第20話 青天の霹靂
「てごわい、だと?」
器用に片方の眉毛だけくいっとあげる
放課後。
おれたちは食堂にいた。窓際の二人がけのテーブル席。
「おもろいじゃん」
「え?」
「そのほうが攻略のしがいがあるってもんよ」と、紙パックのカフェオレのストローを吸う。「で?」ジュースを口にふくんだまま、鼻をならすようにして発音した。ほんとに器用なヤツだ。
「いや……なんというか」おれは言葉につまった。だが正直に言うしかない。「助けてくれ。どうしても彼女に告白したいんだ」
びっ、とおれの鼻のあたりを指さす。
「ストレート。きらいじゃないぜ、おまえのそういうとこ」
「美女木」
「まあ聞けよ。っていうか、聞かせてみ。どういうふうに〈てごわい〉のよ?」
説明した。
あの子と最初に出会った日から一週間ぶんのことを。
恋愛レベルをあげるための単純接触を毎日かかさずやったが、
「効果がない?」
「ああ。そんな気がするんだ」
おはよう、と声をかけてもご近所さんに接するかのごとく、さらりと返される。
うまく言えないが、毎日それがきれいにリセットされていて、親密度が蓄積していない感じがする。
「白川~、しっかりしてくれよ~」紙パックをテーブルの上でくるくる回しながら言う。「そんなもんなんだよ、単純接触の原理って。そこに即効性を求めるのはまちがってるぞ。地道にやれ。ハートがあれば必ず伝わるから!」
熱く語りやがる。
近くをとおった女子に話をきかれたのか、こっちをみて少し笑われたぞ。
でも、たのもしい。
やっぱりこいつは、おれの恋愛の師匠だよ。
けっしてイケメンではない美女木が、りりしい目をこっちに向ける。
「白川。そろそろ教えろ」
「え?」
「そんなに必死になって、いったいどこの女の子を追いかけてんのよ?」
もうかくす必要はないな。
「よ、こ、み、ぞ」と一文字一文字たしかめるようにつぶやく。「らん? んー……外見の特徴とかあるか?」
あるよ。とびっきり個性的なやつが。
パチーン、と指が鳴った。食堂全体にひびいた。おい、遠くの洗い場にいる人までこっちを見たぞ。
「知ってるよ! ああ、あの子な! 言ってたよ、うちのクラスの野郎が――『世界でもっとも高いところにあるポニーテールだ』って」
「彼女に……」
ばっ、と手のひらを向ける。
「みなまで言うな、だぜ白川。ほかでもないおまえのためだ、彼氏持ちかどうかとか、いろいろ調べといてやるよ」
「助かるよ」
「なーに」とんとん、とカフェオレの紙パックをたたく。「こいつをおごってもらったぶん、お返ししてやるだけさ」
「たぶん男の友だちが多いと思うんだ」
「へえ」
おととい、廊下を歩く彼女を見たとき、三人ぐらいの男子と楽しそうにおしゃべりしていた。
昨日は、登校のときに男女混合の大きなグループの中にいて、となりを歩く男子と話がはずんでいた。
コミュニケーション能力がどうも高いようで、おれが入れるスキマなんかなさそうなんだよな。
あきらめる、という選択肢も――
「あきらめんな」
おれの顔色を読み取ったのか、美女木がそんなことを言う。
「ホれたんだろ? じゃあ、あとはやるだけやってみろ」
ホれた、わけじゃないけどな。
告白できそうな予感があっただけだ。
このへんは、なんども高校生活がループしているおれだけにわかるカンみたいなものか……。
「天性か経験か、男のあつかいがヤケにうまい女子ってのはいる。きっと、その子もその一人だろう。なるほどな……確かに、そういうオンナには恋愛心理学のマニュアルに
ランちゃんの姿が目に浮かぶ。
気になってるのは、
――「あの人こそパートナーにふさわしいです」
という、あのときの一言。
話の流れ上、どう考えても〈あの人〉って〈おれ〉のことだと思うんだが。
