第41話 六度目の正直

 教室が静まりかえった。

 ケンカしてる? と、うかがうような空気。みんなの視線が集中。

 かまわない。まわりはまわりだ。

 おれの目には、もうおまえしか見えていないんだから。


「コク、ちゃん……?」

「もう一回、さっきの質問をしてくれ」

「え?」


 いいから、とおれは立ち上がった。

 つられるように、ソアも立ち上がる。

 おれたちは向かい合った。

 しばらくこまったような表情をしていたが、こっちの決意が伝わったのか、きゅっと口をむすんで、まっすぐなまなざしになった。

 すう、と息をすいこんで、


「だれか――コクりたい相手は、いる?」

「いる。目の前に。おれはソアのことが好きだ」

「うそでしょ?」

「うそでも冗談でもない。おれは……おまえが交通事故にあったとき、自分が卒業できないことなんかどうでもよくなって、とにかくソアが傷つかずに助かることだけを考えたんだ」

「え? えーと……事故? なんの話なの?」

「好きだ」

「コクちゃん?」

「最初に告白したとき、おまえは好きな人がいるって言ってことわった。じゃあ、あきらめるしかないと思った。でも彼女のおかげでわかったんだよ。おれは……やっと真実にたどりつけた」

「あ、あの……」

「おれの告白にも、ソアの告白にも、しっかり〈心〉がこもっていた。だから」


 自分の動きをスローモーションに感じた。

 まわりが、とまって見える。

 手をとってソアの体を引き寄せた。


「両想いなんだよ……おれたちは」


 抱きしめ……ようとしたんだが、どん! と、両手でつき返された。

「はいストップ、ストーップ! そこまで。もう、コクちゃんたら何するつもりだったのよ、ドサクサにまぎれて……ほんとに……」くるりと背中を向けた。「好きな人じゃないとねぇ、女の子は、カンタンにそんなことさせないんだから」


 うっ。

 それって、つまり……。

 はは……そうだよな。

 すでにフられているんだから。

 おれ、調子にのっちゃったか? 恋愛の空気みたいなのに酔ったのかな。

 こんなことしても結果が変わるわけ、変わるわけ――


「大好き!」


 教室に「ワッ」と歓声があがる。

 な、なんだ?

 急にソアが抱きついてきた。

 両手をおれの首に巻きつけるように回し、ぎゅっとしていて、ちょっと息苦しい。

 でも、そんな苦しさも吹っ飛ばす、圧倒的な安心感。

 いや達成感なのか……充実感なのか、なんか自分でもよくわからなくて、ただシンプルにうれしい。


 告白に成功した。


 ん?

 ひょっとしたら、まだ言葉が足りないのかもしれないな。


「ソア。おれとつきあってくれるか?」


 耳に近いところで、


「当然でしょ!」


 と大きな声で言われ、ドキッとした。

 まだドキドキしてる。

 たぶん、ドキドキしてたんだ。

 幼なじみの前では、ずっと。

 おれはニブいから、長い間、これに気がつかなかったんだな。


「お~い、おれへの当てつけかよぉ~」


 バスケ部のヤツが言うと、みんな笑った。

 ぱちぱちと拍手してくれてる人もいる。口笛ではやしたてているのは、たぶん男子だ。

 なんとなく余裕ができて、おれはつい、彼女をさがしてしまった。教室の前のほうに目をやる。

 ふうん、という顔つき。

 級長の末松すえまつさんは、とくに何も思っていないようだ。

 もう一人。

 この成功にみちびいてくれた、おれの恩人。

 深森ふかもりさんは……

 くっ、ソアがつよく抱きついてるから、うしろへ視線を向けられないぞ。

 ゆっくり体をねじって――彼女の席を――


「はい。おつかれさま」


 ぐるーん、と回転した。

 そのまま床にたおれる。

 いてて……。

 あれ?

 ソアがいない。


「ずいぶん時間がかかったねぇ」

「あなたは」


 コンビニで出会った女の人。

 なんでここに?

 それに、ここはどこだ?

 教室じゃない。

 っていうか、動いている。これって――


(飛んでる!)


