第29話 起死回生

 人生には、いろいろなことがある。

 不幸とか不運とか……そういうのに思わぬタイミングでぶつかったりする。

 たぶん、ふつうの高校生だったら、あいつのこともあきらめていただろう。

 あきらめるっていうのは、いなくなってもいいってことじゃなくて――これは運命だったと思って受け入れる。そんな感じだ。


(ちょっと! まだ、いなくなってないでしょ!)


 頭の中で、ソアにおこられた。

 いかんいかん。

 しっかりしなきゃな。

 大きく深呼吸をした。


「白川さん?」

「ランちゃん……ちょっと、いい?」


 返事もきかず歩き出した。

 でもどこへ行くっていうアテはない。

 朝、黒磯くろいそに確認したところ、あのあとランちゃんたちにはソアが交通事故にあったとは言ったが、深刻な状況だということは伝えていないらしい。ショックを受けないように、だろうな……。

 夕方。

 だいだい色の光が正面から射して、まぶしい。

 うしろをふりかえる。

 彼女と、目が合った。


(この気持ちは、まじだ)


 不安になるな、おれ。

 初対面のとき黒磯は「もしかして一目ぼれか?」と質問したが、それは当たっていたんだ。

 ほんとに、一目ぼれだった。

 彼女が、おれがはじめて好きになった女子に似ていたから。

 小学校の高学年あたり。

 女子のほうが男子よりも身長が高くなる、みたいな、ほんのわずかな時間のこと。

 下から見上げるたびに、ドキドキした。きれいだったから。かわいかったから。

 あの子は一番背が高かった。

 逆におれは低いほうだった。

 だからあきらめた……というか、そもそも、そういう気持ちすら持ってないって思いこむようにしたんだ。


(ランちゃんが好きだ!)


 大丈夫。

 信じろ自分を。


 自然に足が向いたのは、あの公園だった。

 ソアが一人で泣いていた公園。

 ひとつだけ大きな木が立っている。その下まで移動した。


 おれは――


 おれはこれから、とても非常識なことをやろうとしている。

 失敗するための告白なんて聞いたことがない。

 そりゃ美女木びじょぎだって愛想をつかすよ。


「ソアがこんなときに、なんだけど……」

「はい」

「まず、うそをついていたのを謝る。おれ、あいつとつき合ってないんだ。全部演技なんだ。ランちゃんの気をひくために、おれがどうしてもってソアにたのみこんでそうしたんだ。ほんとにごめん」

「そうだったんですか」

 軽蔑されるかと思ったが、あまりそんな気配はない。

 いや――いいんだよ、キラわれても。

「はじめて見たとき、キミが気になった。そこからどんどん、好きになったんだ」

「白川さん」

 すう、と空気をすいこんだ。

 そして、すった空気のかたまりを彼女へ飛ばすように


「好きだ!」 


 さけぶ。

 誰か知らないが、おれをループする高校生活なんてとんでもないことに巻き込んだヤツ、聞いてるか?

 聞けっ。


「好きなんだ!」


 夕焼けの風景。どこかでこどもが遊んでいる遠い声。やさしく吹く風。

 黄昏たそがれ効果だ。

 判断力が落ちて、感情に流されやすくなるという――。

 しまった。

 告白は、この時間じゃないほうが、よかったのか?

 でもおれは、一日でも早くソアを……。

 どっちにしろ、もうあとにはひけない。


 返事を待つ。

 意外にはやかった。


「ごめんなさい」


 ランちゃんの、高いところにある小さな頭が申し訳なさそうにゆっくり下がる。


「ほんとに、ごめんなさい」


 きっちりとした性格の彼女らしく、ちゃんと理由も添えてくれた。


 ――自分より身長が低い人はどうしても恋愛対象に見れない


 そうはっきり言ってくれた。

 これなら、もう一ミリの未練も残らない。

 魔法でもない限り、おれが今から彼女以上に背が伸びるなんてことはありえないからな。


「ごめんなさい。白川さん……そんなに泣かれたら、私まで悲しくなっちゃいます」


 え? ああ……ほんとだ。


 ランちゃんの目から も 涙がこぼれている。


 たぶん、こぼれてるんだと思う。


 自分と同じように。


 はは……、彼女の顔がにじんできて、ぼやっとしてて、よく見えないよ……


 ぬぐった手がびっしょり濡れた。鼻水まで出てきた。

 おれ、泣いてる。

 これは、うれし涙だ。


 ありがとう。ほんとにありがとう。

 ことわってくれて、ありがとう。


 ありがとう……


 ソア……おまえを、助けることが、できたぞ。


 おれは三月の卒業式に飛んで、無事、四月の始業式にもどった。


 五回目の高校三年の最初の登校日。


 朝の教室。


「あ~っ、彼女つくりてぇなぁ~!」


 バスケ部の男子が、気持ちよさそうに背伸びをしながら、でかい声で言った。


「ね、ね」

 くるっ、と前の席のあいつが上半身をひねってこっちに向く。

 声も動きも元気そのもの。

 つき合いの長い、たった一人の幼なじみ。

 はは……


「コクちゃんも、あんなふうに思ったりするの?」


 まったくリアクションのないおれに当てつけるように、語尾の一音だけもう一回言う。


「の?」


 ぐーっと目をのぞきこんでくるなって。

 そんなの、考えられないよ。

 すくなくとも、今だけはな。


「あれ? コクちゃん、泣いてる? 目が赤いね」

「花粉症」おれは即答したが、すぐ否定した。「いや……ちょっとうれしいことがあってな」

「え~、うれしくて泣いたの?」

 そうだよ。

 おまえ・・・は知らないだろうけど。

「気にするな。男には、ときどきこういうことがあるんだ」

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