残り8日 ー 全校集会~自宅 ー

 幼いころからの友だち、幼なじみ。

 ぼくの場合、黒部くろべ真那美まなみがそれに当たる。

 出会いは幼稚園。どういうファースト・コンタクトだったのかはおぼえていないが、彼女がつけていた名札の〈く〉と〈ま〉と〈み〉がほかの文字よりも大きく書かれていたので、ぼくは最初からクマミをクマミと呼んだと思う。


「大好き……なんだから」


 かくぐせがあるというか、ほんとにこいつはいんキャなんだ。

 休み時間や放課後、まわりにぼくの友だちがいなくなったときにスーッとあらわれ、ひとしきりおしゃべりしたあとで、フッと消える。

 クマミとはいつも、独特の距離感があった。

 恋愛っぽいシグナルを彼女から感じたことはない。本当に。クマミはさっきぼくを「ニブい」と言ったが、そうじゃなくて、あまりにも上手に隠しすぎたんじゃないだろうか。もちろん「好き」と言われたことはなく、デートらしいもののお誘いもなく、あまつさえバレンタインにチョコももらっていないんだから。

 そういう意味では、ずっとフラットにつきあってきたといえる。


「クマミ」

「たーちゃん、ごめん」ぽか、と小さなグーで自分の頭をたたく仕草。「暴走しちゃった」


 ……泣き顔のまま「ごめん」とか言うなよ。

 ぼくは、どう声をかけてやればいいのか、わからない。

 視界のすみで、キラッ、と光った。


(ラス美さん、か)


 壇上で天井からの光を受け、黒髪に〈七つ〉星座のように輝く光点がある。

 その立ち姿は高貴。

 こういう異常事態にも、まったくアタフタしたところがない。さすがだ。

 ――ん?


(なっ、なんということなの……これがウワサにきく『ちょっと待った!』ね。ステキ! あの女の子、おとなしそうな見た目なのにとても勇気があるわ、いいえ、がんばって勇気をふりしぼったのよ。恋する女子のかがみ、わたしも見習いたい。でも女の子から告白させるなんて、ほんとはよくないことだよ……存太君ってば)


 存太君ッ⁉

 名前で呼ばれている。「貴様」じゃなくて。あくまでも、心の中限定だが。

 これは大いなる進展じゃないか。

 いや……でもどうして、片目をつむっていないのに、〈心見こころみ〉が発動してるんだ?


「たーちゃん」


 その声で、ぼくはラス美さんからクマミのほうへ視線を向け直した。

 ほっぺの途中でとまっていたものが、上から新しく流れてきたしずくに追い抜かれる。

 泣くなよ、クマミ。

 どうしたらいいんだ。

 彼女の周辺に見える、ごめん、でも大好き、というたくさんの括弧にとじられた言葉。


(この空気は……)


 はやく返事しろ、とみんなが待っている。

 生徒のみならず、あろうことか先生まで。誰も止めに入らないのが、その証拠だ。


(あいまいにできない)


 それはそうだ。

 意を決して、全校生徒の目の前で告白したクマミに、そんな態度が許されるわけがない。

 はい か いいえ しかない。


「ごめん。たーちゃん、そんな顔しないで。困らせるつもりは、なかったの」

「いや……」

「わかってる。でも、ちゃんと言ってほしい。私が……きれいさっぱりと、あきらめられるように」


 フって、ってことか。

 もちろん、クマミも含めた地球の運命のことを考えれば、ここは断るしかない。

 オーケーするなんてもってのほかだ。これから告白しようという彼女がいるんだから。ステージの上に。


「ぼくは、クマミとはつきあえない。ごめん」


 ラス美さんが動いた。

 演台をさがって、背中を向けて歩いていく。

 これも変則的な告白だと受け取ってほしい。

 きっと彼女にも聞こえたはずだ、


「ぼくには好きな人がいるんだ!」


 と大声でげたことが。


 ◆


 午後七時。

 姉に、部屋に乱入された。


「百点じゃないにしても」


 前置きもなく、いきなり本題に入る。


「余計な言い逃れがない、いい断り方だとは思った――」


 けど、とぼくと姉と同時に口にする。


「にゃろう! これはクマミのぶんだっ!」


 うしろにまわってヘッドロックされる。

 くるしくない。

 いつものように、フリだけで力は入っていない。


「……ほめてあげてよ、いつもコソコソしてるあの子が、あそこまでやったんだぞ?」

「うん」

「まちがえても、明日から、よそよそしくしたりしないこと。いい?」


 うん、とぼくはクッションをさしだす。

 その拍子に、昼間、座布団をさしだしてきた異星人のことを思い出した。が、今のぼくには彼のことを考えている余裕がない。キャパオーバーだ。

 クマミのことを、気にしてやらないとな。

 姉がクッションに腰を下ろして、ホルスタインがらの部屋着(上下セットフードつき)の乱れを直す。


「えーと……整理したいんだけど、ソンちゃんはまじでラス美さんが好きなの?」

「好きだよ」


 自分に暗示をかけるように、そう言う。


「それは、クマミよりも――ってことだよね。当たり前だけどさ」

「もちろん」

「顔だけで選んでるんじゃないの~?」

「とんでもない」

「じゃあ……ソンちゃんは、ラス美の何を知ってるわけ? 内面的な部分の」


 むずかしいクエスチョンだ。

 学習机の前の椅子に座ったまま、ぼくは腕を組んだ。


「こらこら」


 エアでパンチされた。


「即答せんかい。ま、とか言いながら、単純に見た目がキレーだからっていうのでも全然アリだと思うけどね。若いうちは」

「たしかに姉ちゃんよりは、ぼくのほうが5分若いけど」

「永遠に埋まらない5分よ」


 ふっ、と勝ち誇った顔をぼくに向ける。どういう優越感なのだろうか。


「とにかく、フォローはちゃんとしとくんだよ? で、かつ、やさしくしすぎない。ソンちゃんへの未練が残っちゃうからね。いいこと?」

「わかった」

「お。いい返事。今の、ちょっと男前だったかも」


 部屋を出る寸前、姉がふりかえった。


「生まれて初めて女の子をフった気分はどう?」

「わるい。いろいろ」

「自己嫌悪ってヤツ?」

「それもあるけど……」


 タイミングもわるかったんだ。

 もし、地球を人質にとられていなければ、ぼくはクマミにどうこたえていたのか。

 もう一つ、あの子に対してもなぜか「わるい」と思った。

 どこでどうしているのかわからない、初恋の相手に対しても。

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