 この高速で流れる景色。

 でたらめな色づかいの上下左右。


「とにかく~、これでめでたく卒業だ」


 茶色のサラサラロングの髪が、風もないのにふわふわゆれている。

 服装ははじめて会ったときと同じ紺のスーツで、下はスカート。


「ねっ!」


 この人はだれだ?

 顔は、どことなくソアに似ている気もするけれど……このアヒルぐちのところとか。


「そこであなたにビッグなプレゼント!! ひとつだけ、願いをかなえてあげるよっ」


 まじか。

 すごくまじっぽい感じがする。

 この人は時間をループさせたりできるんだから、なんでもじゃなくても、かなりのことができるだろう。


「あの」

「おや? もうお決まり?」

「無理かもしれませんが……」


 一応、おれの望みを言ってみた。

 告白が成功してもなお、唯一気がかりだったことを。

 それは――


「彼女が交通事故にあったあの一年を、なかったことにしたい?」

「はい」


 最後のループで、おれは深森さんから手紙を受け取った。

 ということは〈手紙を書いた彼女〉がこの世界に存在する、もしくは存在していたということだ。きっと今も、どこかに彼女はいるんだろう。そこにいっしょにいる〈おれ〉は、どうなっているのか想像もつかないけど。

 なら当然、あの不運なソアもどこかにいる。

 快復していればベストだが、重体のままか、あるいは――

 

「いいよ。お安い御用。っていうより、このループには〈外側〉はないから。あなたの学校の生徒すべてを、あなたの高校三年生の一年間にまるっととじこめてるんだから。まるっと」

「まるっと……」おれはなぜか、彼女の言葉をくり返していた。

「しかもぉ」人差し指をたてた。「ぜーったい誰も死ぬことのない、安心の一年保証なんだゾ。四月がスタートで三月がエンド。エンドがきたら、またみーんなで最初からってワケで」

「えっと、この〈飛んでる時間〉はどうなるんですか? 告白が成功したあとの、おれとソアは……」

「一番最初の一年といっしょ。つまりぃ、始業式の日にあなたがコクったトコだけが、ただひとつ最初とちがうトコ」

 ということは……まわりは不思議がっただろうな。

 あんなに劇的な告白をしたのに、次の日からラブラブってわけでもないんだから。

 ま、あいつはずっと「コクちゃん」っていう親しげな呼び方をしてたから、それほど不自然でもないか。

「なっとく?」

「事故にあったソアは、もうどこにもいないんですよね?」


 こたえない。

 だまって、おれの顔を見て、ほほえんでいる。


「願いって、それだけ?」

「はい」


 わがあるじは、うんうん、じつに男を見る目があったねぇ


 たぶん、そう言ったと思う。

 でも口が動かなかった。

 意味もよくわからないし。主って誰?

 口が……というより、顔、いや彼女の全体像がぼやけて、カラフルな背景にゆっくり溶けていく。

 そして、


「卒業式の日か」


 予想どおりの時間、場所にジャンプした。

 学校の正門の近く。

 違和感があるのは空の色。

 ちっとも赤くない。

 抜けるような青だ。朝か、それでなくても午前中……?


 おーい


 と声。

 そっちを向くと、担任の先生がこっちに走ってきていた。


「どうした白川、こんなとこにつっ立って。もう式がはじまるっていうのに」

「はじまる?」


 はやくこい、と手招きするので、先生についていく。


「今から、卒業式ですか?」

「おいおい、こんな大事な日に、こっちが不安になるようなことを言うなよ……ん? 白川、コサージュもつけてもらってないじゃないか」


 あわてて先生がそれを胸につけてくれて、そのまま体育館に入り、みんなと合流した。

 そして卒業式がはじまった。

 なんか前にも見たことある光景に、聞いたことのある話だな――あ、当たり前か。

 一番最初と二回目の一年で、とっくに経験ずみだ。


「おれの高校生活一番の心のこりは、始業式をズル休みしちまったことだよ……」


 教室にもどって、黒磯くろいその開口一番がそれ。


「くやんでもくやみきれねー! ああ、神様がいたら、時間をもどしてくれねーかなーっ!」


 おい。

 不吉なことを言うなよ。

 実現したらどうするんだ……


「みんな、机をうしろにさげて」


 級長の末松すえまつさんが呼びかける。

 どうやら、集合写真を撮るようだ。

 一番うしろの目立たないところでいいか、と思っていたら、


「ほらほら」


 と、ソアに手をひっぱられた。

 真ん中の中段にひきだされる。

 そのとき、すっ、と近くで人がうごくのを感じた。

 

