していたのだろうか。

 はっ、とくさいものを払う手つきとともに彼女の口からでたのは、


「あらへん!」


 しーんとした。

 あらへんかー、ととくに不自然とも思っていない先生は、お箸でおしんこをつかむ。

 事情を知っているぼくには、彼女が今、すごいスピードで赤面してる理由がわかる。

 秘めておきたかった関西弁が、つい出てしまった。 


「いいじゃん」

「……え?」

「おまえ、関西弁のほうがかわいいぞ?」

「は、はぁ⁉ や、やかましいですよ」


 かっ、と頭の中に一瞬、白いタキシードを着たこいつと、ウェディングドレスを着た彼女の姿が見えた。

 ぼくには未来がみえる能力もあったのか? はは……まさかね。

 とにかく、気をひきしめていかないと、あるはずの未来だって〈こおる〉。

 がんばらないとな。


「先生。なにかいい案はないですか?」


 あついお茶が入った湯飲みを置いて言う。


「いい案もなにも……お好きに青春しなさいって感じですかねー」あ、と両の眉があがる。「そういえばラプチャーローズ……羅須美らすみ嬢の〈結界〉の問題は、どうやってクリアを?」

「それプロレスの話っスか?」


 必殺技の名前だと誤解している大友に手短に説明する。


「あー! アレか! おれが体育館でやられちまったヤツだ」

「ふむ。白石君のお友だちには、ちゃーんと効果がでてるみたいですねぇ」

「ぼくは平気でした。今日も、かなりの距離まで近づいたんですが……」


 どうしてかなー、と先生がつぶやいて、その話はそこで終わった。

 そして全員、完食。


「あのぅ……おごってあげたいのは山々ですが、そうすると『えこひいきー!』っておこられちゃうので――」

「わかってます。お気持ちだけでじゅうぶんです」

「デート、成功するといいですね」


 にっ、と先生は口元だけで笑った。

 迷惑かなと思ったが、やっぱりこの人を食事にさそって良かった。

 ラスボスにいどむパーティーの集まりに。

 ムシがいいといえば、そうなんだ。

 ラス美さんへの告白を成功させたいから、みんなでどうにかしてくれっていうのは。

 ぼくの問題は、ぼくが解決しないといけない。


「うわっ! なんか……飛んでません? 虫? 鳥?」

「でけぇ声だすなよ。ほかのお客さんのめいわ――いてっ‼」


 大友の頭に、こちん、と何かがぶつかった。


「わ。操縦ミスです。ごめんなさい」


 と、片手で手刀しゅとうをたてる先生。

 もう片方の手には、横持ちのスマホ。

 動かしているのは、ドローン?


「ほら白石君。あのときも、これで撮ったんですよ」


 っていうのは、図書室の前で曳舟さんと接触したときの、ラス美さんの姿を写したあれか。

 いやそれはともかく――


「いいんですか? お店の中でドローン飛ばすとか……」

「いいんです!」


 先生は強気だ。こういう態度、いつもの授業で見たことはない。


「さー、上空からの記念撮影です。この高さならバッチリおさまってステキな絵がとれます。いきますよー」


 ハイチーズ、といった瞬間、大友がみごとな反射神経できれいに親指を立てた。


 ◆


 帰宅早々、いーご身分ねー、と姉ちゃんに皮肉たっぷりに言われてしまった。

 今日の夕飯は、あまり好きではないメニューだったのだろうか。

 うちの親は、存花そんかねえにだけ門限をきびしくしてて、外で食べてくることはほとんどないから、そっちの不満かもしれない。


(つかれた)


 雪でころばないように、だいぶ気をつけて歩いたからな。

 初デートの前日は緊張で眠れないとか耳にするけど、大丈夫そうだ。目覚ましを七時にセットして、ぐっすり――


(何か……大事なことを……)


 あっ!

 忘れてる、忘れすぎてる。

 明日のデート、いったいどこに行って何をするんだ?

 そもそも、ラス美さんは来てくれるのか?

 しかも、小御門こみかどさんと柏矢倉かしやぐらさんとも約束がなかったか?


