残り11日

 今日は金曜日。

 天気はくもり。風も強い。


(もはや夏とは思えないな)


 みんな肩をすくめて、寒そうに歩いている。

 ぼくもだ。

 校門の右のほう、学校名が縦書きされた石柱せきちゅうを風よけにして、じっと寒さにたえている。


(登校が早いっていうのは聞いたことがあるけど……。そろそろかな)


 むずかしく考えることはない。

 生徒会長のガードがかたく、容易に会いにいけないというのなら、向こうから来てもらえばいいだけだ。

 すべての生徒が必ず〈通行〉する場所で、待つ。


(この音は……)


 ところで、ぼくが通う学校ではバイク通学が許されている。

 でも安全面の問題とか家庭の経済的な負担とか同調圧力もろもろの作用で、この学校にはそれで通学しているのはたった一人しかいない。

 その一人とは言うまでもなく、真っ正面から向かってくる――る、る、る、


(一ミリッ! 皮一枚で止まってくれたけど……この人、ぼくをく気だったんじゃないだろうな)


 円堂えんどう羅須美らすみだ。

 急ブレーキ後、すみやかにエンジンを切り、フルフェイスのメットをとる。ふわさっ、と必ず〈七つ〉キラリと光る箇所があるつややかな黒髪が現れた。

 今日も今日とて、すさまじいほどの美貌びぼう


「死にたいのか。バイクの前に突然とびだすとは非常識な」

「でも止まってくれました……よね」その差、紙一重だったけど。タイヤの焦げたにおいが、ツンとぼくの鼻をついた。

「愛車をけがしたくなかっただけだ」

 ここぞとばかりに、間髪をいれず「それ、かっこいいバイクですね!」とホめる。

「男ごときに安直な評価をされては愛車の価値がさがる」

「ライダースーツも、きまってますね」


 じろり、と冷たい視線が。

 しかし、みじかいながらも会話を成立させたという事実はゆるがない。

 一本とったとみていいだろう。ラスボスのラス美を相手に。


(まさか、ここで告白までいけるか?)


 朝イチでそんなラッキーパンチ……でも、あたりにいる生徒は少なくて、彼女の護衛をつとめる騎士ナイトも今はいない。

 千載一遇、かも。


「え、えんど……」


 ばるぅぅぅん、とエンジンが豪快にふいた。


「次はく。おぼえておけ」


 言うと、ヘルメットをかぶり、発進の態勢にはいった。

 もう止められない。今から大声でコクっても、耳をふさぐメットとエンジン音にかき消されてしまうだろう。


(くそっ。へんに好感度を上げようとせずに、一言目で告白すべきだった。ぼくの作戦ミスだ)


 時すでに遅し。

 ぼくは颯爽と走り去る彼女を、ただ見送ることしかできない。

 なんの気まぐれか、負け惜しみか、ぼくは片目をつむった。相手の心が読める〈心見こころみ〉の発動だ。

 まー、どうせ「じつに不快だ」とか「時間をとらせおって」とか、そういうネガティブなワードしか見えないだろうけどな。


(ド、ドキドキしちゃった)


 !――?

 ぼくの胸にビックリとハテナが同時にきた。


(あんなに男の人とおしゃべりしたのは……いつぶりかしら。やだ、まだドキドキしてる……。風が強かったけど、髪の毛おかしくなかったかな。それより、気をつけなくちゃだよ、バカバカ! いくら朝が弱いといったって運転に集中しないと。もう少しであの人をいてしまうところだったんだから)


 黒光りするバイクにまたがる後ろ姿。

 その斜め上に、マンガのフキダシのように、括弧にくくられた彼女の心が確かに見える。


(あーあ、さみしいな。今日も一人ぼっちか……)


 視力には自信がある。一文字も見まちがえていない。


(さみしいな。わたしがいる〈特別教室〉に、誰か遊びに来てくれないかなあ。たとえば――)


 そこで彼女の頭が、肩ごしにぼくにふり返るような動きを見せた。


(あの人がきてくれる……なんてね!)


 バイクが視界から消えて、音もまったく聞こえなくなった。

 ビンタをくらった気分だ。

 円堂羅須美ラスボスのイメージが、実際の本音ほんねとこんなにかけはなれていたなんて。


 ◆


 白い皿のすみっこにシイタケでできた〈大〉の文字。


「あー、まだ一個いっこあったぞ。こいつめ」


 今、それが〈太〉になった。

 

