残り12日
見えちゃっているのか、見せているのか。
考えるまでもないことだ。
ひくい位置からの視点――みじかいスカート――椅子にすわった姿勢、という条件がそろえばどうなるのかぐらい。
部屋がうす暗いせいでクリアではないが、彼女のそれが赤い色というのははっきりとわかる。
「わるくないでしょ~? アンタのためにスパイになってあげるって言ってるわけだから」
「そうですね」
と、赤い部分をガン見しながら言った。〈気づけ!〉というぼくからのサインのつもりだ。
しかし、彼女はちっとも気にしない。
ゆっくりした動作で足を組みかえる。
「一つだけ聞かせてよ」
きた。この質問だけは、マストでくると思っていた。
「アンタ、どーしてラス美さまに告白しようと思ったわけ? まともに会話したことないでしょ? 単純にルックス? それとも女王様のオーラにやられた?」
このあとの展開を想像すると――
「正直に言います。あの人に告白しなきゃ、吹雪になって、地球が真っ白に凍りつくんですよ!」
「うわヤバ……こいつマジのヤツじゃん。あーあーナシナシ! さっきの話はさ、なかったことにしてよ。とりあえず」指をパチンとならして、部屋に何人かいる部下らしい男子に命令する。「ボッコボコでよろ」
よろじゃねー! と心の中でさけぶ。
あながち的外れな予測でもないと思う。〈まっすぐ〉はたぶん、良策ではない。
(どうする……?)
ぼくはいつのまにか、正座していた。
そして一メートルはなれた椅子に座る彼女を観察する。
一言でいえばギャル。夏服の袖をまくって手首にパステルカラーのアクセをいっぱいつけ、健康的な小麦色の肌に、まつ毛の盛りに濃いめのアイラインという特徴的なメイク。
めすらしいのは、部活少女のような黒髪のショートカットというところだろう。
「
ぎゃはは、と笑われた。
あは……と愛想笑いを返したら、急に向こうはムッと真顔になる。
「さっさと答えなさいよ、チェリーくん」と、ぼくを蹴ってみせるジェスチャーをした。足の付け根にあるギャルのレッドがみえる。「こう見えて時間ないのよ。ラス美さまのもとへ行かないと――」
「本気なんです」
ぼくは立ち上がった。
「男が女に
「えっ」
「ぼくはこの想いを伝えたい。ただそれだけです」
「そ、そっか……。うん、わかったよ」
やったぞッ! なぞの迫力で、どうにか押しきれたみたいだ。
「まー、とにかくよろしくね。チェリーくん」
「白石です」
「じゃあ、キミのことは次からシラチェと呼ぶから。私は――」
よっこいしょ、と見た目に似合わないオジさんくさいことを言いながら、椅子から立つ。
「あー、さっぶ!」
部屋の外から吹き込んできた風を受けて、両腕で自分を抱くようにして寒がる。
(こんなものじゃない。もっともっと寒くなるんですよ、柏矢倉さん……)
部下たちをしたがえて去っていく彼女を見ながら、心の中でつぶやいた。
◆
翌日。暴挙に出た。
「ソンタ! ウソだろ……」
「おはよう」
と、教室で親友の
まわりもザワついている。
今日は七月九日。
本来ならば、ムシムシと暑い夏の一日だ。服装もそれに合わせてすずしい服を、いわゆる夏服を着るのが普通。
「……気にするな」
いやーんクールぅ、と
ぴっ、とぼくの服のそでをひっぱって、大友が目を見ひらく。
黒い学ラン。この学校の男子の冬服。
この時期に着るのは、応援団ぐらいだろう。
「ソンタよぉ、何があったん? おかしいぜ最近」
なあ、と肩をゆすってくる心配そうな表情の大友。
こいつは学年一の不良(本人は「ちげーよ」といつも否定するが)だからみんなに一目おかれてるけど、ぼく自身は平凡そのものだ。なんの取り柄もない。
注目もされてない。
だから、だ。
(百の言葉より一つの行動)
本日の予想最高気温は19℃。“じぇのさいど”をたくらむヤツらのせいで、さらに気温は下がる。ぼくはそれを知っている。頭の中のフォルダに入っていた動画ファイル、“みっしょん達成ならずの場合〈千倍速〉.mp4”を見たからな。寒冷→吹雪→凍結→絶滅のフローをしっかり確かめた。
(あとで『こうなることをぼくは知っていた』と言っても説得力がない。ただの後出しジャンケンだと思われるだけだ。だから)
