第40話 蛍雪の功
とまっている。
こんなことが、あるのか?
(ソア)
あいつの体も、ぴたっと貼りつけたように止まっていた。
口は、少しアヒル
今にも、目をあけそうだが――
「うわっ!!」
こけた。
地面の水たまりで体がぬれ……ない。水
ごぉ、とすごい速度で左右の景色が流れはじめた。
スピードが出る乗り物の操縦席からの映像のようだ。
同じだ、同じ。
う……視界がゆがんで見える。色もぐちゃぐちゃに変化していて、気持ちわるい。
くそっ。はやくおわれ。
(あの木は、桜だ)
と思ったと同時に、まわりの流れがストップした。
見なれた風景。学校の校門前。
「卒業式か……」
どうしてこんなことになった?
どうしてソアの告白で飛んだ?
答えは一つ。
あの告白に〈心がこもっていた〉からだ。
まぎれもなく、ソアはおれを……じゃあ、なんで一回目の告白のときにおれはフられたんだ?
空は、ほんのり赤い。夕方のようだ。
校舎のほうを眺める。
さすがに――こんな時間じゃ、もう誰もいないだろう。
仕方ない。
くるっ、と体を反転させた。
あの校門を出れば、またイチからやりなおしになる。おれは、高三の四月へ移動するだろう。
次は、どうしたらいい?
フられたらそこで終わる。
フられて上等で、告白しつづけるか?
しかし、四月にコクって失敗するならまだいいが、九月とかにコクって失敗したらダメージが大きい。それなら、卒業式がある三月に告白……は、最初の最初にやったじゃないか。
ダメだ。
成功するイメージがわかない。
やっぱりソアじゃなく、べつの女子に……っていっても、候補はもはや一人しかいない。
一歩一歩、校門へ近づく。
あと一歩で、外へ――
(つめてっ)
鼻の先に何かあたった。
雪?
白いつぶがパラパラと空中に舞っている。
今は三月の上旬のはずだから、とくに不自然ではない。
でも空はくもってなくて、太陽は西のひくいところに出ている。
天気雨っていうのは聞くけど、天気雪なんかあるのか?
パパッ、と連続で雪が両目に入った。
そのとき、頭の中に腕を組んだ彼女の姿が見えた。
(まだ行かないで、って言われた気がしたな)
とはいえ、とっくに卒業式は終わっているだろうし、たぶん中に生徒は残っていないのに。
いや……何か手がかりがある可能性はあるか。
まわれ右で、学校に入ってみる。
建物に入ったらすぐ先生に声をかけられた。ちょうど、うちのクラスの担任だ。
「どうした白川? わすれものか?」
「いえ……ちょっと……」ムダだとは思いつつ「
「あー」なぜか、先生は上を見上げた。「もう今ごろは……」
「え?」
「白川。じつはな、片岡から進路のことは口止めされてたんだが――」
海外に留学。
しかも卒業式の日にその国に出発するとのこと。
おいおい、まったくそんな気配はなかったぞ。初耳だ。
ソアのやつ……。
留学って……。
気をつけて帰れよ、という言葉で送られたが、おれの足は教室に向いた。
がらんとしている。
誰の荷物もなく、どの机もからっぽ。
なんとなく自分の席に座る。って、もうここはおれの席じゃないか。卒業で、という意味じゃなくて、あれから何回も席替えしてるはずだ。
でもこの席は思い出ぶかい。
前にソアがいて、うしろには深森さん。
はは……まあ、またすぐに〈ここ〉に座ることになるんだけどな。四月にもどるから。
もう行くか、と立ち上がったら、足が机にぶつかった。
そのはずみで、机の中に入っていた何かが出て、ぱさっと床に落ちた。
一枚の紙。
白地に黒い罫線。
横書きの、これは手紙だ。
今日は卒業式。
あなたは一人で教室にもどってきて、これをみつけた……そうでしょう?
ということは、やっぱりあの瞬間からあなたはこの日に飛んだようね。
あの瞬間――片岡さんが告白した瞬間から、世界は変わった。
というより、〈あなた〉が変わった。
なんて言えばいいのか、ふつうで、平凡で、どこにでもいる男子高校生になったの。
私とも口をきかなくなった。
片岡さんとは、ときどきおしゃべりしてたようだったけどね。
とにかく、このままだと卒業できないっていう危機感はゼロ。
たぶんあれが……ループする前の、一番最初の高校三年生の白川君なんだと思う。恋愛のレの字も知らない、ただの男の子。告白されて、卒業式まで飛んだあとのあなたは、ずっとそんな感じだった。
けれど私はおぼえている。
あなたが〈あなた〉だったことを。
告白を成功させるために一生懸命だったことを。
私は一つの仮説をたてた。
あなたは自分が思っているよりも、はるかにはやいタイミングで誤りをおかしている。
その誤りが、片岡さんにマイナスに作用しているの。とてもつよく。
もしかしたらそれは〈ループ以前〉、つまり高校三年生になる前のことかもしれない。
その場合は、もうどうしようもない。手の打ちようがない。
でも、このループ状態に〈正解〉があるのだとしたら、それはあまりにもアンフェア。
私は、そうではないと考える。
いい?
ここが正念場だっていう前に、すでに正念場はあるの。
過去の私が言ったでしょ?
そして、白川君が私の思ったとおりの人なら、もう次でループは終わる。
あなたのそばでカミナリや犬におびえたことや、もちろんアレだってなかったことになる。
やりなおしのたびに記憶以外はリセットされてる……んでしょ?
じゃあ、あなたの〈はじめて〉は私じゃないんだから、安心して。
長文で、もう手が疲れた。
世話を焼いてあげるのも、これで最後。
じゃあね、あほ。
あなたとの日々は ―― ――
その先は、消しゴムで消されている。
きれいに真っ白だ。跡形すらない。最初から何も書いていないのかもしれない。
ずーっと空白があって、右下に筆記体で、
Your friend...
Kei
とある。
おれはその手紙を胸のポケットにしまった。もっていけないのは、わかってる。
わかってるけど……。
校門まで移動した。
外にでる。
やっぱり、
「あ~っ、彼女つくりてぇなぁ~!」
始業式の朝の教室にもどった。
バスケ部の男子が、気持ちよさそうに背伸びをしながら、でかい声で言う。
「ね、ね」
くる、と前の席のあいつが上半身をひねってこっちに向いた。
「コクちゃんも、あんなふうに思ったりするの?」
「そうだな」
あいつの表情に微妙な変化がある。
おれが冷静に返事したのが、意外だったんだろう。
へえ……と、一呼吸おいて、こう続けてきた。
「じゃ、だれかコクりたい相手がいるんだ?」
「いるよ」
じぃー、っとまるで目の奥に入ろうとするかのように、おれをじっくり見つめる。
長い。
これまでで一番、長い。
(そうか、やっとわかったぞ。ここでソアの〈目〉が気になった理由が。ソアは――)
その相手が自分なのかどうかを、確かめていたんだ。
おれの目……いや、心をのぞきこんで。
幼なじみ同士にしかわからないことがある。
おれが頭に思い浮かべたのが〈誰か〉まではわからなくても、自分かどうかぐらいはわかる。
わかっていたんだ。
今までも、きっと、今も。
そ、とそっけなく言うと、あいつは背中を向けた。
おれは、追いかけるように後ろから肩をつかんだ。
「待てよ、ソア」
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