第21話 毒を食らわば皿まで
途中で終わったものって、気になってしょうがない。
映画やマンガだったら続きを見る方法もあるだろうけど、人の話だとそれは無理。
ほんと、
「あれ? コクちゃん、まだ帰らないの?」
授業が終わって帰り支度バッチリのソアが声をかける。
「ああ」返事しながら、おれは背後の動向に注意していた。「ちょっとな」
そ、とわずかに唇をつきだしたアヒル
スマホを出す。
恋愛に関するいろいろを、
えっと……こういうの、なんていうんだ? たしかどこかに書いてたぞ。
未完成のストーリーが心に残ってしまう現象は……
「ツァイガルニク効果」
きれいなナレーションで、画面に表示されているテキストが読み上げられた。
この声。
うしろの席の
「受験には絶対に出てこないと思うけど、いったいなんの勉強なの?」
「必要なんだよ」おれは答える。「卒業できないから」
「やっぱり、なんかなれなれしい……。白川君って、親しくない女子にもそんな言葉づかいするヒトじゃなかったはずだけど」
しまった。
つい、またしてもフランクに対応してしまう。
「二年のときから同じクラスだけど、私たち、お互いに名前を知っているだけの関係でしょ?」
「そうです……」
今さら敬語にしなくていいよ、と深森さんがいらだったように言った。
「教えて。何があったの。気になってるのは私も同じ。レクリエーションのときに話を途中で切り上げたのは、あなたの反応を確認したかったから。もし、あなたが『は?』みたいな態度をとってたら、あの変なまぼろしを見たことは忘れようと思ってた。でもちがった。確信したよ。やっぱり、あなたは何か――私の知らないことを知ってる」
ざわ、と教室がどよめいた。
おとなしい女子で知られる深森さんが、
注目されるのも当たり前だ。
「……」
移動しましょう、と彼女の目が言った気がした。
黒いレンズの表面には、反射した小さいおれの姿が映っている。
いくか。
とにかく、はっきりさせないとな。
教室を出るとすぐに、彼女が口をひらいた。
「耳はいいほう?」
次に何を言うのか手にとるようにわかる。以前、こんなやりとりをしたことがあるからだ。
「一メートルうしろをついていけばいいんだろ?」
「おどろき……」メガネの
「それを――」
おれも知りたいんだよ。
学校を出る。
駅に向かっているようなそうでないような、とにかく静かな道を選んで進んでいるようだ。まあ、そのほうが会話しやすくて助かる。
「えーと、告白を成功させないと卒業できないんだっけ?」肩ごしにふりかえる。べつに人目はないんだから横にならんで話をしてもよさそうだけど。「それで告白に失敗したら、また〈高校三年生〉をやりなおす……」
「そうだよ」
「今、何回目?」
「四回目」
「ふつうに返答してるけど、そもそも人生がループっていうのがありえないし……まあそこはとりあえず保留して、私があなたに抱きついたっていうのは、事実なの?」
「事実だよ。三回目でそうなった。一回目も二回目も、おれは深森さんとは完全にソエンだったんだ」
「抱きついた以上のことは、してないでしょうね?」
「え?」
聞き返さないでよ、と小声で言う。そして前を向いてしまった。
抱きつく以上のことって……
キスとか、か?
やばい。
ドキドキしてきてしまった。そんなこと、してもないのに。
「おれは……」
してない、とあわてて否定するのも、なんか女心を傷つける気がするな。
あいまいにしてもいいんじゃないか?
これもある意味、ツァイガルニク効果だよ。
「気持ちわるい」
ぶんぶん、と彼女が頭を左右にふった。二本の〈おさげ〉がゆれる。
突然ふりかえって、
「もうやめて」
つかつかと歩み寄り、おれの胸倉をつかむ。
「私の知らない私が、あまり仲の良くない男子とそんなことしてると思ったらゾッとする」
「そんなこと……って?」
言わせないでよ、と怒った口調。
「決めた。もう白川君を、ループさせないから」
なんて心強い発言。
ウェルカムだよ。ぜひそうしてくれ。
ま、まずはこの首元をつかんでる手をはなしてくれると、助かるかな……。息が苦しい。
ワン! と下から犬の鳴き声。
「あっ」
おれと深森さんが同時に声をあげた。
見おぼえのある、黒いモフモフ。小型犬だ。そういえば今日だったか。彼女の二つ目の苦手なものが発覚した日は。
「また明日よっ!」
捨て
動物の習性なのか、小犬はおれなんかそっちのけで、スカートをひらめかせて走る彼女のほうを追いかける。
まさかあの犬も、彼女に会えたのがこれで二回目だとは思っていないだろう。
◆
いきなり、
「お昼、いっしょに食べませんか?」
と、さそわれてしまった。
今朝、ランちゃんに朝の挨拶をしたときのことだ。
(こんなこと、さらっと言えるんだな)
素直に感心してしまう。こういうところは、卒業するためにも見習わないといけない。
やったぞ。
昼休みまでの授業が一切記憶に残らないほど、おれは有頂天になった。
「混んでますね」
落ちついた声の下級生。椅子に座っても身長の高さがバレバレで、周囲の視線を集めつづけている。
「かわいくね?」
と、どこかの男子がつぶやいた。もちろん、これがランちゃんに向けられたものじゃない可能性もある。
しかし、
(かわいくね?)
おれもそう思ったよ。
無敵の髪型といえるポニテに、キリっとした二重の目。ピンと伸びた背筋。
「食べましょうか」
うながされて食事に入る。
なんとなく映画の話になった。
最近観たもので、
「――って知ってる?」
と聞くと、さあ、というリアクションだった。
仕方ないのでマイベストの映画をあげると、
「すっごいおもしろいですよね!」
好感触。いい反応だ。
次にマンガの話になる。
最近読んだもので、
「――ってあるけど」
と言っても、うーん、という表情。
これも同じく遠峰さんの件でチェックしたやつだ。
仕方ないので今最新刊を欠かさずフォローしているマンガをあげると、
「それ好きなんです!」
めっちゃ受けがいい。こっちまでうれしくなるような、はずんだ声。
演技かとも思ったが、ちゃんと内容を把握しているようだ。こっそりキャラ名のクイズを出したりしたけど、みごとに正解。
これは……
(価値観が合うのか?)
そうだよ。きっとそうだ。
恋愛をすすめるための〈類似性〉が、すでにクリアできてるじゃないか。
おれの直感は正しかった。
高三のおれが高一のランちゃんを狙うというアプローチは、まるでお膳立てされてるかのように順調。
これだったら必要ないんじゃないか?
「ごちそうさま」彼女が両手を合わせて言う。上品な所作だ。たぶん育ちがいいんだろうな。「おいしかったですね」
「そうだね」
食事が終わった。
おい。
自然な流れでこうなったぞ。
つき合ってるカップルみたいに。
深森さんが心配するまでもなく、おれのループする高校生活は、今回で最後なんじゃないか?
ふふ、と正面で微笑するランちゃん。
(ん?)
彼女の背後に、こっちに近寄る影。
あれは見なれた女子、幼なじみのソア。
「だ~めでしょ、ダーリン」
(ダーリン?)
「わたしっていうカノジョがいるんだからぁ、ほかの女の子と二人っきりになっちゃ……ダ~メっ!!」
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