残り6日 ー 朝~昼休み ー

 翌朝。

 ぼくは教室で机につっぷしていた。

 まだクマミの笑顔が頭に残っている。

 はっきり言って、幼なじみロスだ。

 登校前、姉が声をかけてくれたが、ぼくがあまりにもボーっとしているのであきれて行ってしまった。


「おい! ソンタ!」


 この声は。

 ああ、やっと停学を終えたのか――って、


大友おおとも……おまえ、それ」

「こんなもん、どうでもいいんだよ」


 自分で自分の頭をたたくと、ぴしゃっ、といい音が鳴った。

 丸坊主。


「逆に気合も入ったしな」


 学ラン姿を上から下まで見たが、校則に違反している箇所は一つもない。服装検査の直前にしかつけていなかった、名札や校章もバッチリだ。


「あらためて、今日から戦闘モードだぜ!」

「戦闘って……いったい何と戦う気だよ」


 きまってるだろ、と急にボリュームをあげる。まるで、周囲に注目してくれと言わんばかりに。


円堂えんどう羅須美らすみだ!」

「大友」

「おれもソンタのパーティーに入る。あのラスボスを相手に、おまえだけ戦わすわけにいかねーからな!」

「……いやいいから、まず声を小さくしろって」


 となだめつつも、内心、ぼくは感動していた。

 ありきたりだが、友だちっていいな、と思ったんだ。

 はは……ロスとか言ってる場合じゃない、まだぼくには仲間がいたよ。

 大友が前の席の椅子をひいて、大股をひらいて後ろ向きに座る。


「まずこれを見てくれ」


 ぽん、と置いたのは大学ノート。

 表紙にデカデカと〈ラス美をオとす99の方法〉と書かれている。ヤンキーキャラなのに、お手本のような字だ。


「ぶっちゃけ、まだ99も思いついてねーけど。でもいくつかは考えたぞ」


 どうして99なのかはスルーし、


「見てもいいか?」


 と手にとった。

 おうよ、と言ったと同時に、一人の女子がそそくさと教室を出ていくのが見えた。

 あの子が生徒会長や騎士ナイトに報告しにいったように思えるのは、さすがに深読みしすぎだろうか。


(……これはッ!)


 一ページ目から、衝撃の内容だ。


“№1 四の五のいわずに抱く”


 ぼくは、ノートをそっと閉じた。   

 大友が一瞬、うっ、と心がくじけそうな気配をみせたが、そんなにこいつはヤワじゃない。

 ノートを両手で持って、表紙をぼくにつきつけてくる。


「ヘタなテッポも数うちゃ当たる! 99もありゃあ、きっとどれかはイけんぜ。とりあえず、もっともっとアイディアをひねり出すからよ!」


 チャイムが鳴った。

 椅子が占領されて待っていた男子に「わりぃわりぃ!」と頭を下げて、あわてて席に移動する大友。

 ふう。

 気持ちはうれしいけど、やや空回り気味なんだよな。


(四の五の言わずに――)


 なるほど一理あるか……って、ないだろ!

 地球をすくうという大義があっても、絶対にダメだ。ダメったらダメ。

 そうじゃなくて、もっと正攻法で――


(ん? なんか自然に、ラス美さんを追いかけるモードにもどれてるな)


 ついさっきまで、クマミの転校で〈告白〉が心の中から完全に追い出されていたのに。

 ネジを巻き直せた。

 そうだよな。やるしかない。

 地球をすくう“みっしょん”の再始動だ。

 吹雪になったら、あいつにおこられるんだから。


 ◆


 こんな早食いみたことない。

 昼、大友といっしょに食堂でいつものように食べ始めたら、食事のスピードが爆速。


「ちょっと、行くトコあってな」


 と、最後の汁物をズズーッと流しこむ。


「ってか、ソンタもいくんだぞ?」

「え?」

「おまえがいなきゃ、はじまらねーよ」身をのりだすようにして、対面にすわるぼくの耳に口を近づける。「なんたって、今から告白するんだから」

「今から?」


 いいから食え食え、と大友はぼくを急かす。

 いや、もっと味わって食べたいよ、このチキンカツ定食。

 一つの皿にまとめて一気にいけよ、とかこいつはムリを言う。


「もう話はついてっからな。1時に放送室だ」

「放送室?」


 なんだよそれ。

 とにかく、ぼくも急いで完食し、二人で食堂をでた。


「さっぶーっ!」

「……寒いな」


 今日の予報では、最高気温が一桁だった。

 もう冷夏ではすまされないレベルで、当然、ネットもテレビもこの話題一色。

 白いくもり空で、風が強い。 


(はじめて入る)


