残り10日


「遅かったではないか」


 なんて殺風景な部屋だ。

 ホワイトボードと、肘掛け椅子しかない。

 彼女の座る椅子が、きい、と音をたてた。


「はやくもってこい。わたしの食事を」

「は、はい……」


 これが〈特別教室〉? にしては机もないし……


「どうした小御門こみかど、ものめずらしそうに。ここにはじめて入ったわけでもあるまい?」


 いーや、はじめてなんですよラス美さん。と、ぼくは心でつぶやく。

 とりあえず、食事の入ったバスケットをわたした。


「ご苦労」

「あの……テーブルは?」

「中はサンドイッチだ」バスケットは彼女のひざ、いや、ふとももにのっている。「このまま食べる。問題はない」


 そうですか、と心ここにあらずの返事。

 これは地球が滅亡するかどうかの瀬戸際。食事なんかどうでもいい。

 迷っていたら、今朝の二の舞だ。

 いけッ! 


「えっと、あと一つだけ質問を――」

「なんだ」

「あの男子のこと、どう思ってます? 先日、円堂えんどうせん……会長に会いに来たあの男子のことですが」

一考いっこうあたいしないな」

「名前ぐらいは、おぼえてますか?」

「おぼえる必要はない」

「そう言わずに、ぜひおぼえて下さい。ぼくは――――


 白石しらいし存太そんた


 ――です」


 目の前で、タネも仕掛けもなく女の子が〈ぼく〉に変化へんげした。

 さすがのポーカーフェイス、ポーカーハートも崩れるだろうと思っていたが、


「……貴様だったのか」


 ご冗談だろ?

 なんだよ、この、町で知り合いにあっただけみたいなリアクションは。

 かぱっ、と彼女が座る椅子のひじ掛けの一部がひらいた。そしてボタンらしきものを押す。やばそうな予感。


「100秒で騎士ナイトがここにかけつける。チェックメイトだ」

「100秒」


 それだけあればじゅうぶん。


「ぼくは貴女あなたが好きです。つきあってください」


 やった! やったぞ!

 ミッション・コンプリートだ!

 吹雪になる前に終わらせられた! 


「何をきょろきょろしている」


 これでいい……のか? “みっしょん”の達成って、こういうことじゃないのか?


「ぼくはみんなをすくえた、んですよね?」

「なんのことだ?」ラス美さんが足をくみかえて、ぼくを見つめたまま小首をかしげる。今さらながら、この人の超絶的な美しさに気づく。「あぶないクスリでもやっているのか?」


 残りは何秒あるんだろう。

 ぼくは早口でまくしたてるように説明した。


「わたしに告白しないと地球が凍結してしまうだと?」

「はい」


 どうせウソだと思うはず。

 ところが――


「……なるほどな」


 と納得。

 ご冗談だろ? でもこの場合は、ぼくにとってはプラスだ。


「しかし」と彼女は椅子から立ち上がる。「かりに“みっしょん”を達成したからといって、貴様にそういうことをやらせた連中が約束を守る保証などどこにある。地球征服の前の、座興ざきょうの一種かもしれぬぞ」

「……よくわかりません。でも、ぼくしかそれができないなら、ぼくがやるしかないと思っています」

そんな役回りでも、か。奇特きとくな男だ。男にしておくにはしいな」

「あらためて告白します。円堂えんどう羅須美らすみさん、ぼくとつきあってください」

「ことわる」


 ばん! とうしろでドアがひらいた。


「これはっ!」入ってきたのは小御門こみかどさん。外見はお嬢様なのにガチで戦える女子。「会長! いったい、どういうことですか!」


 ぼくは〈心見こころみ〉をつかった。


(えっ、えっ、え~~~~っ‼ どうして会長が〈二人〉いるのよっ⁉)


 ぼくが化けたからです。

 小御門さん、今、片目をとじているほうが〈ぼく〉ですよ。


「気にいらないな」


 円堂先輩が、円堂先輩ぼくの胸倉をつかんだ。


「まったく気にいらない。貴様が“みっしょん”というもののためだけにわたしに告白したことも、“じぇのさいど”などというバカげたことをやろうとしている存在も――それに」