冬服でアピールする。
さも、寒くなるのを知っていたかのように。
そうすれば何人かは「おや?」と思ってくれるだろう。そして何人かは告白に協力してくれる――と思いたい。
(実際、かなり寒くなってきてる。冬服でちょうどいいよ)
教室の窓をカタカタとならす強風。
真夏らしくない風の強さ。
みんなも着ればいいのに、と思うくらいだ。
授業に来た先生たちも、
「寒いもんな」
と、妙に納得してくれて、一度も怒られたり注意されたりしていない。
客観的には、浮きまくってるけどな……。もともと教室で孤立ぎみだったのが、これで決定的になった。とうとう唯一の親友も休み時間にぼくのところへ来なくなってしまった。
いいじゃないか。一匹狼で。
誰にも気づかれずに地球をすくう、だよ。はは……。
「さみしそうだね。たーちゃん」
声。
下のほうからだ。
「クラスでハブられたの?」
「そんな感じだ。でてこいよ、クマミ」
言うと、テーブルの下からにゅっと幼なじみが顔を出した。伸びかけのショートボブみたいな髪のうしろに一つ、外ハネの寝癖。
隠れるほうの
対面の椅子に座る。ここは食堂に併設したカフェのテラス席。
「ダッフルコートを用意しろとかって、あれマジだったんだ」
「ああ」
ぷわあぁ~~らら~という演奏前の調整のようなトランペットが風にのってきこえてくる。
夕方になっても、なお風が強い。
クマミが下にズレぎみのメガネで上目づかいで言う。
「で、寒くなったあとはどうなるのかな?」好奇心でキラキラした瞳。「かな? かな?」
「吹雪になる」
「そのあとは?」
「
「あらら。氷河期の到来ですか。そういう映画あったよね。短期間でサムサムになるってヤツ。マンモスの口や胃の中に消化されてない食べものがあって、意外と急スピードで氷河期になったんじゃないかって仮説を元にした話だよね。現実にそうなったら
ぼくは首をふった。
「クマミ……もういいよ。いってくれ。このままだと、おまえにも迷惑がかかる」
? という顔で小首をかしげた。
「監視だ。見られてる」
「盗み見されるのはイヤだけど、べつに後ろめたいことしてないよ? たーちゃんと世間話してるだけ」
まったくそのとおりだがな。
ぼくを(
ざっざっ、という足音。こっちに早足で近づいてくる。
とっさにぼくはあのリーゼントの男を想像した。
「ソンタすまん!」
急降下するように頭を下ろし、いきなりそいつは土下座した。
「大友……」
「おれビビってたんだ。ラス美のことがこわくてさ。ほら……あいつのせいで停学や退学になった男子が」
ぐっ! と、そこで言葉がつまった。
どこからあらわれたのか、土下座の背中に腰をおろした男。
「聞き捨てならないですね。会長のせいで――などとは」
ぐるん、とリーゼントの先端がぼくに向いた。
「そして君は大事な友人を一人なくしたというわけですよ、白石存太君。聞きたまえ」
夏服の胸ポケットから紙をだして、悠然と読み上げる。
「二年七組大友
「どきやがれ!」
予想していたのか、大友が体を起こすよりもコンマ一秒はやく、リーゼントが立ち上がった。
そのまま勢いにまかせて掴みかかろうとするのを――
「やめろ」
「……ソンタ」
間に入って制止した。
怒りが体から抜けて、肩をおとす大友。
「わるい友人をもちましたね」
ギロッ、と相手をにらみつける。
「
「そうですか。停学の理由を知りたいですか?」
大友が自分の茶色い髪をくしゃっとさわる。
「ちっ……先生からの注意とかをすっ飛ばしていきなり停学かよ。あんたら、クソほどエゲつないな」
「どういわれようと結構。では失礼します」
背筋をのばしたいい姿勢でターンし、ぼくたちから遠ざかる。
クマミがぼそっとつぶやいた。
「あれが風紀委員長の
「早乙女っていうのか」
「うん」
遠いところでふりかえり、大柄な彼がぼくのほうをじーっと見ている。
「あくまでウワサだけど、ひそかに」
男の子ずきらしいよ、とサラッと言いやがる。
そう思って見たら、やけに視線に〈意味〉を感じてしまうじゃないか。
(一応〈
さすがにこのときばかりは、ぼくは片目をつむれなかった。
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