残り8日 ー 午前中 ー

 ぼくはゴールを見失った。

 ヘトヘトになって42.195kmを走り切ったのに、じつはゴールはここじゃなくて300km先で~す、って言われたようなものだ。

 できるわけないんだよ……。

 男子嫌いの生徒会長に告白して、あまつさえキスまでしろ――なんて。あまつさえ、ぼくは平凡な男子高校生だぞ? あまつさえ、彼女ができたこともない非モテだし。あまつさえ…………あまつさえ…………


 GAME OVER


 ゾンビに噛まれて、死んだ。

 銃を所定の位置にもどして、はあ、とため息をつく。

 ここはゲーセン。地域で一番でかいゲーセンだ。

 日付は7月13日。

 曜日は一週間がはじまる月曜日。バリバリの平日だ。もちろん学校もある。 

 だがここにいる。

 生まれて初めて、授業をサボったからだ。


(次はどれにしようかな)


 音にさそわれるように、UFOキャッチャーのとこに移動した。


(ぼく……なにしてるんだろ)


 かしゃっ、とクレーンが空ぶり。

 まるで今の自分みたいだな。

 はは……


「!」

「サボり見~~~っけ!」


 腕をつかまれた。

 やばい、先生? それともケーサツ? と、そっちを見ると、


「アンタへたすぎだから。どいて!」


 つかんだ腕をぐいと押され、あと2回残っているクレーンを操作しはじめた。


「あー、どれもキッちーなぁ。こんなぐっちゃぐちゃになってると、とれるヤツがねーぞ……っと」


 ぬいぐるみの山にダイブするようにクレーンがつっこんだ。


「いや……ふつうにミスってるじゃないですか」ぼくは彼女の名前を呼んだ。「柏矢倉かしやぐらさん」

「カッシーでいいよ。シラチェ。ミスってないし」

「それにぼくのお金ですよ」

「まーまー」


 ラスト一回。

 あっ。

 さっきのダイブで、いっこ、すごくとりやすくなってるのがある。


「な? ミスってないっしょ?」


 ぐいー、っとぬいぐるみがつかみ上げられる。それはブレザーを着た女子のゴリラ。なに見てんだよ、という迫力のある表情のゴリラ。


「やば、コレめちゃいいじゃん!」ゴリラを見て目をキラキラさせるかしや……いや、カッシー。「絶対部屋にかざろっと」

「人のお金でぬいぐるみをゲットしにきたんですか?」

「……チクっとすること言うね」


 ピンクのネイルを塗った親指をたて、あっちに行くよ、とばかりに手をふった。

 大人しくついていく。


「よっこらせっと」おじさんくさいことを言いながら、彼女は赤いベンチにすわった。短いスカートがひらりと舞う。「で、真面目クンがどうして学校サボってこんなところにいるのかな?」

「どうして……でしょう」


 こら、と、肩にチョップされた。


「アンタはベンチにすわっちゃダメ。そこに正座よ正座」


 言って、さっとショートカットの黒い髪を耳にかきあげる仕草をする。

 逆らうとめんどくさい。言われたとおりにするか。


「ふーん、そこのバッグに制服が入ってるってわけね。家を出てわざわざ着替えてゲーセンにやって来ました、と……しっかしダサいパーカー……く、くくっ」急におなかをおさえて笑い出した。「あははっ! ウケる! 胸に書いてる〈男になれビーアマン〉って、今のアンタにぴったりじゃん!」

「はは……」


 ひとしきり笑ったあと、突然、カッシーが真顔になった。


「会長のこと、あきらめたの?」


 どきっ、とした。

 ギャルの外見に反して、そのひとみがあまりにもまっすぐだったから。

 思わず、目をそむけてしまった。


「まだちゃんとコクってないでしょ? っていうか、オトコとオンナってコクって終わりとかそんなんじゃないでしょ? 会長を好きな気持ちはあんでしょ?」

「いえ。その」


 ち、と舌打ち。

 そして胸のポケットに入れたスマホを出し、ぼくに画面を向ける。


「私……ほんというとうれしかったんだ。やっと会長にコクってくれる男子があらわれたんだなー、って。ほら、うちのガッコの男子って、ビビりばっかじゃん? 待ってたのよ。ずーっと、アンタみたいな命知らずを」

「命は大事ですけど」


 うるせぇ、と画面をつきつけられた。

 そこには――


――「あの男、とんでもないですよね。いきなりここに突入してくるとか」

――「まったくだ」


 生徒会室か。前のセリフはカッシーで、あとのは円堂えんどう先輩。

 テーブルの上にスマホを置いて隠し撮りしたようなアングル。


――「どう思います?」

――「なにがだ?」

――「また……くると思いますか?」


 遠目だが、ふっ、と彼女が口元だけでほほえんだのがわかった。

 そして、


――「くるはずがない……」


 伏し目がちのその表情は、あきらかに、見まちがえようもなく、さみしそうだった。見ているこっちも胸をしめつけられるような。

 スマホをポケットにしまうと、


「どう? シラチェ。あの人にこんな顔させていいの? よっしゃオレが幸せにしてやるぜ、ってアガってこない?」

「でも、ぼくは……」

「それにね、会長にはハンデがあるの。永遠に男と愛し合えないっていう悲しいハンデが。アンタも体験したでしょ? あのとき味わってるはずだから」

「あのときって、ぼくが生徒会室に突撃した日ですか?」


 そ、とピンクでつやつやの唇をキスするようにすぼめる。


「告白しようとした寸前、キョーレツな眠気に襲われなかった?」

「そういえば、確かに眠くなったような気が」

「目がさめたら保健室だったでしょ? あれはね、会長に近づいた〈男〉を強制的に眠らせる作用で、ラプチャーローズって呼ばれてるんだけど――――」


 そこでカッシーが言葉をとめた。

 気がつけば、まわりを囲まれている。

 それもそうだ、ベンチに女の子が座って、その前で男が正座してるなんて光景、めずらしいからな。


「おめーらなにやってんの」ガムをかみながら言う、見るからにヤンキーの人。「キミ、こいつになんかされた?」

「されてねーし。むこういけっ!」

「あ?」


 それは人数分の、音の重なった「あ?」。

 やばいって、4、5人もいるじゃないか。ケンカの強そうなヤンキーが。


「んだよその態度。気にいらねーな」


 めんどくさいことになった。

 ぼくは立ち上がり、財布から一番大きいお札を一枚、だす。


「これで勘弁してください」

「あん?」


 せいいっぱいの強い顔をつくって言う。


「地球が滅びたら、こんなの……ただの紙切れですからッ!」


 困惑の色。ヤンキーたちの心がざわついたのが、わかった。

 やがて、


「関わるとやべーよ。地球が滅びるとか言ってるし。いこうぜ」


 と、どうにかピンチを切り抜ける。

 ばしん、と強打されるぼくの背中。


「アンタやっぱ、おもしろいじゃん!」


 ばしんばしん、と干した布団のようにたたかれ続ける。

 はは……と肩ごしに愛想笑いを返すと、ちょうど彼女が手に持っていたアレがあって、しかめっつらのゴリラと目が合った。

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