残り8日 ー 正午~全校集会 ー

 和室、いや茶室?

 とにかく、畳、障子、とこ、生け花、掛け軸がある空間だ。


「どうぞ」


 と座布団をさし出される。

 何も不自然な点はない。何も。

 校舎の壁をつきぬけて入った、という点以外は。


「なんですか……ここ」

「隠れ家といったところかな」そう言いながら座布団をしいて座ろうとしたけど、「いけない。こっちだとカミザになるのか」と、入り口寄りのほうへ移動して座り直す。姿勢のいい正座で。


(礼儀正しい異星人……)


「時間はとらせないよ。それにオレはキミの味方だ。不安にならなくていい」

「はあ」


 自分で自分にびっくりするよ。

 目の前にいるのは、地球外生命体だぞ?

 冷静におしゃべりしてる場合じゃないだろ。

 しかし、さっきのアレ――番長をあっさり倒した――を目撃した以上、ジタバタしたってしょうがない。

 なるようになるだけだ。


「それで、どういうご用件ですか?」

「うん。まずインナーOSをひらいてくれるかな?」


 インナーオーエス……はじめて聞く言葉だが、なんとなくあのことだとわかる。

 ぼくは目をつむった。

 暗い背景に、いつものフォルダが見える。


「そうそう、そのまま。いい? いくよ……」ささやくような声を耳元に感じて、妙な気持ちになった。「待って……もう少し……そう、オレに身を任せて、もっと体の力を抜いて……これは〈一体感〉を必要と……する作業なんだから……いまキミの核心コアにふれているよ。はあはあ」


 いやヤバいだろその息づかい。

 声だけ聴いてたら完全に別の作業じゃないか。

 いったい何をされているんだ、ぼくは。

 悶々もんもんとしそうになったとき、ぱん! と拍手の音が鳴った。


「オッケー。移送完了だ。みてごらん、アイコンができてるだろ?」


 たしかに。

 画像はミニサイズの地球で、その名も――


 最後の手段.exeエグゼ


 イヤな予感しかしない。

 これ……自爆とかそういうんじゃないだろうな……。


「そう不審に思わないでくれ。これはキミに、いや、キミや地球にとって最後の切り札になるんだから」


 どういうことですか、とぼくは正座をくずしてあぐらをかく。


「単純明快。それをダブルクリックすれば、あの厳格なラス美じょうがキミにメロメロになる。おそらくキミの想像の十倍以上、キミに夢中になる。キミしか見えなくなる」

「えっ」

「当然、告白もキッスも思いのままさっ」


 にかっ、と笑った異星人。

 その外見はイケメンの高校生。


「今、してもいい。その瞬間、彼女は一心不乱にキミのもとへ駆けてくるだろう。なりふりもかまわず」

「ラス美さんが……」


 ぼくは目をとじた。

 ラス美さんの顔が浮かぶ。

 生徒会室に突入したときの顔。

 校門のところでかれそうになったときの顔。

 そして〈特別教室〉での……一見、ガチガチのポーカーフェイスで、どれもこれも徹底して無表情だ。せっかく、見目みめうるわしい絶世の美人だというのに。笑えばもっとかわいいのに。 

 たしかに、こんな彼女の氷の心を溶かすのは、最高にむずかしい“みっしょん”なんだと思う。

 もしズルができるのなら……。

 そのアイコンにカーソルをもっていき、ぼくは――ぼくは――


「あーっ‼」


 彼がおどろいた声をあげる。


「うそだろ……オレが作成したファイルを、自力で削除した……? なんて精神力だ」

「『いらない』って念じたら、勝手に消えました」


 ぼくは立ち上がる。


「今のところ、あなたの協力はいりません。吹雪になるまでにまだ時間はあるし」正座で座る彼を見下ろす。「なんか、そういうの好きじゃないです」

「そういうの?」

「本人の意志を無視、みたいな……」


 後悔しないかい? と、彼は表情だけで語った。

 ぼくは首を横にふる。

 部屋を出る瞬間、ふと、掛け軸が目に入った。

 そこには流れるような達筆で〈一期一会〉と書かれていた。


 ◆


 五時間目は、緊急の全校集会。

 七月なのに平均気温が10℃台の異常な冷夏だということで、先生が何か話すらしい。

 広い体育館に、全生徒が集まっている。その数、約1000人。


(どうやら円堂えんどう先輩も、壇上に立つようだな)


