吹雪になる前に告白をつけるんだッ!

嵯峨野広秋

残り14日

 ポテトをカツアゲされた。

 コンビニから出て、さっそく一口めを食べようとしたら小さな女の子がこっちをじーっと見ているのに気づく。

 そのあと、ついてこられること100メートル。

 そして「よかったら……」と言って女の子のうれしそうな表情をみたとき、ぼくとポテトの運命が決まったんだ。



「おい! ソンタ!」



 机につっぷして寝ているぼくに声。

 顔をあげると、ななめ上に校則違反の茶髪。

 へらへら、という音がぴったりのお気楽な表情。


「なーなーなー、今日って、なんか寒くね?」

「……そうだな」


 いやーんクールぅ、とこいつはふざけたリアクションをする。

 ちかくの男子が、ははは、と笑う。

 どこにでもあるふつうの光景だ。たいしてめずらしくもない。

 本日は七月七日。

 あと二週間もすれば夏休み。大人も、だいたい月末からお盆のあたりに長めの休みがある。


 人類史上、最高に寒いバカンスになるだろう。


 あの子が言ってたことはほんとうだった。全国的に『だいたい3℃』ぐらい、数日ごとに下がってきている。天気予報では今日の最高気温は20℃。まだ異常というレベルではないが、このペースだと来週には10℃を切ることは確実。

 そして吹雪になる。

 このままじゃいけない。

 いかなくちゃ。あの人のところへ。ぼくが……


って! どしたんソンタ、めっちゃあわてて」


 親友の大友おおとものデカい体にぶつかりながらも、猛ダッシュで教室を出る。あートイレだったのね、とあいつがボケたことをつぶやいたのが聞こえた。 

 まったくボケてるよ、なにもかもが。


 生徒会室。


 息を切らしながら、ドアの上にかかるプレートをみながら、ノックノックノック。


「誰だ」


 ドアごしの冷たい返事。


「に、二年二組の、白石しらいし存太そんたです」

何用なにようか?」

「入っていいですか?」

「入る必要はない」


 圧倒的な拒絶。

 とりつくシマもない。


「緊急の……その……なんて言ったらいいか、おおげさじゃなく地球の存続にかかわることなんですが」


 体がてつくほどの静寂。

 やがて、


「病院へいけ」


 と、容赦ない一言がぼくに浴びせられた。

 やむをえない。

 強行突破だッ!


「あっ」


 と相手がいうよりはやく、ドアをあけて部屋の奥を目指す。長テーブルの、お誕生日席にすわる彼女のところへ。

 紅茶を楽しんでいた、彼女の桃色のくちびるがうごく。



「――とらえよ」



 その命令で一瞬で道がふさがれた。眼前に三人。顔もスタイルもいいイけてる女子が三人もいる。

 がちゃり、とうしろでドアが閉められた。ということは、うしろにもいるということか。

 うまくない状況だ。

 どうする――?


「わたしは『とらえよ』と言ったはずだが」

「それが……この男、見かけによらず反応がはやく……」


 三人の女子がだしてくる手を、さっ、さっ、さっ、とかわしつづけている。

 さぞかし不気味だろう。

 まるで心が読まれているかのように、タッチすらできないんだから。


(キモっ、こいつ。バリよけるじゃん)

(なんと……これは反射神経? それとも……)

(え~⁉ なんでなんでなんで~⁉) 


 わるいけどバレバレ。ぜんぶ――読めてるんだ。

 まあ、これぐらいのハンデはくれないとな。

 最高難度の“みっしょん”に挑もうっていう以上は。


「役にたたぬ騎士ナイトどもめ」


 ティーカップを置き、優雅な仕草で立ち上がった彼女。

 昨年の秋、すべての男子よ消え去るべし、というなぞのマニフェストで当選したこの学校の生徒会長。

 テーブルの上にのった、黒い四角錐しかくすいに白抜きで、



 円堂えんどう羅須美らすみ



 通称、ラスボスのラス美。

 恋愛において難攻不落で、彼女をオとせる男子はいないといわれている。

 究極の男嫌い、かつ女尊男卑じょそんだんぴ、ダメ押しに男性アレルギー……って、これは単なるウワサだが。


「わたしが相手をする。おまえたちはさがれ」


 はっ、と兵隊のように応答して、三人は壁際までさがった。

 チャンス! とぼくは目的の彼女に接近する。


無策むさくながら、ここまで近づけたぞ)