 彼女のほっぺが、ほのかにピンクになっているように見えるのは、気のせいだろうか。


「わたしは……わたしにはすでに心に決めた男がいる。それは当然、貴様ではない」

「そんなの――ぼくだって同じですよ」


 言い返してしまった。

 フられたようなニュアンスのことを言われて、反射的に口がうごいた。

 ぼくのプライドが、ぼくに意外なことを言わせる。


「初恋の人が今でも好きなんです。まだあきらめてません」

「ならば」ばっ、と服をちぎるようにつかんでいた手をはなす。「この告白は不毛以外のなにものでもなかったということだな……出ていけっ!」


 つよい言葉をびた。

 彼女の桃色のくちびるはきゅっと固く閉じてしまって、もういかなる言葉もここから出てくるとは思えない。


(ここで〈心見こころみ〉って、卑怯だよな)


 それにたぶん、ほとんど本心だと思う。

 ウソっぽさはゼロだった。


(とにかく告白はしたぞ)


 すべて終わったはずだ。

 映画だったらもう、スタッフロールが出ているだろう。


「ちょ、ちょっとあなた……も、会長? ああ、なんてことでしょう。み、見分けがつかないほど瓜二つで――」

「いえ、ぼくです。白石存太です」

 

 異次元レベルに美しい女子の姿が、ぱっ、とえない男子高校生にチェンジしたのを見て、小御門さんの体がフラリとかたむいた。


「大丈夫ですか?」

「え、ええ」


 とっさに抱きとめたぼくを見上げる彼女のまなざしには困惑の色。


「どうして白石君が」あっ、とただでさえ大きい目がさらに見開かれる。「じゃなくて、白石存太……お、おまえがいる!」

「すいません」ぼくは頭をさげた。「すぐ出ていきます。そして、もうここに来ることはないと思います」


 部屋から出る寸前、円堂先輩をみた。

 表情はわからず、キラリと〈七つ〉かがやく点がある不思議な黒髪の、後ろ姿を。


 ◆


 高校は週休二日制。

 今日は土曜日で、学校はナシ。

 昼過ぎ、コンビニにいったら、入り口のそばにあの女の子がいた。


「…………」


 無言の圧力で、ぼくはふたたび、この子にポテトをカツアゲされる。

 なんとなく移動した公園のベンチで、ぼくは言った。


「終わったよ。“みっしょん”。円堂羅須美に、告白した。これでいいんだろ?」

「ちがぃ!」


 ぼくのひざに手をついて、とんとん、とこめかみを指でタップされる。


「アンタはごかいしてる、ね? こくはくをつけるのいみ、ね?」


 強風にゆれている、白い部分と黒い部分が半々くらいのワンピース。

 強風といえば、今日も冬、ひかえめにいっても秋の終わりごろのように寒い。天気はくもり。

 彼女のつむじのあたりにある、ハートマークのような二つのお団子もぐにゃりと曲がるほどの風。

 ――と、


(雪。うそだろ。七月だぞ)


 空から白いつぶがふってくる。


「アンタはまだこくはくをつけてない。このままだと、じ・あーすいずえんど」

「確かに……最初からちょっと気にはなってたんだ。そもそも〈告白をつける〉って何? 日本語としておかしい気がするけど」

「つける。こう」


 わっ。

 あぶない。

 この……どうみても幼い女の子にしか見えない子のくちびるが、ぼくのくちびるめがけて飛んできた。

 やばいって。まじで、事件になるヤツだから。


「んー」


 おでこをおさえて、どうにか制止した。

 女の子は、まだ目をつむって口をとがらせている。

 え……。

 待てよ……。

 つける、ってまさか……。


(えっと、頭の中のフォルダを――)


 おでこをおさえたまま、ぼくも目をつむって例のフォルダを確認する。

 フォルダ名、 吹雪になる前に告白をつけるんだッ!

 カチカチ、とダブルクリックすると、


 はじめにお読みください.txt


 が目に入った。こんなのあったっけ? まあ、動画のほうに気をとられてたから見のがしたのかもな。

 ダブルクリック。

 すると、


※ 告白をつける、は省略形です。

 正しくは、〈告白〉――して告白した相手とおたがいの口と口――〈をつける〉となります。あしからず。


「ご」


 女の子が手に持っている、ぼくが買ったフライドポテトを一つつまみあげ、彼女の口につけた。


「ちがぃ! きっすきっす! アンタときっすしたかったんよ」 


 女の子が両手をふりまわす。

 ぼくは空を見上げた。美しい地球の真っ白な曇天どんてんを。


「ご冗談だな、はは……」


 つまりぼくは、ラス美さんと“きっす”しなきゃならないわけだ。

 こくるだけじゃなくて。

 ファーストキスもまだなのに。

 その、帰宅したら、


「ソンちゃん……ロリコン?」


 ど直球の質問を受けた。

 どうやら姉に、公園でのアレを見られていたらしい。

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