 雰囲気でわかる。

 ステージ前の両サイドに、騎士ナイトが立って待機しているからだ。右に小御門こみかどさん、左に柏矢倉かしやぐらさん。

 最初に校長先生が演台えんだいにあらわれて、体調に気をつけるようにとかそんなことを言って、終わる。次に生徒指導の先生が「特別に冬服の着用を許可する」ということをアナウンスした。どうでもいいよ。とっくにぼくは真っ黒な学ランの冬服姿なんだし。

 そして本命の――


「礼は不要だ。しかし男は頭を下げろ」


 生徒会長の話がはじまった。

 この女尊男卑じょそんだんぴもいつものことで、いつものように男子だけが礼をする。女子の中にも何人か申し訳なさそうにちょこんと頭を下げている子もいる。

 ぼくは下げない。

 列からはなれて、ゆっくりと前に出る。

 決めたんだ。もう初歩的なダダをこねるのはよそう、って。〈最後の手段〉をつきつけられて、やっと決心がついた。

 立っている人の間を通り抜けて、前に前に。

 先頭の生徒を越えてステージ前のスペースに出たら、


(きたね)


 という顔をカッシーがみせた。彼女に近づき、そばのマイクスタンドからマイクをとる。

 いこう。

 地球と、ラス美さんと、ボクと、みんなのために。


「お話の途中で失礼します」


 きぃん、とマイクがハウリングを起こした。


「……貴様」

「大事なことなので、何度でも言おうと思います。また告白します」


 当然のごとく、どよめいた。

 ざわつく生徒たちの声を制するように、会長がいつもより大きめの声をだす。


「なにをほうけている! 小御門こみかど!」びしっ、とクラーク博士の銅像のように彼女が騎士ナイトのほうを指さした。「その男をつまみだせ!」


 小御門さんを見る。

 胸の前で両手を合わせて、とまどいの顔つき。えっ? えっ? という様子。


「つかえぬ。おい、柏矢倉!」

「あ。すみません、急に足がつって……あいたた」ふとももをさする彼女の声が、しんとした体育館にひびく。「むりっぽいですぅ、会長~」


 ぼくと目が合い、カッシーはウィンクした。

 ありがたい。

 ここまでサポートされたのなら、きめなきゃな。

 二度目の告白を。


「……ラス美さん、ぼくはあなたのことが――――」


 すっ、とぼくのとなりに誰かが立った。

 周辺視野ではっきり見えないが、これはあいつだ。まちがいない。


 幼なじみのクマミ。


 もしかして、ぼくをサポートしにきてくれたのか? 妨害から守るために? なんて友だち思いなヤツなんだおまえは。涙がでるよ。


「たーちゃん」

「ああ、わかってるッ! ちゃんと告白するから」


 あれ?

 ぼく、なんでビンタされたんだ?

 いきなりクマミの非力な細腕で、ぺちん、とやられたぞ。

 それに、なんかメガネの向こうの目元から、つーっと流れてる。


「…………ダメ」


 告白。

 それは心の奥に秘めた想いを、意中の相手に伝えること。打ち明けること。

 そういう意味では――


「ちがうの! たーちゃん、あの人じゃなくて、私のことを見てっ‼」


 クマミのほうが――


「どこまでニブいのよっ‼ 私は……たーちゃんのパッとしない見た目も、なんか冷めたように世の中を見てることも、無趣味なとこも、帰宅部なとこも、ずっとずっとずっと、ぜんぶぜんぶぜ~~~~~んぶ」


 ぼくのより――


「大好きっ、なんだからっ‼」


 はるかに〈告白〉していた。

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