残り6日 ー 放課後の図書室 ー

 つけ焼き刃もつもれば山となる。

 山となって、どんな強敵でも倒せる最強の武器になる……と信じたい。

 そんなわけで勉強だ。


「恋愛心理学だとぉ~?」


 となりに座る大友おおともが図書室なのにもかかわらず、大きめの声をだす。

 本来、静かにしろよ、と注意するところだが、その必要はない。

 ぼくたちの姿を見ると、みんないっせいに出ていってしまったからだ。

 中はガラガラ。係の人しか残っていない。


「そんなもん全然ソンタらしく……いって!」

「大丈夫か」

「お、おおよ。しっかし、あのモヒカン女、いいパンチもってやがったぜ」


 と、大友のスマホから着信音。

 めんどくせー、と文句を言いながら画面を確認する。


「あー、そういやこんなグループもあったな。なつかしいヤツから――」


 そこでしばらく、言葉がとまった。


「……おれには関係ねーよ」


 そう言ってスマホをポケットにしまう。

 どうしたんだ、と質問したいところだが、ふれてくれるな、という雰囲気。

 そして大友はノートをひらき、シャーペン片手に集中モードに入った。

 ぼくも、読書を続けないと。


『恋愛心理学入門 気になるあの子にLet's try!』


・まずは挨拶から――恋のはじまり


 どれどれ。


『毎日顔をあわせるだけでも、その人に好意をもつようになります。くわえて挨拶をして自分をきちんと印象づけるとGood! これを専門用語では〈単純接触の原理〉といいます。』 


 単純接触か。へー。じゃあ、毎朝校門で待ちかまえるぐらいのことをしたほうがいいのかな。


「おはようございます」「……」

「おはよう」「……」

「おっはー!」「……」


 ダメだ。

 挨拶するシミュレーションをしてみたけど、うまくいくイメージがわかない。ラス美さんがバイクでサーッと通りすぎる絵しか見えないよ。

 通用しないんだ。あの人には。ふつうのやりかたが。

 しかも、吹雪になるまであと何日残っているのかもわからない。もし、たった数日しか残っていないのなら、こんなものはほとんど無意味じゃないか。


(くっ)


 本を閉じて読書をやめるべきか葛藤かっとうする。

 ほかにも、恋愛に役立つ方法がここには書かれているんだろう。

 でも、たぶん、これじゃいけないんだ。

 半端はんぱな恋愛テクニックでは、円堂えんどう羅須美らすみに届かない。


(それでも何もやらないよりはマシか……)


 告白オッケーから、即キスにまでもっていく最高難度のことにいどむんだ。

 がむしゃらにいくしかないよ。

 ぴゅう、とまた大友のポケットから音。ぴゅうぴゅう、と連続でくる。


「見ないのか?」


 もちスルーよ、と自然をよそおっているが不自然だ。なぜって目が泳いでいる。スマホが気になってしょうがないという様子。


「ぼくのことなら気にするな。見たほうが、いいんじゃないか?」

「いや……」

「見るくらい、いいだろ」と、なぜかぼくのほうが積極的になる。

「んー」大友はまだ、どっちつかずだ。「おれ……もう、あいつらとはちげーし」


 また着信音。


「むかしの……不良仲間だよ……」


 スマホを机の上においた。


「なんか、三年で一番つえー先輩がやられたってさ。で、仕返しのチーム組んでて、『おまえも入れ』ってさそわれて――」


 ぼくは本をおき、全力でうったえた。


「絶対やめとけ!」


 瞬殺だから。

 相手は、次元のちがう異星人だから。

 そんな真剣さを、こいつはべつの意味にとったようだ。


「……ソンタ」じぃぃぃん、としか音をつけようがない表情で、ぼくを見ている。「やっぱりおまえは、最高のダチだぜっ‼」


 いきおいよく立ち上がる。


「大友」

「おれ行ってくる! バカどもに、バカなマネすんな、って止めてくるわ!」


 足元に煙がたつようなフルスピードで、図書室を出ていった。

 たのむぞ。くれぐれも、あの〈真壁まかべ先輩〉には手を出すなよ……。

 見送って、再度、本を手にとる。


(ほかのも見てみるか)