「一目ぼれでもされてるんならな~。まー、白川みたいなヤツに一目ぼれなんていうのは、かなりのレアケースだとは思うがよぉ」
はっきり言ってくれる。
でもそのとおりだよ。だからこんなに苦労してるんだ。
美女木が急に顔を寄せてきた。
そして、
「ひとつだけ、禁断の方法があるぜ。最速最短でオトコの魅力を爆上げする方法がよ」
と悪魔のささやき。
もちろんおれは飛びついた。
「おしえてくれ」
おれのほうからも体を近づけたので、あやまってキスしそうなほどの距離になった。
美女木は一ミリも動かず、
「彼女をつくるのさ」
と言った。
言っている意味が一瞬わからなかった。
お金を手に入れるために、お金を手に入れろ、みたいに理解して頭がボーっとなる。
「ちょ、ちょっ」おれは体をひいて、とりあえずキスの間合いから脱出した。「どういうことだ?」
「ウソでもいい。でもできれば、リアリティを出すために実名を出せ。むずかしく考えんな。SNSでも調べて、会ったことのない他校の女子でいい。どうせ確認なんかしねーから」
「どうしてそんなウソをつく必要があるんだよ」
「魅力が増すからさ。恋人がいる異性はプラスの補正がかかって見える。なんとなく直感的にわかるだろ? 最初の一人目が一番むずかしくて、二人目三人目を見つけるのなんかそれにくらべたら楽勝よ。モテ期ってそういうことさ。くわえて、好きになっちゃいけない人を逆に好きになってしまう――ロミオとジュリエット効果みたいなものもあるしな」
なるほど。説得力がある。
だがハードルが高い。しれっとウソがつける図太さと、ウソをつきとおせる演技力の両方が必要だ。
おれに、そんなことができるのか?
「まー、プランのひとつとして、そういうのも考えとけってこと。じゃあな」
手をふって美女木が去った。
ウソのカノジョか……。
候補として、
(わたし?)
と自分の鼻の先を指でおさえる、幼なじみのソアの姿がまず思い浮かんだ。
◆
いい天気だ。空には雲ひとつない。
午後の授業。
みんな体操服を着て、運動場にいる。
体育じゃなく、クラスのレクリエーションだ。
「いって」
声が出た。
種目はドッジボール。
ヒットしてしまったので、おれは内野から外野に出る。
チームは男女のミックス。
ふと、
「ねえ」
と、声がかけられた。
外野のはしっこに立つおれのそばにいる、内野の敵チームの一人。
目を保護するサングラス(みたいなメガネ)をいつもかけているから見学するのかと思ったら、意外にも彼女はアクティブだった。非常に攻撃的なドッジで、じつはさっきおれは彼女の投げたボールに命中したんだ。
「そのまま聞いて」
おっしゃるとおり、おれは返事もせずそのままで待機する。
「何日か前、夕方にカミナリが鳴ったでしょ?」
「ああ。なんか大雨の日があったね」わっ。しまった、忘れてた。おれは〈この世界〉の彼女とは、それほど親しくないんだった。いや親しくないどころか、嫌悪感さえ持たれている。「えっと、そうですね。ありましたね。あったと思います」
ぎろ、とにらまれた気がした。
黒いレンズを向けてくるので、おそろしくドスがきいている。
はは……と愛想笑い。
「そのとき帰宅中だったんだけど、空が光って目をつぶったら……ヘンなものが見えたの」
風で、深森さんの髪がゆれている。編み込んだ長い髪。もちろん、〈あの世界〉のようにショートカットにはしていない。
「教室で、白川君に抱きついてる女の子がいて」
おれと同じチームの誰かにボールが当たって、ポーンと空たかく上がった。先生が笛をならす。ゲームセットのようだ。
「よく見たら、それは私だったの」
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