残り4日 ー 朝~五時間目 ー
初恋の女の子の夢をみた。
とくに印象的だったのは口元。
自分の名前を言うときに、ちゅう、とくちびるをつきだして、両端がちょっとアヒル
は、つ、み
の「つ」のところで。
名字は……たしか……
3-1 ながもり
と、ランドセルの横のとこに、自分で書いたらしい文字があった記憶がある。
小学校はちがっていたが、ぼくらは同学年で、家も近かった。
「えへへ。けっこんだよ? ねー?」
恥ずかしいから体をはなしても、子猫のようにすぐスリスリとよせてくる。
「えへへ……」
どっちが先かはわからない。
〈魚心あれば水心〉みたいにあとから発生したのか、最初っからぼくのほうが彼女を好きだったのか。
「もっとあそぼ? ほら、わたしをつかまえて」
「まってよ」
パタパタと走ってゆく背中を、追いかける。どこまでも追いかける。
やがて、ハツ美の姿が真っ白な蝶になって、空にあがっていく。
ぼくは手をのばす。
指先にやわらかい感触が当たる。
「……ソンちゃん、それ、お姉ちゃんの」
「えっ」
「どこさわってんの! バカ! せっかく起こしにきてあげたのに!」
「起こしに……」
「もう8時15分だよ?」
うわ! とぼくはあわてて起き上がった。
あぶない。
家からたった数分の学校に遅刻したなんて、みんなに笑われるよ。
「おう。きわどかったな」
教室の入り口でぼくを待っていた
ちょうどチャイムが鳴った。
「ただの遅刻でも、風紀委員のやろうがどんな
「ああ」
今日は、しっかり傘をさしてきた。
外は、雪がふったりやんだりをくり返している。
授業中も窓の外が気になって仕方がなかった。
ときおり、風に
(……ッ! 今のって吹雪じゃないよな?)
不安になる。
大友は、いち早くぼくのそんな気持ちをよみとった。
「気にしたってしょうがねーさ」
そう言って、休み時間にはげましてくれた。
そして午前中の授業が終わり、これから昼食。
「ちっ、ロコツにやりやがるぜ」
「仕方ないだろ」
四人がけのテーブルの一つに陣取っているが、まわり、前後ななめ左右のテーブルが空席。
生徒が少ないからではない。たくさんいる。
きっと、ぼくたちに近寄りたくないからなのだろう。
「あー! なんかムシャクシャしちまうなー‼」
「うるさいですよ」
すっ、とイラつく大友のとなりに女子がすわる。テーブルの上においたトレーにはカレーライス。
「うれしいです? こーーーんなかわいい女子と相席できて」
「おまえ、誰だよ」
「うわ……初対面で『おまえ』呼ばわりとか。ないですねー。一発できらいになりました」
「あぁ?」
この子が
「ぼくの味方だ」
「です」
「ソンタはやらねーぞ」
おい。
いきなり言うことかよ、それ。
「ソンタはおれ、およびおれの妹のモンだ! わーったな?」
「はいはい。バカはほっておきましょう。まずは食事です」
ぱくぱく、と曳舟さんはカレーを口にはこぶ。
ぐっ、と苦い表情を浮かべた大友も、早食いぎみにエビフライ定食を片づけにかかる。
しかし顔を合わせて数秒で「おまえ」と「バカ」で応酬するって……。
この二人の相性は最悪だな。
全員食べ終わり、まずぼくが言った。
「今日も当然、ラス美さんに
あるっ、と二人がハモった。
ややこしくなる前に、ぼくは先手をうつ。
「じゃ、じゃあ曳舟さん。どういうのか、聞かせてよ」
「なんでだよソンタ! 絶対おれのほうがイイって!」
その大友の様子を、ふふん、とすこしあごをあげた余裕の表情でながめる彼女。
「私も、ぜひとも聞きたいですね。先輩の友だちがなにを言おうとしてるのかを」
なんてカンのいい子なんだ。
すなわち、ここで大友が〈ろくでもないプラン〉を提出することをはやくも感じとっている。
みごとに的中。
――が、
「意外と、私のやつと似てますね……」
おいおい。
こいつは「追っかけて追っかけて、壁際に追いつめてからの告白」とか言ったんだぞ? 似てどうする。
「私の作戦はですね、ラス美先輩が立ってるところに近寄って、右手を『どすこい!』みたいに突くわけです。顔の横あたりで。で、手を突いたさきには壁があって『ドン!』って強い音を立ててびっくりさせちゃうわけですよ」
大友が
「壁ドンじゃねーか」
「そうですよ。ご存じだったんなら、話ははやいですね」
「そんなの効果ねーよ。マンガの見過ぎだ、おまえは」
「あ! また『おまえ』って!」
「これぐらいで目くじらたてんなよ。何度でも言ってやるぜ。おまえおまえおまえおまえ」
がぁっ! と大友が飛び上がる。飛び上がって、靴の先をおさえてピョンピョンはねている。
「ふん」
足でふんづけたみたいだな。見かけによらず、気がつよい子だ。
いや、初顔合わせからコレ?
ラスボス討伐のパーティーは前途多難だ。
と思ったが……
(なんだ、どっちもまんざらでもないのか)
ここでぼくが〈
◆
数学準備室。
はじめて入る部屋だ。
五時間目が自習だったので、トイレにいくふりをしてここにきた。
お目当ては、自称ラス美マニア。
「あらら?」
意外とすぐに、観念して正体を明かしてくれた。
肩ぐらいまでの、パーマがかかったようにゆらゆらした髪をわしゃわしゃとさわっている。
服はグレーのスーツ。下はタイトスカート。ふちなしのメガネをかけた、以前〈十年後のクマミ〉とたとえたこともある女性の教師。
「ええ、ええ。確かにそれは私が貼ったものですが……どうして、わかったのかな?」
「カンです」
と、ぼくは白々しいことを言う。
それより、と話題をつばめ返しし、
「ラス美マニアっていうのは、本当ですか?」
「もちろん。校内では、
「じつは……確認したいことがありまして」
「まーまー、おひとついかが?」
マグカップがさしだされる。白い湯気に、黒い液体。コーヒーだ。
ピンクのカップで、側面に〈かのぷ~〉とポップな字体で書かれている。
「でもナイスタイミングできたね。ほかの先生がいなくて私だけっていう」
中央で事務机を四つ接着した部屋。本棚には数学関係の本がずらり。
「これ……飲んでいいんですか、カノ先生」
ちっちっ、と口で鳴らした音つきで指をふる。
「
はは……と愛想笑い。
先生はひじ掛けのついた椅子に座って、ぼくはその前で背もたれなしの椅子に座っている。
コーヒーに口をつけた。
にがい。ゲキニガだ。が、のむ。あえて「砂糖はありませんか」なんて言わない。
ぼくはこれを勝手に、“みっしょん”に立ち向かう仲間の
先生が同じようなデザインのカップを手にとり、同じようにコーヒーをのんだ。
「それで白石ちゃ……」ごほん、と咳。「白石君。確認したいことっていうのは?」
「はい」
ぼくはストレートに要望した。
「
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