第31話 鶴の一声
朝から教室がどよめいた。
「
片手を腰にあて、胸をはってそう言ったのは
ソアの横に立っている。
ちらっ、とおれのほうを見た。
(心配しないで)
黒いレンズのメガネに邪魔されてはいるが、彼女の目からはそんな空気。
おいおい……朝から何をするつもりなんだ?
しかも……この〈四月〉じゃあ、二人はおたがいに疎遠なクラスメイトのはずだぞ。
「あ。え。あ」
めずらしい。
あのソアがドギマギしている。
左を向き右を向き、そして深森さんのほうへ向き鼻の先に人差し指をつけて、
「わたし?」
と、念を押す。
「時間はとらせない。すぐすむから」
座ったままのソアに、斜め上から黒メガネの目線。
プ、プレッシャーがすごいな。
ソアの半開きの口がきゅっととじた。たぶん「ここじゃダメなのかな?」という質問というか抵抗をあきらめたんだと思う。
がたっ、と立ち上がった。
「オッケー。いいよ」
ここだ。このタイミングで、クラス全員がどよめいた。
ちらっ、とこいつも同じようにおれのほうを見る。
(どーいうこと?)
さがった眉毛と、少しとがらせた口元。つき合いの長いおれじゃなくても、気持ちのバレバレな表情。
教室から出ていった二人。
憶測が憶測を呼んでいる。
(おとなしい深森さんが……)
(片っち、彼女になにかしたの?)
(まさか女の子同士でラブ?)
(いや、あれ呼び出しじゃね? ケンカしてんじゃねーの?)
なぞだ。
おそらく、おれに関係する話とは思うが……。
五分くらいして、二人はもどってきた。深森さんはポーカーフェイス。ソアはどこか照れたような顔つき。
気になる。
どんなことをしゃべったんだよ。
「言えない」
きっぱり。
せっかく放課後まで待ったのに、深森さんは教えてくれない。
「あれは……女子の話し合いだったんだから。ひみつ。白川君が気にすることじゃないの。ただ、私の目で確認しておきたかっただけ」
「確認?」
そこをぜひ知りたい! という意味で言葉をくり返したんだけど、イマイチ伝わってない。
いや……これはきっとあえてのスルー。
これ以上、追及はやめるべきだ。
深森さんは、おれのたった一人のたよれる味方。信じよう。それにしても、みごとな行動力といえる。いきなりソアを教室の外へ引っぱり出して問いつめるっていう――まあ、多少、強引な気もするけど。
「ところで白川君」
あっ。
予感がするぞ。
彼女がこんな雰囲気をまとったときは、必ずインパクトのあることが口から出てくる。
「この一年、棒にふってみない?」
思わず後頭部を手でさわって確認した。
今――誰も、鈍器でおれをなぐってないよな?
さすが深森さんだ。
思わぬタイミングで、ガツンとくる。
「ちょ、ちょっと待って」
「いいえ、棒にふりなさい」
提案から命令形に変わった。
冗談だろ。
「それは……どういう」
「問題解決のため。白川君の立場でいうと『卒業する』ためよ」
「わかるけどさ、一年っていうのは……」
「誰にも告白しなくても、またループするんでしょ?」
そうだ。
最初の一年目が、まさにそうだった。
「いい? この一年で徹底的に〈調査〉するの。片岡さんが、あなたの告白をことわった理由を」
「あれ……? 言ったっけ? おれがソアに告白して、うまくいかなかったって話」
「聞いてないけど、だいたい想像はつく。たぶんあなた、一番はじめに彼女に告白したんじゃない?」
名探偵かよ。
花丸つきの二重丸の大正解。
「それが失敗した――と、いうことは、かならず原因があるということ」
原因ったって……
「わたし、好きな人がいるから」
そうだ。思い出した。たしかにあいつはそう言った。
幼なじみのソアの〈好きな人〉。もちろん〈おれ〉ではない〈誰か〉。
うーん、思い当たらん。
同級生にいるのなら、感情をかくすのがヘタだから気づける自信がある。現状、それっぽいヤツはいない。
あと、部活は文芸部と将棋部のかけもちだったな。
文芸部は
いや!
