残り9日

 それはハナタ会議と呼ばれている。

 参加者は二人。双子の姉の白石存花そんかと、存太ぼく

 いつぶりだろう。

 あ。高校入学前の、〈朝、どっちが先に家を出るか〉が議題のとき以来か。あれは七時間にもおよぶ大会議だったな、結局、くじ引きという公平な方法でえらぶことに行きついて、姉ちゃんがぼくより5分前に家を出るという今の形になった。


「ソンちゃん……」


 この一見やさしく見える目つきは、まぎれもなく自白を待っている者の目つき。あなたからしゃべってちょうだい、の目つき。

 すなわち、まずはぼくの身の潔白を証明しなければならない。


「ちがうんだ」

「……じゃねーだろ」


 わっ。あぶない。

 手首のスナップをきかせて飛ばしてきたのはダーツだ。シャレに……なるか。先っぽが吸盤になっているタイプで、ぴたっ、とぼくのおでこにくっついた。

 会議の場所はいつもここ、姉の部屋。白くてまるいローテーブルをはさんで座っている。


「何日か前にも耳にしたのよ。ソンちゃんが公園で女の子といっしょにいたよぉ、って。まあ……ぶっちゃけクマミから聞いたんだけどね」


 クマミ。

 幼なじみの黒部くろべ真那美まなみか。


「見まちがえだと思ってさらっと流したけど……今日、実際に見ちゃったから」


 とんとん、と指先で目の下をたたく。


「ソンちゃんにかぎってそんなことはないと思うけど、どういうことかお姉ちゃんにちゃ~~んと説明してくれる? あの女の子とはどんな関係? あと、『ちがうんだ』から言いだすの禁止」

「ちがうんだ」

「こら」


 二本目のダーツ。

 今度はかわしたぞ……って、壁に刺さってるッ!

 おいおい……最初から外すつもりだったと思いたいけど。


「ちがってなかったらそんな枕詞まくらことば必要ないでしょ。これは、いよいよグレーがクロに近づいてきたようね」


 姉がトレーナーの袖をまくり、三本目のダーツをかまえた。

 きらり、と先端があやしく光るものを。


「さあ、どうぞ。説明プリーズ」

「えっと……偶然出会っただけだよ。クマミが見たやつが一回目で、姉ちゃんが見たのが二回目」

「にしては、ずいぶん仲がよさそうに見えたけど。二回目であんなに急接近する~? ソンちゃんにチューしようとしてたじゃん」

「うーん、積極的な子なんじゃないかな……」

「年は?」

「知らないよ」

「近所に住んでるの?」

「それも知らない」


 目をつむって眉間にシワを寄せる姉。そしてぷぅーっとほっぺがふくらんだ。子どもの頃から変わらない、イライラしたときのサインだ。


「名前ぐらいは知ってるんでしょ?」

「あ。まだ聞いてない」


 っていうことはなにかい? とおかしな口調になった。姉ちゃん、落語が好きだからな。


「ほとんど素性すじょうのわからない女の子から、あれほど熱烈なアプローチを受けてたってことかい?」

「そうなる……かな」


 はぁ~とでかいため息。

 そして、


「…………責任とれんの?」

「いや、そんな関係じゃないから」

「あの子が7才として、ソンちゃんは17才。年の差十年。そりゃあさぁ、世間にはそれぐらいの年の差カップルはいっぱいいるだろうけど――」 


 えい、とずっとおでこにくっついてたダーツをはがして、姉のおでこに飛ばした。

 うまくくっついた。


「ちがうって。そういうんじゃないんだ。食べものをあげたから、ちょっとナツかれただけだよ」

「ほんと? お姉ちゃん、信じていいの? ソンちゃんはロリコンじゃないのね?」


 こくっ、とぼくは強くうなずく。


「よし。じゃあこの話は終わり。ハナタ会議は終了なのです」


 おでこのダーツをとり、存花ねえが立ち上がった。


「でもさぁ、どこの子かね? 不思議な、なんか妖精っぽい魅力のある子だったけど」


 おそらく宇宙――地球外のどこか――だと思ったが、当然口にはしない。

 するがきちだ。


「ナガモリさんを思い出したよ。おぼえてる? 小三のときの」


 もちろんおぼえてる。

 それはぼくの、初恋の人だから。


 ◆


「そうそう! 私もはじめて見たとき、ハツちゃんを思い出したのです!」


 翌日。日曜日。天気は相変わらずくもり。風もつよい。

 近くの書店に自転車で行くと、まっていたかのようにクマミがあらわれた。

 姉とした話をかるく伝えたら、「そうそう!」と今の言葉が返ってくる。

 駐輪場のすみのスペースに移動し、自販機で小さいサイズの紅茶を買って、クマミにぽいっと投げた。


「む。むむ。ねだってもいないのにジュースとな」クマミがメガネを敬礼のような手つきでさわる。「タダより高いものはナシ……どういったたくらみで?」

「その『ハツ』についてだよ」


 ぶわっ、と強風がふいて、クマミのスカートがあがった。

 が、中はジャージをしっかりはいていて、なんのお色気もない。


「えへへ……」と照れる幼なじみ。「ここ数日寒いから……たーちゃん、もしかして見たかった?」

「あー見たかったよ」とぼくは棒読みで言う。「それよりハツ美の件だ。どこまでおぼえてる?」


 答える前に、クマミはジュースに口をつける。すこし機嫌をわるくしたみたいだ。


「あいつは小三の冬に、転校した……よな?」


 です、とペットボトルをかたむけたまま人差し指を向ける。


「転校した理由は――」

「お父さんが交通事故にあったんです」

「そこまではぼくもおぼえてる。もっと詳細はわからないか? たとえば転校先とか――」

「うー」


 クマミがおでこに手をあてる。


「おぼろげながら……なんか海外に移住したって聞いたような……」

「お父さんは助かったんだっけ?」

「ええ。足の骨折とかじゃなかったかな」

「ん? それじゃ、なんで海外に移住なんだ? 足を怪我しただけだろ?」


 そこまでは、とまた飲み物に口をつけた。


「知ってどうするのすけですよ、たーちゃん。きれいな思い出にしとけばよいではありませぬか。でも、本当にたーちゃんにベッタベタでしたよねぇ、ハツ美ちゃんは」

「会うたびに『けっこんけっこん』って言われてたよ」

「ちょっとこう……舌足らずなしゃべりかたで、そこもまたかわいかったですな」


 そうなんだよ。

 ハツ美はかわいかった。

 ぼくもあいつが好きだった。たぶん、あいつと同じぐらいに。恥ずかしいから態度には出せなかったけど。


「切ない顔してるにゃあ」


 ぽいっ、とペットボトルが投げられた。

 もしかして間接キッス――って、おい。からじゃないか。

 ゴミ箱に捨てにいってもどってくると、クマミもなんだかさみしそうな表情を浮かべていた。ぼくに同情してくれてるんだろうな。こいつはやさしいから。


「どうして今ごろ――」

「言うな。ちょっと気になっただけさ」


 そのあとは店内に入って適当に立ち読み。クマミもいつのまにかいなくなっていた。

 家にもどる途中、ふとひらめいた。

 いや……ひらめいたなんてほどのものじゃないけれど。


(ラス美とハツ美って似てるな)


 顔とかじゃなく、たんに語呂ごろが。

 どうでもいい偶然だ。

 この二人が、まさか同一人物でもあるまいし。

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