残り13日 ー 昼休み ー

 もっと情報がほしい。

 敵を知り己を知れば――というやつだ。

 しかもこれは、万が一にも負けられない戦い。円堂えんどう羅須美らすみことラスボスのラス美のデータをできるだけ集めなければならないんだが……


「わりぃ、ソンタ……おれ、あんま知らねえし……」


 親友の大友おおともにして、こんな感じだ。

 当然、ほかのクラスメイトに尋ねても、さあ、という返事しかもらえない。

 それどころか、休み時間のたびに、みんながぼくからサッと目をそむけてしまう。


(孤立してる)


 円堂先輩への告白未遂事件をきっかけに、いきなり教室での肩身がせまくなった。

 おかしな話ではない。

 この学校で、彼女に関することで停学・退学になった生徒はあとをたたないから。

 流れだまをもらいたくないのは、当然だろう。


(まいったな……)


 もう一回、生徒会室に突撃してみるか?

 いや。また同じ結果になるだけだ。

 とりわけ、ラス美の〈結界〉の謎がわからなければ、勝負にならない。

 近づいた人間が気を失ってしまうというファンタジーなことが実在した以上、しっかり対策を立てないと。


(こんなとこにきても、だけどな)


 昼休み。

 気づけばここに足が向いていた。

 図書室。

 たしかに情報やデータといえば、ここしかない。

 とはいえ、生徒の個人情報にかかわることなんか、あるわけがない。


「……たーちゃん、たーちゃん」


 ささやき声。

 どこからだ?

 本棚と本棚の間を歩いていたら、ふいに聞こえてきた。


「たーちゃんってば」

「おいおい」


 二メートルはある本棚の〈一番上〉に腰かけて、足をブランブランさせている。

 こいつは昔からずっとこうだ。

 ぼくの幼なじみの女の子。

 小説愛好家で目立たない性格で地味めな外見で、つまりいんキャ。ただし彼女の場合はいんキャと呼ぶほうがふさわしい。長くつきあえば、その理由がわかる。


「たいへんなことになってるね~」

「……いや、目のやり場に困るから、とりあえず下りろ」


 すとっ、と着地。


「でもどうしてどうして? 全校集会で『男は死ね』とか平気でいう人に告白したの? たーちゃん、もしかしてどMエム? あたらしいドアがひらいちゃった?」


 マイクを向けてくるようなジェスチャーをして、さっそく質問ぜめ。

 ふう……。

 ふだん大人しいくせに、ぼくの前だと口数が増すんだから。


「それにしても寒いよ~。あのね、さっき係の子に暖房いれてってお願いしたんだよ? そしたら『夏だからダメです!』」ばっ、と両手でバツをつくった。「……って言われちゃった」

「今日は最高気温が20℃を切るらしいな」

「異常気象だよね」

「なあ……」頭がおかしいと思われるかもだが、一応言っておこう。「制服の冬服と、冬物……そうだな、あの白いダッフルコートを今のうちに出しておけよ。来週には10℃を切るから」


 きょっとーーーん、と音が聞こえそうな表情。

 日頃ひごろから表情ゆたかだが、この顔ははじめて見るかもしれない。


「あは……」ぼくと同じで、愛想笑いの下手なヤツだ。「お、面白い、かな……? むかしの漫才であったよね。七月でこんなアツかったら十二月はどーなっとんねん、みたいな」

「十二月か。もしこのままなら、ぼくたちは厚い氷の下だな」


 ジトった。

 記憶に残らないほど印象のうすいデザインのメガネの向こうのこいつのが今、あきらかに生気をうしなった。

 半分以上下げたまぶた。冷たい目つき。


「…………たーちゃん、それ本気でいってる?」


 そうだよな。まあ、そうだ。

 来週から寒冷化が加速して、人類が宇宙人(だと思う)に“じぇのさいど”されるなんてリアルじゃないからな。

 生徒会長に告白するのがそれを回避する唯一の方法だなんて、もっとリアルじゃない。


「なんか、そんな冗談、たーちゃんに似合わない。昨日の告白といい、まるで人が変わったみたいだよ」

「人が変わった、か……」

「今のたーちゃん、はっきり言って好きじゃない」


 そんなことはっきり言うなよ。

 ただでさえ面倒事めんどうごとをかかえてるのに。

 ぷい、とあっちを向いてしまった幼なじみ。

 黒部くろべ真那美まなみの、ボブカット以上セミロング未満の微妙な髪型の後頭部。


(いっそ、べつの誰かに変わりたいよ。たとえば――)


 朝イチのあのイベントの記憶が新しいせいで、ぼくの頭には〈彼女〉のことが浮かんだ。


小御門こみかどさんにチェンジ、とかな)


 一分ちょっとののあと、くるり、と、こっちに向いた。


「あー、わるかったよ。機嫌直してくれクマミ。つまんないことを言ったぼくが」

「あの……あなたどなたですか?」


 へ?


「あれぇ……さっきまでここに男の子が……あ、ごめんなさい、失礼しますっ!」


 だーっと走って図書室を出ていってしまった。

 へ? へ?

 なんだよそれ。冗談の仕返しか? おまえこそつまらないぞ、クマミ。

 しょうがないな。追いかけてやるか。

 図書室を出たが、どっちに行ったかわからない。バカ。そんなに遠くまで行くやつがあるかよ。

 階段をおりて、校舎との長い連絡通路をしばらく歩き、やっと違和感に気づいた。

 両サイドが透明なガラスばりの連絡通路。

 ガラスに映っているのは――


「こちらにいらっしゃいましたか」


 突然、ガラスとぼくの間に割り込んだ、長身の男。 

 妙な形のヘアスタイル。リーゼントっていうんだったか。


「小御門様」


 片膝をついた。主君につかえる騎士のように。

 身をかがめたこの男の向こうに映る自分の姿。ぱっぱっ、と手をうごかしてみたが完全にシンクロ。

 あそこにいるのは、どこへ出しても恥ずかしくないお嬢様。

 小御門さんだ。

 おいおい……どうしてぼくが彼女の姿になってるんだよ。


「お急ぎのところでしたか? ならば、失礼をいたしました」


 申し訳なさそうにリーゼントの先端がさがる。


「え? ああ? そう、わらわはお急ぎでございましてよ。おほほ……」


 こんな感じのしゃべりかた――じゃなかった気がするな。

 なんとなくの雰囲気で演技してしまった。

 くそッ!

 ぼくには、ものまねのセンスがない!


「いつでもお呼びつけください。準備もできておりますので」


 ギラッ、と一重の鋭い目が刹那せつな、太陽の光を反射して光った。


「じゅ、準備とな……?」


 はい、とリーゼントが目をつむる。


「あの男を……する準備です」

「え?」

「小御門様のお耳をけがす言葉でございます。ご賢察けんさつのほどを……」

 

 立ち去る後ろ姿。

 やらなきゃいいのに、ぼくは片目をつむって彼を見てしまった。

 気になる。

 会話の中の〈あの男〉とはほぼ確実にぼくのことで、彼がぼくをどうする準備をしているのかと確かめたら、


る)


 と出ていた。

 ご丁寧にも、ルビつきで。

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