――「今日もかっこいいね」
――「ありがとう。ソアちゃんもかわいいよ」
おれは、もしかしたら大事な点を見落としていたのかもしれない。
おれの親友の黒磯は、女子人気の高いかなりのイケメン。
あいつが好きになっても、ちっとも不自然ではない。
「もしか」
「あ。黒磯君じゃないから」
はやっ。
「もしかしたら」さえ言い切るヒマもなかった。
「確認ずみ。まず、最初にその質問をしたのよ。答えはノーだった」
「そうなんだ」
「安心した?」
からかうような口調。
にやり、という口のライン。
曲のイントロが流れ出す。
ここはカラオケボックス。
放課後、早歩きの深森さんについていったら、ここにたどりついたんだ。そのまま入った個室で密談というかなんというか、おしゃべりしてたわけで。
細い手でマイクをにぎる。
おれは、なんとなくタンバリンをにぎっていた。
「そうそう、これも言った」
イントロ中、まあまあの音量の声がスピーカーから出る。いや、いったんマイクを口からはなせよ。
「片岡さんに言ってあげた。『白川君があなたを好きみたい』って」
「え?」
スローなイントロだ。まだAメロに入らない。
彼女、歌うときは立つタイプの人なんだな。そしてベリーショートの黒髪にサングラスっぽいメガネ。されど服装は高校の女子の制服って、見た目に個性がありすぎる。
いや、それよりも……
「ウィンザー効果っていうんでしょ? 第三者から伝えられる情報のほうが影響力が大きい――よね?」
パチーン! と頭の中の誰かが指をならした。そのとおりだぜっ、となんだかうれしそうだ。ん? このクセとこの顔は……と思っていたら、歌に入ってしまった。
うまい。
すきとおるような歌声じゃないか。
歌詞は、
どんなことがあっても あなたをいつまでも待つわ
みたいな内容だった。がっつり失恋ソング。おい、なんか不吉だな。
大きな画面には、泣いている女の人が映し出されている。
どうしてこの曲をチョイスしたんだよ。
ふかい意味なんてない……よな?
◆
てっきり忘れていた。
この世界、味方は一人じゃない。
いたじゃないか、恋愛レベル
「よぉ」
おれに気づいて片手をあげる。
駅の構内。通学の時間帯だから、まわりには同じ学校の生徒が山ほどいる。
「白川じゃん。中学の卒業パーティー以来だな」
「ああ」
「でもなんか……不思議と……はっ、あんま久しぶりの気がしねーよ。ほら、シャコージレーとかそういうんじゃなくてさ」
わかるよ。
わかりすぎるほどわかる。
ループのたびに、おまえには助けてもらってきたからな。
「――なんだよ。おれの顔、じっと見て」
「絶交はしてないよな?」
「あん?」
いかんいかん。つい口がすべった。
そうじゃなくて。
おれは、こいつに用があって、駅でずっと待ってたんだ。
まわりのガヤガヤにかき消されそうになりながらも、
「ある女子に告白したい。どうしたらいいか、助けてくれないか」
と伝えた。
ここからが予想外。
がばっ、と抱きついてきやがった。
なんのつもりだよ、
「よし! よくぞ言ったっ!」
こいつって、こんなに熱い男だったか?
ま、まあ……とにかく体をはなせって。
抱きつくのはやめても、まだ、おれの両手を両手でがっしりとにぎっている。近くの人の視線を感じて恥ずかしい。
「ここ数日、ずーっとなんかモヤモヤしてたんだ。なんつーか、やるべきことをやってねーっつうか……。今、はっきりしたぜ。目標が見えた」
「美女木」
「おれにまかせろ。わるいようにはしないから」
どん、という音が聞こえそうなほど、迫力たっぷりに人差し指をおれに向ける。
「この一年、絶対に棒にはふらせねーよ!」
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