残り7日 ー 朝~放課後 ー

 ついに息が白くなった。

 何度もハーハーと吐いて確認するも、やっぱり白い。すれちがう人の息も白い。

 七月なのに。

 ぶるっと体がふるえた。


(いよいよヤバいな。吹雪までのカウントダウンがはじまったってところか……)


 空は、くもりがち。太陽が出たり引っ込んだりをくり返している。


(とにかく今日も一日がスタートだ。時間をムダにしないように、がんばろう)


 と、そんな決心もくじかれるインパクト。


「全校集会では、あのけなげな下級生にめんじて容喙ようかいを避けましたが――」


 校門のラインの一歩向こう。

 キメッキメのリーゼントに真っ黒な学ラン。

 派手な髪型に反して制服は標準服で、第一ボタンをしめ、えりのホックまでとめている。

 きゅっ、と白い手袋を引っぱって、不敵なまなざしをぼくに向ける彼は。


「あなたの所行しょぎょうは許されざる粗相そそう。もはや看過かんかすべきではないと判断いたしました」


 高い目線から、風紀委員長の早乙女さおとめさんがぼくを見下ろす。


「……おはようございます」

「君に返す挨拶はない」


 おだやかな顔つきだが、ぼくへの怒りは相当なものらしい。ごぉ、と背中に炎が見えそうなほどだ。


「校則にありましたっけ? 生徒会長のお話を邪魔してはいけないとか」

軽口かるくちはっ――」とん、と一気にぼくとの間合いをつめて「お控えくださいっ! ほう……なかなかやりますね」


 あ、あぶかなかった。

 間一髪で回避。

 ビビって片目をつむり、偶然〈心見こころみ〉ができたのが幸いした。(右で殺す!)と出てたからな。

 いや――殺す?

 ぼく、そこまでのことをした?

 とりあえず、殴られる間合いにいちゃ危険だ。少しはなれよう。


「君はハエだ」


 人間だよ、と言い返したい。


「私は常日頃より、女性を崇高な存在だと思っております。とりわけ、あのお方は尊い……」

「ラス美さんのことですか?」

「気高く美しい花のまわりをみにくく飛んでいるハエ、それが君です、白石存太君」


 朝から殴られそうになって、けっこうな罵倒までされて……今日もハードな一日になりそうだな。


「きたまえ。これは風紀委員の職権濫用ではなく、ただの男と男のケンカだ。私が君に、一方的に売りつけているのです」 


 またくる。

 さっきのは威嚇だったかもしれないけど、今度のはおそらく本気。

 冗談じゃない。

 ぼくとは、基本のフィジカルがちがいすぎるよ。

 逃げよう。

 学校の外壁はそう高くないから、何か足場があれば越えられる。たしか裏門もあったはずだし。

 と、背中を向けると、


「お待ちください」


 行動を予想していたように、落ちついた声で言う。


「外周にはすでに部下を配置ずみでございます。敷地内に入ることはできないでしょう」


 悠々と歩いてくる早乙女さんの背後には、いつのまにか大勢のギャラリーがいる。

 人垣ひとがきだ。

 早乙女さんの横をダッシュで抜けても、校門にたどりつく前に彼らにひっかかってしまう。

 これはんだ――――か?


「さあ、態度を決めるときです、白石君。闘争か逃走か。逃走というのはこの場合、おめおめと家に逃げかえるという意味ですがね」


 くそッ!

 とても一人で勝てる相手ではない。

 せめて親友の大友おおともがこの場にいてくれたら……あいつは今日まで停学、明日からの登校だからムリな話だけれど。


(どうする?)


こぶしで語り合うのも……オツなものですよ?」

「じゃあ、オレとどうだい?」


 思いがけない白騎士ホワイトナイト

 同じくらいの体格の男子が、早乙女さんのとなりに立った。


「貴殿は3組の真壁まかべ……。どうしてここに……」

「たまたま通りかかったのさっ」にかっ、と場の空気をがらりと変えるほどのさわやかなスマイル。

「出る幕ではないでしょう。お下がりを」

「そうはいかないよ。白石君はオレの友だち、ずっともなんだから」


 ね? と言われて思わず、はい、とお返事してしまった。

 異星人とずっ友?