「あー、いいねー」

「ね?」


 と、女子たちがもう感想を言い合っている。おれも画像のデータをひろって、確認。

 よく撮れてる。

 おれの右にはソア。

 左にいるのは……  


深森ふかもりさん)


 連絡先の交換とか、寄せ書きとか、雑談とかで盛り上がっている教室をよそに、たった一人の女子が、まさに外へ出ていこうとしている。


「コクちゃん?」

「わるいソア、ちょっとここで待っててくれ」

 

 あわてて追った。

 彼女を見失ったら、おそらくもう会えない。

 いない。

 廊下に出ていったばかりなのに、どこにも姿がなかった。


「白川じゃん」

美女木びじょぎ


 かずかずのアドバイスをくれた、おれの恋愛の師匠がそこにいる。そのとなりにはもちろん美人のカノジョ。


「あれ? っていうか、なんで……なれなれしく話しかけちまったんだ? たしか中学以来だよな?」

「いいよ、気にするな」ぽんぽん、とあいつの肩をたたく。「おれたちはずっと友だちだ」

 首をひねって「おまえって……そんなカッコよかったっけ?」と、まじまじとおれの顔を見ながら言った。

「ありがとう。美女木」

 お、おう、と返事したあいつは、たぶん〈カッコいい〉に対する感謝だと思っただろう。

 ちがうんだ。

 おまえにはまじで、助けられたんだよ。

「いま、ちょっといそいでて……またな美女木」

 そう言うと、おれに向かって指を鳴らした。パチーン、と最高の音が鳴る。何人もの生徒がこっちを見た。

「また会おうぜ、白川!」


 二人のそばをはなれ、ふたたび彼女をさがす。


 くそっ。

 あんなに助けてくれたのに、お礼も言えないのか、おれは。

 彼女がいなかったら、ずっと卒業できなかったかもしれないんだぞ。

 窓の外を見た。

 冗談だろ。

 もう一階におりて校舎を出て、深森さんは正門のほうに向かおうとしている。

 猛ダッシュ。

 ここで行かないと、一生後悔する。


「待って!」


 と、背後から声をかけても待ってくれない。

 こういうところも相変わらずだ。

 追いつき、彼女の前に出ても、


(……)


 無言で体をかわされる。

 また前に出る――かわされる――そんなやりとりを何度もやったあと、


「何」


 と、彼女はやっと口をひらいてくれた。


「あの……えっと……」


 ばかかおれは。

 あの人が言ってただろ。まるっとリセットされるって。

 おぼえているわけがない。

 それに、もし〈記憶〉が残っていたとしても、肝心のおれが〈どこにでもいる男子高校生〉になっているんだから、夢かまぼろしかとでも思うだけだ。

 が、

 そんなことは関係ない。


「ありがとう。ほんとに、ありがとう。ケイ」


 無視か、おこられるか。

 その、どっちでもなかった。


「卒業おめでとう、白川君」


 メガネを、はずした。

 風で、彼女の二つの〈おさげ〉がゆれている。

 桜の花びらが舞った。

 両サイドに桜の木。

 やっぱり、きれいな目だ。黒いレンズでかくすのは、あまりにももったいない。


「あの……一度も話したことはないんだけど、おれたちは――」

「言わないで」


 しーっ、と口の前に指をたてた。

 そして


 あほ


 と、くちびるがうごいた。

 さよならの代わりみたいに。

 はじめて見た。

 彼女の笑顔を。

 笑うと、あんなふうになるんだな。こっちまでうれしくなるような、満面の笑みだ。

 その顔で、手をふっている。

 おれは全力でふりかえした。

 後ろ姿が見えなくなるまで。

 

「……ねえ」


 ぐっ、とそでをひかれる。

 もう深森さんはいない。


「こんなところで、何してたの?」


 なんでもないよ、とおれはソアの頭に手をおいて、くしゃっとやった。

 もう、とすねるように言うソア。


「文芸部にきてよ。くろちゃんも待ってるし」

「ああ」


 渡り廊下のところで、あいつはこんなことを言った。


「今日仕上げちゃおうと思ってるんだよね。わたしの最後の作品を」

「最後?」

「うん。もう小説は、とうぶん書かなくていい……書かなくて、よくなったから」

 どういうことだよ。

 卒業して、文芸部所属じゃなくなったから、ってことか?

