残り5日 ー 放課後~深夜 ー

 なかったですぅ、と残念そうな顔で言った。

 あったと思ったんですけどね~、と言いながらぼくの対面の席にすわる。


「むむ」


 曳舟ひきふねさんが食堂の厨房ちゅうぼうのほうに視線を向けた。

 確かにいいにおいだ。

 たった今、パンケーキが焼き上がったのだろう。


「おいしそう、ですね……」

「なら、注文すればいいと思うけど」

「今月は出費がかさんでますから」はあ、とため息。「なんか催促した感じかもですけど、ちがいますよ~。あんまりおごってもらうのも餌付えづけされてるみたいですし」


 放課後、ぼくはラス美さんへのラブレターへの件で、彼女にここに呼び出された。

 風紀委員にそれを没収されたことを伝えると、「待っててください」と出ていって、こうして数分後にもどってくる。


「なかったんだよね、レターセット」

「はい」そして、しれっと言う。「入学直後、よさそうな男子にバラマキましたからね。そのせいです」


 バラマキか……ん? それって当然、何枚か書いて渡したってことだよな。 

 結果を質問していいか、けっこうデリケートなところだぞ。

 さらっと流す方法もあるが――


「なんですか、ヘンな顔して」

「そのラブレターで、なんていうか……」

「あー。なるほどですね」くりん、と指先にカールした髪を巻いて一回転。「彼氏ができたか、ってことです? そりゃあ、できてないですよ」

「できてないの?」


 はっ、とみじかく言って、椅子にふんぞり返る。


「先輩ってば、わかってないですねー。っていうか、恋愛観が幼いですよ。ラブレターイコール告白じゃありません。そもそも、カースト上位の男子っていうのは競争率がすごーく高いんです。私みたいにかわいい女子でも、それなりに苦戦するもんなんですっ!」


 まあまあ、と熱くなりかける彼女をなだめる。


「大きな声をだすと注目されちゃうから……」

「これは二年三年を見越した、長期的な戦略なんです。今だけを見てモテないっていう判断だけは、絶対にやめてくださいよ? いいですね?」


 わかった、と返事して、すばやく話題をかえる。


「ラブレターの次に、何かいい案は思いついてない?」

「当然ありますよ。さっそく明日の朝に実行してほしいです」

「朝?」

「ターゲット……ラス美先輩の登校ルートは把握してますよね?」

「いや」


 えー、とあきれる曳舟さん。


「それはワキが甘いです、先輩。ストーキングしてでも知っとかないと」

「でも校門付近だったら、どの道から来るかはだいたい……」

「じゃあオッケーですよ。まずホカホカに焼いた食パンを一枚、用意するんです」


 い、いやな予感。ピンときてしまった。

 まさか、ベッタベタなアレか?


「それで、曲がり角で待ち伏せしてぇ……、彼女の気配を感じたらパンをくわえてとびだして下さいっ!」


 やっぱりかッ!

 瞬間、空中をくるくる飛んでいく自分の姿が頭に浮かんだ。


「死ぬよ」

「はぁ?」

「ラス美さんってバイク通学だから」


 ふぅん、と興味なさそうに言い、


「じゃダメですね」

「ほかにいいのない?」

「宿題にして下さい。家でゴロンとしながら考えてみますよ」


 たのむぞ……その宿題には全人類の未来がかかっているんだ。


「えっと、じゃあ今日は、これで解散かな? 新しいラブレターも書けないわけだし」

「せやな」


 一秒、ぼくと下級生女子は見つめあったままでフリーズした。


「えっ?」

「あ……。まちがえました。今のはスルーで……」

「いいと思うけど、べつに」

「いい? 何がです?」

「関西弁。かくすことないのに」

「か、かかか」まずい。やっぱり〈関西弁〉って、ふれちゃいけないところだったか。「関西じゃないですし! そんなトコ、行ったことないですし! かくしてもないですしっ! い、今のは、そう! たんなるネットスラングってやつです!」


 迷ったが、ぼくは片目をつむった。彼女の心の声をきくために。


(ちぃーーーっ‼ 完全に封印したはずのコトバがモレ出てもーたかぁーっ! シズ美、上半期イチの失策やぁぁぁーっ‼)