「早乙女君。キミのほうこそ、手を引いておくれよ」

「どこか得体えたいの知れない雰囲気……。昨日の昼間、三年の番格をのした・・・という情報も入っておりますが、どこかで格闘技でもはじめられたのですか?」

「バンカク?」


 坊主頭の、とぼくが近づいてささやくと、ああ、と納得した。


「そうだよ、やったのはまぎれもなくオレさっ」

「私でも手を焼いた、あの不良を……」

「はい、どいたどいた」と、早乙女さんの肩を横から押す。「いこう、白石君」

 

 うまい。

 戦意が消えた一瞬を見逃さず、ぼくの肩を抱くようにして、みごとに校門を突破した。

 みじかくお礼を言って、歩きながら質問する。


「真壁さん、っていうのは」

「この体の持ち主の名前」だよっ、と指先で前髪をはじいた。「現在は〈オレ〉がのっとっているけど」

 おそるおそる聞く。「いつから……ですか?」

「んー、まだ24時間もたってないね」


 つまり初めて会ったときは、まだのっとられていなかったわけか。


「しかし、あれカッコいいなぁ。オレもあんなふうに、先をトガらせてみようかな」

「リーゼントですか」

「そうそう」


 彼が近くを通ると、女子がもれなくチラ見する。

「かっこいい」という小声も聞こえてくる。

 これがイケメンから見た世界か。

 階段の一段目に足をかけたとき、


「あ。三年は校舎が別ですよ」

「あ。そうだったね」


 片足をあげてくるっとターン。バレエダンサーのように。


「……がんばってくれよ」


 肩ごしに、ぼくにだけ聞こえるように言う。


「オレと正反対の意図をもった存在が接近してる気配がある。いつまでもキミに協力はできない。決断はお早めに頼むよ」


 とん、とこめかみを指でタップした。

 決断というのは、きっと例の〈最後の手段〉のことだ。

 ぼくは棒立ちのまま、去ってゆく異星人を見送った。


 ◆


 こない。

 クマミが、ぼくのクラスにやってこない。

 登場を期待して辛抱づよく待ったが、音沙汰ナシ。昼休みに図書室にも行ってみたがダメ。

 とうとう放課後になってしまった。


(しょうがないヤツだ)


 と、半分は自分に言う。

 フった女子に対して、フった翌日に会いたいなんて自分勝手もいいとこだ。


(はやく教えてやりたいよ、今朝の危機一髪の話を。あの異星人のことも。それに……“みっしょん”を攻略するにはクマミのサポートは必須なんだ。あいつがいないと、成功できる気がしない)


 よそのクラスに足をはこび、あいつの姿をさがした。小柄な体に、伸びかけのショートボブ、しかも高確率で頭のうしろに寝癖をつけている女子のことを。

 まだ授業が終わった直後だから、どこかにいるはずだ。


(あれ)


 いない。

 いくら隠れるのがうまいといったって限度があるぞ。忍者じゃないんだから。まさか机の下に、もぐってるのか?

 朝イチで大量のエネルギーをつかって、通常の授業も受けて、集中力が切れてるのかもな。


(つきあいが長いんだ。かなり遠くからでも、あいつだってわかる自信がある)


 と、いうことは、いない場合もすぐにわかるってことだ。

 ソッコーで帰った? それとも、どこかに行ったとか……部活? 文芸部に籍はあるけどユーレイだと言っていたぞ。単純に、ぼくと行きちがいになっちゃったか?

 どうしたんです、とぼくの姿を見かねた女子が声をかけてくれた。


黒部くろべさん? あー」


 息継ぎもせず、あっさりと答えを発表した。


「転校したよ」

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