(……)


 だめだ。

 目をつむって布団をかぶって、現実逃避しようとしたって。


「おこまりのようだね」

「うわっ!」


 机の上の、スマホがしゃべった。

 あわててベッドから起き上がって、部屋の電気をつける。

 電話――じゃない。

 画面は待ち受けのままだ。


「通話料とか気にしなくていいよ。この機械の発声する装置を借りてるだけ……」


 さっ! と彼がさわやかに言ったとき、脳内にはスーパーイケメンの真壁まかべ先輩の顔があらわれた。


「白石君の明日の予定は、デートの三重約束トリプル・ブッキングだなんて、やるね」

「ほんとですね」とぼくは他人事ひとごとみたく言う。

「やさしいキミのことだ。どれもすっぽかしたくないと思ってる。そうだろ?」

「三つのうちの一つはそうです」

「三つ?」


 じつは、と悩みを打ち明けた。

 すると異星人は何事でもないように、


「わかった」


 と心強いことを言ってくれる。


「まず騎士ナイトの二人とのデートの約束、これは思いきって破りたまえ」

「え」

「最初からそんなものはなかったと思いこむんだ。気合で」


 まさかの精神論ッ!

 おいおい……とはいえ、まあ、そうなるか。

 時間的に、どう考えても不可能だもんな。優先度的にも、地球の命運とでは比較にならない。

 二人からビンタ二発っていうのは、覚悟しなきゃか……。


「で、円堂えんどう羅須美が約束に応じるかどうか。これも気にしたってしょうがないね」

「はあ」

「最後の懸念材料、デートの行程こうていをどうするか、だけど――逆に考えてみようよ。最初っから最後までガチガチに計画されたデートなんて、そもそも魅力的だろうか、と」


 おお。

 よくわからないけど、なぞの説得力があるぞ。


「デートプラン、デートコース、デートスポット……ぜんぶ未定でいいじゃないか。いっそアドリブでいこう。キミの思うまま、彼女との時間を楽しむんだよ」

「それも、いいかもしれませんね」

「ただ一つアドバイスをするとするなら」


 積雪に気をつけることさっ! そう言って彼は電話を切った。電話じゃないけど。向こうから声がしなくなった。

 雪か。

 たしかに交通機関がマヒとかしたら、ラス美さんと会えるかどうかもあやしくなる。

 そしてもし、明日、吹雪になったら……。


(ふぶきって)


 ぼくは本棚から国語の辞書をとりだした。

 イメージでは雪が横殴りに吹きつける、っていうことだと思ってるけど。


(積もってる雪が風で飛ぶことなのか。ただの雪と風だと〈風雪〉や〈暴風雪〉)


 つまり、あらかじめ雪が地面にないといけない。

 つまり、あるていど積もりはじめたら滅亡へのカウントダウンが開始。

 カーテンをあけた。

 ほぼ無風で、たえまなく上から下に雪がふっている。

 スマホでしらべると、夜から早朝にかけて5cmから10cmほど積雪するらしい。


(勝負だな)


 待ち受けの画面。

 高いところから撮った画像イメージ

 そこには坊主頭の親友がいて、恋愛にけた下級生の女の子がいて、ラス美さんにくわしい数学の先生がいて、ぼくがいる。


 ◆


 翌日。

 すこし早めに家を出て、30分前に約束の場所についた。

 予想外。

 そこにはすでに、ラス美さんがいた。


(雪が)


 傘でよけきれなかったやつが、ぼくのひたいにあたる。

 それが水になって、つーっとたれて、片目をとじさせた。


(もうもうもうっ! 待たせるなんてひどいじゃない! すごくはずかしいよ……通りすぎる男の人たちにじろじろ見られてるし……。けどけど、目立たない位置に移動しちゃったら ―――― に見つけてもらえなくなるし……)


 相変わらずの、現実のふるまいとのギャップがありすぎる彼女の心の声。

 ここにはおどろかない。

 べつに気にならない。

 ただ一ヶ所、


(よく見えないな……視力には自信があるんだけど)


 文字が読めない部分がある。

 建物のかげに身をかくして、その部分に目をこらしていると、文字が新しいものに変わった。


(はやく来ないかな。―――― くん)


 くん、は見えた。

 もう少し。もう少し……


(シ――― くん)


 えっ。

 あの人が、どうして知ってるんだ?

 あれは小学校三年生のとき、ハツ美だけしか言ってなかった言葉。白石だから「シラ」はともかく、どこからもってきたのかっていう2文字をくっつけて。

 シラケン、っていうあだ名。初恋の思いがこみあげる、特別なあだ名。


(ラス美はハツ美なのか?)


 デートの行方ゆくえと同じく、ぼくのアタマも真っ白になった。

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