 いや、それほどのミスじゃないだろ。

 と、曳舟さんを括弧の中といっしょにぼんやりながめていると、


(あかんで、気ぃつけんと。また……ヘンなコトバ、って仲間はずれにされるやん……)


 へらっ、と照れ笑いしている彼女の顔の近くに、そんな文字。

 ツラい思いをした経験があるみたいだな。

 どう声をかけたものか、と考えていたら、


「チャンスだったのに。ついでに私も書こうと思ってたんですけど」

「チャンス?」

「三年の真壁まかべさんって知ってます? 背が高くて超イケメンの」

「一応、知ってるけど」だけじゃなく、〈彼〉ならずっ友だけど、とは言わないでおこう。

「さっき、めずらしくフリーでいたんですよね。多目的ホールに。いつもは女子のとり巻きがいーっぱいいるのに」


 真壁……っていうか、あの異星人が一人で?

 なんだろう。すごく気になるな。

 また明日です、と曳舟さんとわかれたあと、


(いってみるか)


 多目的ホールに移動した。

 敵意はなさそうだけど、今の真壁さんの正体はエイリアン。つねに動向には気をつける必要がある。

 一階、正面玄関入ってすぐの広いスペース。歩いている生徒だけでなく、立っておしゃべりしている生徒も多い。


(あれは)


 ほかの男子より頭一つか二つ高いから、すぐに見つかった。

 問題は、その前にいる一人の女子。


(姉ちゃん? あの人と何を話してるんだ?)


 さっ、と物陰に身をかくす。

 ボール遊びは禁止です‼ の、立て看板のうしろへ。

 くっ、ちょっと遠いな。

 どういう話をしてるんだ?

 双子の姉の存花そんかの様子を見るに、会話ははずんでいるようだけど。

 そして、


(デート?)


 姉の口が、そう動いたように見えた。

 本気か?

 いったいなんのつもりだよ、あの――――


「こんにちは」


 誰だよ、今それどころじゃないぞ、とふりむくと黒い物体が目に入った。

 ぼくのアイラインまで下げて中腰になった彼の髪、これはリーゼントの先っちょ。


「うわっ‼」

「ご静粛に」


 すっ、と手のひらがぼくの口にかるくふれる。


「ご心配なきよう。〈私〉でございます」

「え?」

「異星人の、ずっ友です」

「いや……しゃべりかたが……そんな感じでしたっけ?」

「私の言語アウトプットは、のりうつる先の体に大きく影響を受けるのです。もっとも……あの真壁君の体のほうが、の自分に近いようですけれども」


 ひそひそ声で、ぼくたちは話をつづける。


「本日は、朝からこの早乙女さおとめという御仁ごじんの体を借りておりました。うむ……じつに興味ぶかかったですね。学校における風紀委員会というシステム。あたかも囚人に囚人を監視させるかのような、自家撞着的なあやうい秩序体系で」

「はあ……」あっ、と思いついた。「じゃあ、一時間目の前のとき、ぼくの教室にきたのは」

「私です」と、ひくいトーンのおちついた声で言う。


 いきなり、がっ、と強い力で肩をつかまれた。


「白石君。わかっているとは思いますが、君が地球人の中で唯一“みっしょん”の達成によって地球をすくえる特別なオンリーワンです」

「はい」

「お気をつけ下さい。この〈風紀委員〉を利用しようとしている存在がいます。君を邪魔――すなわち、地球を滅ぼそうとする存在です。ここ最近の白石存太への彼らの執拗なこだわりは、すでになかば自分たちの意志ではないように見受けられます」


 学ランの胸ポケットから何かを出した。

 見おぼえがあるアイテム。


「もしかしたら、これが君にできる最後の協力かもしれません」

「ラブレター……」

「幸運を祈ります」


 ぱちっ、とイカついリーゼントの早乙女さんの姿でウィンクして、彼は行ってしまった。

 姉ちゃんは、とそっちを見るも、すでにいない。真壁先輩もいない。

 外に出たら、雪は一時的に、雨にかわっていた。


 ◆


 くしょん、と出た。

 帰宅してすぐお風呂。傘をもっていなかったから、上から下までずぶぬれだ。


(あれ大丈夫かな)