「シイタケが入ってるから五目ごはんのときは避けてるのに」

「ごめん」

「ソンちゃんがあやまることないのよ」


 食堂で姉と向き合って食事している。

 ぼくたちがえらんだメニューは日替わり定食。五目ごはんと鶏の唐揚げのセット。


「ソンちゃんのお皿を避難所にさせてもらったけど、ヤなら食べなくていーんだよ?」


 箸でまとめて、ぼくはそれを一口で食べた。


「わぉ、男前おっとこまえ~! やるじゃん」


 言いながら左手を空中でふって、エアで〈よしよし〉された。


「でもさ、お姉ちゃんが気づかないと思ってる?」

「え?」

「こうやってヘンショクするとき、ソンちゃん必ず言うじゃない、『ヘンショクしてると彼氏ができないよ』って。どうして今日は言わないのかな~~~」

「それは……」

「そうです」存花ねえが胸をはる。「ソンちゃんのほうが、ぶっちぎりでヘンショクだったからなのです」


 否定はできない。と、いうより意味がない。

 告白経験のないぼくがとてつもなくスペシャルな女子に告白しようとしているのは事実。

 受け入れよう。ぼくは偏食家だと。


「ところで」と話題を切り返す。「姉ちゃん知ってる? 〈特別教室〉ってどこにあるか」

「……」

「姉ちゃん?」


 もぐもぐ、というかすかな咀嚼音。

 確かに、食べながらおしゃべりなんて行儀がよくないけど、姉はそんなことを気にするタイプじゃない。

 だまりこんだのには、理由がある――と、じーっと見つめつづける視線にたえきれなくなったとみえて、とうとう姉が口をひらいた。


「……ソンちゃん。私たち高校に入ったときに決めたでしょ? 学校内ではお互いに干渉しない。『姉ちゃん』って呼んだら一回につき罰金100円って」

「姉ちゃん」

「はい300円。でね、今日お昼にさそったのは、大切なお友だちが停学になってさみしい思いをしてると思って、ほおっておけない姉心あねごころからそうしたわけよ。そんな話をするためじゃないの。理解した?」

「ぼくはラス美に会いたいんだ」


 ジト……っと、目が細めに細められたかと思うと、姉は「はぁ~」と大きなため息をついた。


「さっさと食べて逃げよっと」

「姉ちゃん!」

「400円。あー知らない知らない。生徒会の仕事を手伝って少し耳にしたことあるけど、知ーらない」

「知ってる……んだね?」


 姉の顔が一秒、上を見上げるようにうごいた。

 もしや――


(言ったら絶対いっちゃうから言わない。ソンちゃんをあぶない目にあわせたくないんだから。〈特別教室〉が屋上にあるなんて、言わないんだからねっ)


「屋上……」


 ぼくがつぶやくと、姉がすばやく立ち上がった。


「ソンちゃん! ダメっ!」


 半分くらいしか食べていない定食をテーブルの上に置いたまま、ぼくも立つ。

 クルっと体を回して、校舎へダッシュ。

 いかなくちゃ。

 今すぐ、あの人のところへ。


(ん? 待てよ?)


 二段飛ばしで階段を駆け上がったが、大事なことに気づいた。


(うちの学校、たしか屋上は開放してないぞ。そうだよな。ドラマみたいに簡単に入れないんだよ、学校の屋上って)


 案の定、屋上へのドアは厳重で、しかもカードキーで開けるタイプ。

 一目でムリだとわかる。


(どうする……。あきらめるしかないか。円堂先輩が生徒会室にいるときを狙う……でもそうなると騎士ナイトを相手にしなきゃいけないしな)


 んだ。

 階段に座って、肩をおとす。

 あーあ、もっと食べておけばよかったな。急におなかがすいてきた。

 いいにおい。

 下からあがってきてる。

 たん、たん、と足音もする。

 あがってくる? 屋上には入れないのに?


(これってチャンスなのか。とりあえず、小御門こみかどさんにチェンジ!)


 ふっ、とぼくの見た目が瞬時に〈お嬢様〉になった。なぜか制服のスカートを二枚はいている、ダブルスカート。優雅なラインをえがくキューティクルばっちりの髪。ぱっちりお目目。


「あら織乃おりのちゃんじゃない」

「や……やっほ」


 不器用に挨拶するぼく。いや、もっとそれっぽい女子の挨拶はなかったのかよ、と秒で後悔。

 よく知らない人の演技って、むずかしすぎる。


「どしたの、こんなとこで」

「あ……〈特別教室〉に忘れ物しちゃって」


 ふーん、と興味なさそうに言い、おもむろにカードを出して、ピッ、ってした。

 おお!

 これだよこれ、ぼくの望んでいた展開は。


「じゃ、いっしょにいく?」

「も、ももももちろん!」

「……わるいものでも食べた? すごくキョドってるけど」

 

 この女子は上級生。っていうか、最初に生徒会室に突撃したときにいた騎士ナイトの一人だ。


「全然オーケーで、ですの」

「そう? じゃ織乃ちゃんにたのもうかな」


 手をぼくにむかってつきだした。

 持っているのはバスケット。ピクニックとかにもっていくような手提げのバスケットだ。


「会長にお昼ごはんを持っていくの、たのんでいい?」

「よ……よくってよ!」


 お嬢様の言葉づかいってこういうんじゃなかったっけ。

 後ろ姿の彼女が一回首をひねったのが見えたが、結果、気づかれずにすんだ。


(とうとう“みっしょん”を達成できる)


 ドアをあけて屋上に出た。

 さがすまでもなく、白いかまくら・・・・のような半円形の出っ張りが目に入って、ドアもあるのがわかる。あれがそうだ。あそこに彼女がいる。

 いこう。 

 人類の存亡そんぼうをかけた、告白のために。

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