 本棚に移動。【心理学・占い】の棚へ。

 読んでいた本をもどし――


(誰かいる)


 女子だ。あごを上げたり下げたりして、本をさがしている。

 目が合ってしまった。大急ぎで目線を棚にうつす。

 さて……どれがいいのかな。

 種類はたくさんある。

 読みやすそうなのがいいけど。

 ふわっ、と女子のいい香り。

 気づけば、肩があたるほどそばに、彼女がいた。あわててカニ歩きし、距離をとる。っていうか邪魔になってるか。はやく適当な本をえらんで、席にもどろう。


(『恋愛の裏テクニック。絶対にフられない告白が、ここにはある』か……)


 上から二番目の棚だ。背伸びしなくても手は届く。

 とろうとしたら、同じように、横からすーっと伸びてくる。セーラー服の袖と色の白い手先が。


「あっ」


 ぼくたちは同時に口にした。

 いや、ちょっと待ってくれ。

 こんなシーン、現実にあったのか?

 同じ本をとろうとして、手と手が接触するなんて――


「ご、ごめんなさいっ!」

「こちらこそ、すいません」


 謝りながらも、ぼくは冷静だった。

 いくらなんでもこんな偶然はない。

 この子は今……自分から〈当てにきた〉んだッ!


(何者だ?)


 まさか異星人だったり――とか。

 ともかく、ここで〈心見こころみ〉をするぐらいは、彼女のプライバシー的にも許されるだろう。

 

「この本でしたよね?」


 と棚からとって渡しつつ、ウインク。

 勘違いしたのか、照れるそぶりを見せた。


(ぷっ。なんなん、こいつ。初対面の女子にいきなりウインクとか、ないわ~~~)

 

 えっ!


(カッコええと思とんかな~。そんなん、バリイケメンがやって、はじめて効果があんねんで)


「ほ、ほんとに……いいんですか? わぁ、うれしいなぁ」


(はよ目ぇあけーや。サブいねん、それ)


「サブい⁉」

「はい?」

「あ、ああ、ごめん。なんか最近、寒くなってますよね。はは……」


 押しつけるように本をわたして、ぼくはその場から逃げた。

 なんなんだ、あの本音と建前のギャップは。しかもなんで心の中、関西弁なんだよ。

 いかん。ペースが乱された。


(もう帰るか……)


 サブいとか言われたし。くっ。さっきの一言、意外とボディーにきてるな……。

心見こころみ〉も、ほどほどにしよう……。

 荷物をまとめて、図書室を出ると、


「あっ、あのっ、やっぱりこれっ」


 胸の前で本を抱いた女の子が、パタパタとかけてくる。

 反射的に、ほのかな恐怖がよぎる。あの子はヤバい。激ヤバだ。


「きゃっ!」


 数メートル前でつまずいた。

 本を落とし、とっ、とっ、と体勢をくずしながら接近してきて、


「……ご、ごめんなさい」


 ぼくの胸にしがみついた。右手も左手もグーにして、学ランをつかんでいる。

 体が密着。

 十センチは身長がひくい彼女が、あげられる限界まであごを上げ、ぼくを垂直に見上げてくる。

 少しうるんだ目。 

 確実にドキッとしただろう。ぼくに心を読む力なんて、なかったら。


(だからサブいねん! クセか? オノレのクセなんか、その片目つぶるんは。まあええわ。それよりどやコレ。ワシの恋愛究極必殺技、名づけて〈ゼスイミ〉や!)


 ゼスイミ?

 なんだそれ。


(これを受けてオチんかった男はおらん。ほれほれ)


 ぐっ、とさらに密着の度合いを高めてきた。


ロ距離からの上げ――略して〈ゼスイミ〉。この技は無敵なんや!)


 何を言ってるんだよ……って待てよ。

 一見、おかしな女の子のおかしな心の声ではあるけど、確かに言えることがあるぞ。


 落ちていた。


 ぼくはきっとコロリとオチていただろう。この女子に。一撃でやられていたはずだ。

 ん? 待て待て。それはつまり――


「あのっ」


 ぼくたちの声が、ハモった。

「私、じつは前から」と、さらに恋愛を進めようとする彼女をさえぎって、こう叫ぶ。


「ぼくの先生になってくれ!」

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