残り13日 ー 朝~一時間目 ー
翌朝。
家を出たら、5分前にぼくと同じように「いってきます」と言って家を出たはずの姉がいた。
電信柱に背中をつけて腕をくんでいる。
「調子はどう?」
ぼくより5分はやく産まれた姉。
ぼくたちは
「まあまあ」
「……じゃねーだろ」
がし、とローキックをいれられる。
「もうウワサ、回りに回りまくってるよ? ソンちゃんがラス美にアタックしようとしたって」
話をしながら歩く。
高校へは徒歩通学。かかる時間は五分たらず。歩いてすぐそこの距離で、コンビニよりも近い。
「バカな弟もつと苦労するよ、ほんと」
と、頭のうしろに両手を回す。
カーブミラーに小さく映るぼくたちの歩く姿。
似てる、という人もいれば、似てない、という人もいるが、そっくり、といわれたことはない。背は少しぼくのほうが高く、胸は姉のほうがあきらかに……
「きいてる?」
ずい、と寄ってきた顔。いかにも不機嫌そうだ。
「きいてるよ、姉ちゃん」
「あ。罰金罰金」
「まだ通学路だからセーフ」
ふー、と聞こえるようにため息をつき、
「それで……どういう風の吹き回しなのかな? あの美人すぎる生徒会長サマに
「えーと」正直に言った。「地球のためだよ」
「はい?」
「吹雪になる前に彼女に告白しないと、世界がカチカチのアイスになるんだ」
ふっ、と聞こえるように鼻でわらう。
「ボケのセンスゼロじゃん。ソンちゃんさぁ、きょうだいだから言うけど、それつまんないよ?」
やはり信じてもらえなかった。
無理もない。あまりにも非現実的だからな。
孤独な戦いになるのは覚悟しないと。
「どうしたのよ、突然ウインクなんかして」
「ちょっと目にホコリが……」
(ボケならいいけど、マジならヤバいなー。心配だなー。姉として全力で止めにいかないと。にしても、あんな人がタイプだったっけな、こいつって。しかも告白とかしたことないくせに。もっと相手をえらびなさいよ相手を。まったく身のほど知らずなんだから)
と、いうのがリアルタイムの姉の思考。
こういうふうに、顔の近くに
“みっしょん”をクリアするためにぼくに与えられた
片目をもとにもどす。
信号待ち。
姉が横断歩道の向こうにいる人に、あごをクイっとうごかした。あれを見てよ、ということだろう。
「半袖Tシャツにハーフパンツ。それに今は七月で夏まっさかり。吹雪なんかくるもんですか」
「そうだよね」
あは……、と、せいいっぱいのつくり笑顔とともに返事した。
ぼくも、吹雪なんかこないことを願う。
◆
「うそだろぉ! ソンタ!」
教室に入るなり、長身の男に両肩をつかまれて前後にぶるんぶるんふられる。
酔う。
ぼくは親友の
「……はなせよ」
いやーんクールぅ、と昨日のようにふざけない。
うそだろうそだろ、とまだぼくの体をシェイクしやがる。
そういえばこいつには、自分の妹にぼくとつきあってもらって、ゆくゆく実の家族になりたいというそこそこガチな野望があるんだった。冗談だと思っていたが。
「信じらんねー! ウソだと言ってくれよ、生徒会室に突撃したなんてさ!」
「本当だ」
ざわ、と教室がどよめいた。
みんな、ぼくたちの会話に聞き耳を立てていたらしい。
「ラス美なんかやめろよ! おれの妹のほうが、絶対にいいぞ!」
「それは会長への侮辱ですか?」
教室の入り口から声。冷たい声だ。
「どうでしょうか大友君。返答次第では
「あ……いや……」ぱっ、とやっと肩から手をはなしてくれた。「ち、ちがいます。とんでもない」
髪を茶色に染めてガタイもいいこいつは一見、ヤンチャなヤンキーにみえる。
もっと言えば、ケンカが強そうにみえる。
そんな大友が弱気な態度をとってしまったのは、相手が上級生だからだけではない。
単純に、彼女のほうがはるかに〈強い〉からだ。
会長が男嫌いなので、当然、全員女子だ。そしてたぶん、彼女たちもボス同様に男嫌いなんだろう。
「来なさい」
と、高飛車なセリフ。
「あなたに話があります」
ひらり、と彼女のスカートがかすかに動いた。ひざ上あたりのスカートと、それより少し丈のみじかいスカートを重ねてはいている。私服ではなく、もちろん学校指定の制服のセーラー服だ。スカーフの色はグレー。半袖で
なぜダブルスカートなのか?
