残り8日 ー 正午 ー

 ぼくは彼女に捕獲されてしまい、結局、お昼前に登校した。一応、前もって「体調がわるくて休みます」という連絡は担任に入れていたので、もう一度電話をかけ、「体調がよくなったからやっぱり授業に出ます」と伝えている。

 柏矢倉かしやぐらさんとは、


「アンタと登校デートみたくなっちゃうから。アヤしげな時間帯だし」


 ゲーセンでわかれている。

 ところで、彼女はどうして学校をサボってゲーセンなんかにいたんだろう。

 学期末とはいえ、三年生の七月ってまあまあ大事な時期なんじゃないのか?


(推理はできる。目撃者の証言をたどって、ぼくの場所をつかんだんだ。というか、もしかしたらゲーセンの店員さんと知り合いってオチかもな)


 テーマパークのようにデカい、学校がみえてきた。校舎がダークグレーの暗雲あんうんをバックに堂々とそびえている。

 正門を通過し、おそい一日がスタート……か。

 時刻は11時55分。ちょうど三時間目のあとの休み時間だった。

 おどろいたことが、二つある。

 一つは、


(あれ? ぼくのほかにもチラホラ冬服がいるな)


 ということだった。七月の真夏なのに冬服。本来ありえないことだが、ありえなくない。げんにすでに、冬ぐらい寒いんだからな。ちなみに予報では今日の最高気温は12℃。

 もう一つは、


(あれ? ぼくの席に誰か座ってるぞ)


 というこ――おい! めっちゃ机の中をさぐってるッ! 人の机の中を!


「そこ……ぼくの席ですけど」


 下を向いていた顔が、きらん、と音つきでぼくのほうに向いた。

 このぶっちぎりのイケメンは。


「あのときの」

「えっ」


 いかん。あのときは双子の姉の存花そんかの姿で対応したんだった。

 存太ぼくとは初対面じゃないか。

 三年生の校舎を偵察したときに出会った、この、ととのった容姿の上級生とは。


「いえ、はじめまして」


 何がおかしかったのか、にかっ、と白い歯を見せてほほ笑んだ。


「はじめまして、だね。白石存太君。やっと会えたよ」

「何かおさがしですか?」

「キミさっ」


 ばきゅーーーん、と手でつくったピストルで撃たれた。

 もしぼくが女子だったら、一発でコロリとやられたといっていい。まじでかっこいい。文句のつけようのないトップクラスのモテ男子。


「……ラス美さんがらみですか?」


 と、しか考えられない。

 この人は三年生だし、もちろん友だちじゃないし、なんの関係性もないんだから。

 予感は的中。


「そうだよ」


 立ち上がった。

 きゃっ、と女子の誰かがみじかい悲鳴をあげる。


「場所を変えようか」


 わかりました、とスクールバッグを机においていっしょに教室を出る。

 時間的に、この人もつぎの授業をサボるつもりとみた。


「心配しなくていいよ」


 歩いている途中、彼は一度ふりかえって言った。


「オレはキミの味方さっ。キミに協力してあげようと思ってるんだよ」


 校舎を出て、うすぐらい道に入る。

 校舎と外壁にはさまれた、せまい道。

 そこでトラブった。

 まずタバコのにおいが、ぼくの鼻をついた。


「お……」しゃがんでいた姿勢から立ち上がる。「なんだよ」

「けっこう。続けてくれたまえ。オレたちは、ただ通るだけだ」


 相手は一人。

 ただし、ゲキヤバの人だ。この学校における数すくないヤンキー。その中の一番、すなわち番長。

 耳の上に斜めに三本のラインを入れたファッション坊主に、鼻ピ、耳ピ、そして大胆にひらいた夏服のシャツの胸元からチラリしている、ごつい筋肉。


(逃げるが勝ちだな)


 しかし、人生そううまくはいかない。


「待てよ」


 ほら、やっぱりだ。


「告げ口する気だろぉ? あ?」


 なぜか、ぼくのほうにスタスタときた。あ? とさらに威圧がくる。

 イケメン先輩が、すかさずあいだに割って入ってくれた。


「やめてくれ。彼はオレの――」一瞬、迷うようなそぶりで斜めを見上げた。「なんていうかな、まあ、オレの大事な人だ。彼がいないと、こまることになるんでね」

「知らねーし。金だせよ」


 うっ。

 さらっとカツアゲの流れになってる。

 やばいな……サイフの中の万札、さっきは助かったんだけど……


「おらぁっ‼」


 急展開。

 おそろしいほどのケンカっぱやさ。

 電撃のようなボディーブローが、先輩のおなかに。

 

(あれ?)


 本日三つめのおどろきは、ぼくの想像をはるかにこえていた。


「あぁ⁉」


 ぶん、ぶん、ぶん、と胴、あご、脇腹と攻撃したが、ノーヒット。

 文字どおりのノーヒット。

 あざやかにかわしたとかじゃなくて、ヤンキーのこぶしがイケメン先輩の体を通り抜けている。


「それは……もしかして、手の先端の肉と骨に運動量を与えてオレの体の組織を損壊させようとしているのかな?」先輩の両目が、突然青く光った。「ナラバ ムダダヨ 次元ガチガウ」


 ばたっ、と倒れた。彼が喫っていたらしき、タバコの吸い殻の近くに。


「行こうか、存太君」


 にかっ、とさっきまでと変わらない笑顔を浮かべたのに、不思議と目元のあたりがドス黒くなっているように見えた。


「あ、あなたは、いったい……」

「異星人さ」


 と、なんでもないことのように言う。


「そうだね、地球を滅亡させられることをこころよく思わない存在の一人――とでも言っておこうかな」


 ぼくは片目をつむって、彼の心を見た。

 そこには、理解できない幾何学模様が括弧にとじられて出ていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る