 校舎の一階にある放送室。

 音楽室のような点々がたくさんついた壁に囲まれ、思っていたよりも広い。

 部屋を半分に割るようにガラスの仕切りがあって、手前はスイッチがたくさん、奥にはテーブルとマイクがある。と、


「やあ、待ってましたよ」


 男子が一人、立っていた。


「ソンタ」手のひらを上に向け、彼のほうに向ける。「放送部だ」 


 大友に紹介されて、小さく頭を下げる。ぼくも下げた。


「ツテをたよって、ようやくさがしたんだぜ~? 放送部で協力してくれるヤツを」

「時間がないよ大友君。もう作業に入ってもいい?」

 

 おお、と返事したら、どれがどれのスイッチかさっぱりの機械の前に座り、テキパキと動きはじめた。


「おれとソンタはあっちだ。ほらいくぞ」

「入ったらヘッドホンをつけてね」


 ガラスの向こうにつれて行かれ、隣り合った椅子に二人で座った。


「これからするのは、ナンバー……えーと、ナンバーいくつだった?」

「ぼくに聞くなよ。ノート持ってるの、おまえだろ?」


 ヘッドホンをつける。


「まあいい。いいか、ソンタ。これからするのは、その名も〈校内放送で愛を語る〉作戦だぜ!」


 だぜ……だぜ……、と大友の声がマイクに拾われてエコーがかかる。


「ああ、ごめん。室内のスピーカーがオンになっちゃった」


 と、彼の声。


「スタンバイオーケー。いつでもいけるよ」

「こっちのセリフだ。やってくれ」


 おい。

 流れからして、告白するのはぼくだろ? 自分がするみたいに威勢よく言ってるけど。

 もう本番って……心の準備が……


(当たって砕けろか。一回、砕けてるしな)


「えー……あー、ぼくは、白石存太です」


 時間的に、お昼を食べている人、食べ終わった人、ちょうど半々くらいだろう。


「突然ですが、ぼくは、三年の生徒会長の、円堂えんどう先輩のことが好きです」


 言った。

 自分の声しか聞こえなくてまったく手ごたえがないが、とにかく告白できた。


「おっし! さすが男だぜ。おれのソンタは」 


 しーっと指を立てた直後、あからさまにガラスの向こうの彼がおろおろしはじめた。


「どうしたんですか?」

「トラブル」彼は即答した。「おかしいな。どこにも異常は――」


 ガラスごしに、小さい声がする。


「この部屋のブレーカーを下ろしたよ。もう何をしても無駄さ」


 入り口に、女子が一人いる。騎士ナイトではないが、見た目からして只者ただものではない。

 ベリーショートで、しかもソフトモヒカン。

 服装は紺のセーラー服にグレーのスカーフ。 

 つかつかとこっちに歩いてくる。

 ぼくと大友も、放送部の彼のところに移動した。


「ききな」個性的な髪型の彼女が言う。「校則、第四章【届出ならびに許可事項について】第七条の一【校内で掲示や放送をする場合、必ず届け出て許可を受けること】、むろん届出はしていないね?」