しかし校則にはスカートを重ねてはいてはいけません、とは確かに書かれていない。
「これから一時間目が――」
「それは断る理由にはなりません」
「わかりました」
自分の席にスクバを置いて、彼女に同行した。
どこにつれていかれるんだろう。
ここは……
「体育倉庫」
ぼそっとつぶやいたが、彼女のリアクションはない。
それが何か? という顔をしている。
この人は円堂先輩のそばにいつもいる。昨日もいた。そのせいで少し目立たないが、彼女も相当の美人だ。お嬢様系。自然なウェーブのかかったロングの髪に、つぶらな瞳。
「
ばっ、と手をのばしてきた。
あっけなく右腕をつかまれる。
「あら?」
と、つかんだほうがビックリしている。
「そんなはずは……あのときは
「偶然ですね。ラッキーだったんじゃないですか?」
「何か武術の心得が?」
「何もやってません」
キーンコーン、と一時間目のチャイムが鳴る。
「……考えすぎでしたか」
ばさっ、と耳元の髪をうしろにかきあげた。
「白石存太。もう話はありません。もう話をする機会もないでしょう。もう会長に近づこうとはしないことです」
「それは忠告ですか」
出ていこうとした彼女が、肩ごしにふりかえる。
二枚重ねのスカートが、入り口から入る風でゆれて、色の白いふとももがチラリとみえた。
――その瞬間、ふとももがボヤっとぼやけて、
「やさしく話したせいで、ナメられましたかしら」
首ッ!
ぼくへの突進から首を鷲掴みにされ、そのままマットに押し倒された。
「警告。あるいはそれ以上でございましてよ」
「が……がっ」
声がだせない。
このままじゃ死ぬよ。地球をすくうこともできずに。
「もしくは、そうですねぇ、あなたのお
お身内って……双子の姉のことか?
ぼくは片目をつむった。
そしてこの乱暴な上級生女子を見つめる。
なかなか出ない。(どうです苦しいですか)(もっとしめますよ)(これが
これじゃ、ぼくの意識がトぶほうが、はやいかも……
(ふっ。そろそろいいでしょう)
出た!
彼女の手から力が抜けるタイミングがわかったぞ。
抜けるのに合わせ、こっちからグッとパワー全開だ。
「あっ」
上下、いれかわった。
今度はぼくのほうが上になっている。
「姉ちゃんには手をださないで下さい。お願いします」
「えっ?」
「お願いします」
彼女の体からはなれて、会釈のように頭をさげる。
しーん、とした空間。静かな体育倉庫の中。
「じゃ、ぼくは教室にもどりますから」
「ま……待ちなさいっ」
立ち上がって、ダブルスカートと、ちょっと乱れた制服を直しつつ彼女が言った。
「わたしは
「はあ」
まいったな。
恨みを買ってしまったか。
彼女は、目的とする円堂先輩の側近。バリバリの武闘派。
これで告白の成功から、一歩遠のいたような気がする。
いてっ。
風で飛んだゴミが、目に入った。
(……)
見まちがえてない。
つむってないほうの目で小御門さんを見たら、こんな二文字がみえた。
(す・き)
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