第28話 嵐の前の静けさ
スマホの画面が割れた。キズがつかないよう、けっこう大事に使ってたのに。
親友の
「あーあ、やっちゃったなぁシラケン。派手な音がしたから何かと思ったら……スマホ、壊れてないか?」
「いや」
「え?」
「ソアが事故った、って」
おいおい、と顔つきが変わる。
異変を察してか、ランちゃんたちも近づいてきた。
「どうかしたんですか?」
二人のうちのどっちかが、心配そうにたずねた。
「えっと……」と、おれが説明しようとすると、
「いけっ!」
黒磯のするどい声。
「病院は聞いたんだろ? じゃあ、はやくいけ!」
「黒磯……」
「彼女たちにはおれから伝えとく。さあ!」
背中をぐっと押された。
体が前に出て、そのいきおいのまま車道まで走る。
タクシーで病院へ。
待合室に、ソアのお父さんがいた。
「ふだん自転車なんかに乗らない子なんだが、今日にかぎって……。それに、ずいぶん急いでいたみたいで、赤信号に変わろうとしているのを無理して渡ったらしいんだ。それが」
いけなかったんだ、と肩を落とした。
「あの……」
言い出しにくいが、言わないわけにはいかない。
これは、おれのせいだ。
おれが、あいつを映画館に呼び出したから――
「浩君」
すっと椅子から立ち上がった。
この人になぐられるかもしれない、そう思った。
「娘を遊びに誘ってくれて、ありがとう」
ありがとう?
お父さんは、小さく頭をさげた。
「よっぽどうれしかったんだろうな。それがよくわかるんだ。だからお礼を言いたい。まちがえてもソアの事故は、浩君のせいじゃないからな」
気をつかわれてしまった。
おれがここにいても、負担をかけてしまうだけかもしれない。
じつは、会話はできるレベル――腕や足をちょっと負傷しただけ――じゃないか、という淡い期待もしたが面会は謝絶。
くわしい容態はわからないし、しつこく質問するわけにもいかない。
帰ったほうがよさそうだ。
スマホから音が出てくるのがこわいから、その日は黒磯にも連絡しなかった。
この状況で、もしソアの父親から電話がかかってきたら、その意味は……。
寝れない。
そのうちに、朝になった。
月曜の学校。
いつもの時間のいつもの電車に乗る。
窓の外も、いつもどおりだ。
もう告白どころじゃないぞ……。
告白どころじゃ……
「あーなーたはぁ……告白に成功するまで卒業できませーん!!」
頭に大声がひびく。どんな顔だったかも忘れた、コンビニで遭遇したなぞの女の人の声だ。
うるさい、わかってるよ。
そのせいでおれは……おれは……ん? 待てよ。
逆に、このルールを利用しよう。
あいつが事故にあった〈
(……)
一瞬、まぼろしかもしれないが、病室で苦しむソアの姿が見えた。
時間の猶予はない。そのやりかたに賭けるしかない。
問題は、
(これまでにランちゃんにやってきたことが、うまくいっていた可能性だ)
――「おはようございます」
――「お昼、いっしょに食べませんか?」
――「魅力的だと思います」
大丈夫だとは思うが、万が一にも、今回だけは成功しちゃいけない。
わかりました、なんて言われたら終わりだ。
本来、大成功なのに。
……大ばかだな、おれは。
「ばかか」
と、
昼休み、廊下を歩いていたあいつに話しかけた。
「告白が失敗する方法を教えてくれ!」
「あん?」
そのあとのセリフがそれ。
美女木は、あからさまに失望したような目をおれに向けた。
「白川よぉ……もしかして、ずっとからかってたんじゃないだろうな?」
「いや、その」
「ヤメだヤメ! もうおまえとのつき合いもこれまで。絶交だよ。ったく……時間と手間をかけさせやがって……」
舌打ちを残して、あいつは行ってしまった。
そして放課後。
「白川君……いったいどういうことか、説明して」
「
「いいから、まず手をはなして」
すぐに教室を出て行った彼女を追いかけて、正面玄関のあたりでつかまえた。
強引に〈手で〉つかまえた。
どうしても話がしたかったからだ。
「ソアが交通事故にあった。重体だ」
え、と細い声。
担任は事情を知っているはずだが、そのことをみんなには伝えなかった。忘れていたとは思えない。とりあえず今日のところは伝えないことにしたんだろう。
テレビのニュースでもやらなかった。
あんなに大きな……おれにとっては、大きな交通事故なのに。
だから、クラスでそのことを知ってるのはおれと黒磯だけ。
「心配ね」
深森さんは、頭の回転がはやすぎる。
「私に告白するのね?」
おれが何を望んでいるか、すっかり見えているみたいだ。
「どうぞ。告白してよ」
まわりを歩く生徒は多い。下校どきだから当たり前だ。
かまわない。
かまっている余裕は、ないんだ。
「好きだ。深森さん。おれと、つき合ってくれ」
おれの考えが正しければ、たぶん、うまくいかない。
それは告白が失敗するって意味じゃなくて。
確認する必要がある。
そのための告白だ。
「――深森さん?」
「あ、ああ。ごめん。ちょっと考え事してた」
ささっ、と黒いメガネの横の部分をさわる。なんだか、あわてているようだ。
?
しっかりしてくれよ。
「おれと、つき合ってくれ!」
「いやです。お、おことわりします」
緊張しているのか、彼女の声はすこしふるえていた。
でもこれでOK。
条件はすべてととのった――が、
(ダメか)
高三の卒業式の日まで飛ばない。
やはりな……あのときも何も起きなかったから。
――「おれと、つき合ってください」
――「あう~……い、いやですぅ~」
とっさの冗談だったとはいえ、あれも立派な告白だった。
文芸部の部室でやった、二年のリンちゃんへの告白。
思い返してヒヤリとしたんだ。また最初からやりなおしになったかも、だからな。
「白川君?」
「大丈夫」
じゃない。
おれの手のひらは汗でびっしょり。
考えられる理由は二つ。
一つは、告白が真剣じゃなかったから。おれの気持ちが入ってないから、ノーカウントだったというものだ。どうやって〈気持ち〉なんかを確かめてるのかっていう、疑問は残るけどな……。
もう一つは――
「よくわからないけど、私は邪魔ね。あとは、うまくやりなさい」
そう言って、深森さんがはなれてゆく。
突然まわりが静かになった。音がなくなった。
うつむいていたおれの視界が、うす暗くなる。
体の大きな誰かが、正面に立ったようだ。
顔をあげる。そこには、
「白川さん……」
ランちゃんがいた。
――ループする高校生活が、今回のこれで最後だということ。
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