「はい……」


 放送部の彼が弱々しい声で言った。


「待ってください」

「ちょっと待てよ」


 ぼくと大友が同時に口をひらく。

 その様子を見て、彼女の口角が片方だけ上がった。

 大友が舌打ち。そして「風紀副委員長……。また厄介なのがきたな……」と小声で言う。


「すでに処罰は決定しているのさ。まず放送部。おまえはすぐにここから出ていくんだ」

「でも」

「出ろ」


 殺気バリバリの迫力におされて、彼はあわてて出ていった。


「校則を持ち出したってことは……まーた停学っスかー? アンタらそういうの、好きですもんね」

「だまりな」


 長めの丈のスカートがぶわっと上がったかと思うと、女子とは思えないハイスピードのハイキック。

 が、大友もケンカなれしていて、耳のあたりにきたそれをとっさに手の甲でガードした。


「私の体罰をこばむ気かい? せっかく、停学ではなくそっちにしてやろうってのに」

「あん?」


 一秒後。

 大友がおなかをおさえている。


「っ! い、息が…………ちくしょう……」

「くだらない抵抗は、するもんじゃないねぇ」


 よく見えなかったが、彼女がふところに飛び込む動きを見せたので、たぶんボディーブローだと思う。

 とか――落ち着いている場合ではない。


「なにさ、その反抗的な目は」

「こいつは、ぼくの大事な友だちです」

「だから?」

「あやまってください」

世迷よまごとを。おまえは、警察や裁判官が罪人ざいにんにあやまるとでも思うのかい?」


 大友が床に倒れた。


「気を失ったようだね」


 抱き起して確認すると、目をつむっていて、ぼくの呼びかけにも反応がない。


「さ、立ちな。次はおまえの番だよ。白石存太」

「これは停学の代わりの〈罰〉……なんですか?」


 ぼくは彼女と向かい合う。


「そうさ」身長はぼくより低いが、あごをあげて見下げるような角度をつくった。「さもなければ、ただの暴力じゃないか。ねぇ?」


 ぱん、と平手打ちされた。

 横向きになった顔の位置を元にもどすと、また、逆サイドをたたかれる。手の甲で。往復ビンタだ。


「生意気だね。もう少し、おびえるなりにらむなりすればどうだい? どうしてそんなに無表情でいられるのさ」

「停学にならずにすむなら、ぼくはいくらでも罰を受けます」

「お友だちが気絶しているのが目に入らないもんかね。おまえも、じきにこうなるのに……ん?」


 彼女の目がぼくからはずれた。

 また誰か入ってきていた。というか、いつのまに入ったのか。

 騎士ナイト小御門こみかどさんだ。腕を組んで立っている。


「一足おそかったよ」片っぽの口のはしをあげる表情。「見てのとおり、これは私が受け持つ案件だ。お引き取りねがおうか」

「イワオさん」


 思い出した。ひそかに女番長と呼ばれる、岩男いわおという名前を。竹刀をもって校内を巡回していた姿を。

 ソフトモヒカンの頭を、自分でくしゃっとさわる。


騎士ナイトはお呼びじゃないんだよ」


 近くにきた小御門さんがひたいに手をあてて、目をとじた。

 こんなちょっとした仕草も、背後に黄金の宮殿が広がるかのごとく、優雅に映る。


「なんなら、あんたが私の役目を引き継ぐかい? べつに譲ってもいいんだよ?」

「本当ですか?」


 おい……どういう展開だよ。

 ボコられる流れで、ぼくをボコる相手がさらにヘビーになるのか?

 と、岩男さんのそれを2倍速にしたような、電光石火のビンタが炸裂さくれつした。


 岩男さんの、ほほに。


「…………え?」

「もらい受けましょう。罰を与える役目を。そして、私の見立てでは、この校則違反は〈平手打ち一回〉が妥当だと考えます。あなたが受けたそれは、つまり余計だった一回の〈お返し〉です。おわかりになって?」

「ばかな。そんなの納得できる――」

「気を失っている彼は、何をされたのだったかしら? この〈お返し〉も必要かしら……ね」


 静かな威圧の視線を向けた。

 岩男さんは、言い返しもせずだまって出ていく。


「大丈夫ですか。そこの彼を、はやく保健室に」

「いえ、動かすのもあぶないんで。目がさめるまで、ぼくがここにいます」

「そうですか」


 しん、とする放送室の中。


「えーと、べつに、いてもらわなくても……」

「そ、そうなのかしら? でも待っていても、お望むところでしてよ」


 微妙におかしい言葉づかい。

 あっ。

 もしかして、この人、ぼくに……


(攻撃しようとしてるのか?)


 ラス美さんの側近だし。そうする理由はある。むしろそれ以外に、さっさと部屋を出ていかない理由はないといっていい。

 たしかめよう。

 ぼくは〈心見こころみ〉をつかう。


(友人への思いやりや、理不尽に暴力をふるわれながらも、堂々とできる芯の強さ。ああ……私、やっぱり、白石君のことが)


 目をうたがった。

 あのときは、(す・き)あらばまた狙おう、とか、自分に(す・き)があったから、という心の声の一部が見えたのかなとも思った。しかしもう疑う余地がない。


(す・き)


 という二文字が、天上から床までの特大サイズで出ている。

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