 しかし、すごい存在感だ。

 まず目が行くのは彼女の髪。腰まで伸びる長い黒髪。どの位置、どの角度からみても必ず〈七つ〉光る箇所があるといわれていて、今、それが事実なのを確認した。キラッキラだ。きれいだ。

 見惚みとれる。

 だめだ。目的を見失うな。

 ここは平静をよそおって……


「あ。こんにちは、円堂先輩。っていうか、はじめましてですね」

「男ときく口はもっていない」


 とか言いながら、きいてくれてるけどくち

 うん。いい。思ったほど絶望的じゃなさそうだ。すくなくとも、会話は成立することがわかった。

 なら、やることは一つ。


「いきなりですが、ぼくは先輩のことが――――」


 ◆


「きにいった!」

「え?」


 ブランコに腰掛ける女の子と、そばに立つぼく。 

 女の子が手に持っているフライドポテトの容器は、すでにカラだ。

 空は夕焼け。


「そんなに気に入ったなら、あのコンビニで売ってるから」

「ちがぃ!」


 変な言葉。お父さんかお母さんの口真似だろうか?


「アンタのこと」


 アンタ……って、せめて「おまえ」ぐらいがよかったな。

 ぼくとキミじゃ、十才ぐらいの差があると思うが。

 女の子から容器を受け取って、


「もう一つ、買ってこようか?」と言ったら、

「ちがぃ! ちがぃ!」と全力で否定された。


 そよ風にゆれる、白い部分と黒い部分が半々くらいのワンピース。

 背丈はぼくの半分もない。

 頭はお団子にしていて、てっぺんあたりに2個つくっていて、なんだかハートマークのように見える。


「アンタにきめたんよ」

「結婚相手に?」と、ぼくはふざけてみた。どうせすぐに「ちがぃ!」とくると思って。

「けっこん……うーーーん」目線を横に流し、「そっか、その手もあったのね」

「何が?」

「“じぇのさいど”からアンタだけたすけるってこと、ね?」


 じぇのさいど、って聞こえたけど。

 なんだろう……猛烈に……スルーしてはいけない予感が……。


「アンタは“みっしょん”をやる。で、アンタだけが、じ・あーすをすくえるの」


 なんだ?

 この奇妙な感覚。

 女の子の意識が直接流れ込んでくるような。

 そして画像がみえる。

 真っ黒な宇宙空間にうかぶ、真っ白いきゅう


「すのーぼーるあーす。“みっしょん”をしくじればこうなる、ね?」


 女の子がニコニコしたまま、顔をななめに傾けた。


「ね?」


 と、手でつくったピストルの先をぼくに向ける。


「ぐっどらっく」


 ◆


 不思議だ。

 頭の中にフォルダがある。フォルダ名は“みっしょん”。ついでに矢印のカーソルもあって、自由にクリックもダブルクリックもできる。

 目をつむると、それが見えて操作できる。


(あ、あれ……?)


 白い天井。


「さめた。先生、弟の目がさめました」


 先生?

 部屋の雰囲気といいわずかなアルコール臭といい、もしや保健室?


「姉ちゃ――」ベッドの横に座っているのは実の姉の存花そんかだ。学校で「姉ちゃん」と言ったら一回につき罰金100円とるシステムは、高校になった今も継続している。「姉さん。どうして?」

「それはこっちのセリフよ。どうして生徒会室なんかにいったの。あそこはラスダンよ? ソンちゃんがいっても瞬殺されるだけじゃんか」

「でも……大事な……」


 さー部活部活、と存花ねえはさっさといってしまった。こっちの気もしらずに。

 いや、あきらかに重要なことを言いかけてただろ。もっと話を聞いてくれ。

 地球の存続にかかわることなのに。


(ええと、たしか円堂先輩に接近できて、そこから……)


 記憶がない。


(気を失ったのか。なんてことだ、マジだったのかよ。〈円堂羅須美には無敵の結界がある〉っていうのは――)


 わが校の生徒会長にして、抜群の美貌の持ち主。

 だが誰も、これまで誰一人として、彼女に告白できた者はいないという。

 つまりぼくは、前人未到のことをやらなくてはいけない。

 目をつむり、例のフォルダをダブルクリック。

 ――の、前に、名前が変わっていることに気づいた。いつのまに。“みっしょん”ではなく、こう変更されている。



 吹雪になる前に告白をつけるんだッ!


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