 気になるのは、置き去りのラブレター。

 自転車置き場で、ラス美さんのバイクの目立つところにセットしたけど、今ごろは無事に受け取ってもらえているだろうか。

 くしょ、と二発目が出ようとしたとき、


「なんか聞こえたよ。カゼ、ひいたんじゃない?」


 とまってしまった。

 すりガラスの向こうに、姉ちゃんの姿が見えたから。部屋着のホルスタインがらが、にじんで見える。

 ぼくは浴槽から声をかける。


「大丈夫」

「そう」

「あのさ……あれって何?」

「あれって何って何?」


 デート、と口にしたら、あの口うるさい姉がだまりこんでしまった。


「いくの?」


 この長いは、まだシラを切ろうかどうしようか迷っているんだろう。

 ひまつぶしに、水面で組んだ手をきゅっとしぼって、壁に水鉄砲を飛ばす。


「いっちゃダメだ……って? いかないでお姉ちゃんって感じ?」

「そうは言ってないよ」

「テレパシーでわかるんだから。双子をナメんなよ」と、両手を腰にあてる。「私だって、蝶よ花よのセブンティーンなんだし、男の子とそういうことぐらい――」

「うん。もう出るから」

「つきあうとかそういうんじゃないのよ? デートイコール恋人じゃないんだからね?」


 似たようなことを、曳舟さんも言ってたな。


「どーーーしても、って頼みこまれたから、仕方なくよ仕方なく」

「うん。もうお風呂から出ようと」

「あーあ、でも土曜日じゃ、もうお気にの服のクリーニングも間にあわないなー」


 土曜日? おいおい……よりにもよって、ぼくの人生初デートになるかもしれない日に。


「バッグはお母さんに借りよっと。髪型はいつもどおりでいくか」

「うん。もう出たいんだけど」

「出れば? ソンちゃんの裸ぐらい、なんとも思わないよ?」


 逆に私が脱ごうか、と脱衣スペースで冗談をいう姉。

 汗が流れてきて、ぼくの片目のまぶたが落ちた。

 すると、


(デートデートデートっ!)


 ウキウキがかくせないような文字が、すりガラスもものともせず、とても鮮明に見えた。


 ◆


 草木もねむる丑三うしみどきっていうのは、午前2時から2時半ぐらいを指すらしい。

 まさにちょうど……そのあたりだ。


(音、切ってなかったか)


 机の上、初期設定の電話の着信音が鳴っている。

 鳴りやまない。留守番電話とか設定してなかったっけ。

 しょうがなくベッドから起き上がった。


「も……」


 いや待て。

 まず時間。ど深夜だぞ。しかも見知らぬ番号。ご丁寧に出る必要があるか?

 あるんだ、それが。

 今日わたしたラブレターの中に、一応、そーーーっとぼくのスマホの番号を忍ばせておいたから。

 だけど、さすがに、まさかね――


「もしもし」

「わたしだ」


 あっ。


 息がとまりそうになった。


「寝ていたか?」

「……は、はい」

「わたしはよいりでな。どうしても気になることがあったから、確認したい」

「なんで、しょうか……?」

「同封されていた、あの写真はなんだ?」


 写真?

 と、いえば、幼なじみのクマミが最後の日にぼくにくれた――


「どうして貴様がこの写真を持っている」

「えっと」


 ほかに写真なんか心当たりがない。教室のぼくの机に貼られていたのはただのコピー用紙だし、あれはまちがいなくスクールバッグの中にある。

 その心当たりがあった位置に目を向けると、


(ない!)


 たしかに机の上のすみっこに置いていたのに。 

 もしかしてあの写真が、昨日の夜に書いたラブレターの中に、まぎれこんでしまったのか?

 ラス美さんはぼくの動揺なんか知るはずもなく、さらにぐらっと大きく揺らす。

 ここに写っているのはな……、と前置きして、第一声とまったく同じ言葉を口にした。


「わたしだ」

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