 どんな話なんだ、とおれは聞いてみた。

 ちょっとファンタジーっぽいんだけどー、とソアは前置きして、



「この世界の、すべての片思いの女の子を助ける神様がいてね……」



 突然、頭に思い浮かんだのは、あの人のアヒルぐち

 冗談だろ。

 おれは言った。


「その神様って……まさかコンビニで立ち読みとかしてないよな?」



   [完]












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おまけ



以下、設定資料集



白川 浩(しらかわ ひろし)



どこにでもいる男子高校生 彼女いない歴=年齢

こだわりの趣味、特技・特になし 

身長体重・平均値

中学も高校も帰宅部


「あれ、卒業できないぞ」


――こんなに低かったのか、告白の成功率って。



片岡 想愛(かたおか そあ)



同じタワーマンションに住む幼なじみ

ちなみに浩は三階で彼女は最上階

主人公を「コク」「コクちゃん」と呼ぶ。たまに、まじな空気のときは「ヒロシ」

将棋部と文芸部をかけもち

地味な外見だが、誰とでもわけへだてなく明るく接し、ひそかなファンは多い

一つ下に、シスコン気味の弟あり。が、とくに主人公にキツくあたることもなく、兄のように慕っている

なお、再三にわたる浩からの要求についに折れて、しぶしぶながらも自転車は捨てたらしい


――ソアはだめなんだ。だめだった。おれ、一番最初に、あいつに告白したんだよ。



黒磯 雷太(くろいそ らいた)



浩の親友。小説家志望。ネット小説の投稿を続けるも、まったく手ごたえナシの日々

電車通学。実家はお寺

文芸部の部長

短髪で高身長というスポーツマンのような見た目。めちゃめちゃ運動神経よさそうに見えるも、じつはかなりわるい



遠峰 花(とおみね はな)



となりのクラスの学校一の美女



深森 蛍(ふかもり けい)



ミステリアス・サングラス・ガール

設定上は「サングラス」ではない。あくまで医療目的の黒いレンズのメガネ

卒業後の進路は不明



小諸 一(こもろ ひい)



ミニマム柔道少女



小諸 二郎(こもろ じろう)



ガタイのいい、姉おもいの弟



横溝 鈴(よこみぞ りん)



文芸部の二年

とにかく部長の黒磯が好き

黒磯の第二ボタンを半年前から予約したらしい



横溝 音(よこみぞ らん)



文芸部の一年

超・長身のポニテ

BL小説をこよなく愛する



末松 明輝(すえまつ あき)



恋愛を有利にすすめる知識のエキスパート

才色兼備で計算高い

ただし〈女性に嫌われる女性〉ではない

彼女をラスボス的存在……にしたかった



美女木(と、そのカノジョ)



卒業後、あまりにも不釣り合いなカップルとして

SNSでバズったのをきっかけに、オンラインで恋愛講座のようなものをはじめた

受講した生徒の意見を聞いたところ、初回から教え方がとても上手で、本人も

「まえに誰かに教えたことがあるような気が……」と、不思議がっていたとのこと






あらすじ



どこにでもいる男子高校生が、ひょんなことから卒業できなくなってしまった。

無事に卒業する条件はひとつ、告白を成功させること。

それができないかぎり、なんどでも〈高校三年生〉がループしてしまう。


白川 浩(しらかわ ひろし)は身をもってそのことを理解したが、

もちろん彼女なんていないし、告白など人生で一度もしたことがなかった。


唯一、成功の可能性がある、幼なじみの片岡 想愛(かたおか そあ)に、

勇気をふりしぼって告白し、みごとに成功して卒業した。

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告白に成功するまで卒業できません 嵯峨野広秋 @sagano_hiroaki

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