第22話 渡りに舟

 食堂の外のテラス。開放的でひろびろとしていて、上は蔓草つるくさの天井が日光をさえぎっている。


「ねっ」


 両手をうしろで結び、顔の角度を斜めにしてそう言ったソア。つきあいの長い幼なじみ。 

 はは……と愛想笑いのおれ。

 頭の回転はマックス。よくある、白鳥のアレだ。水面の上は優雅でも水面の下は必死のバタアシっていう。

 なるべく平静をよそおいつつ、


(どういうことだ? ランちゃんといっしょにいるところを邪魔するだけならまだしも、おれを『ダーリン』呼ばわりして堂々たるカノジョ宣言……カノジョでもないのに。こいつ)


 と、ソアの顔をうかがった。にっこにこ、という明るい表情。


(ただのイタズラか?)


 以心伝心。

 目を細める微妙な動きで、ソアにメッセージを送ってみる。


(イ、タ、ズ、ラかっ⁉)


 ぬぬぬ、と念を飛ばすが、まるで手ごたえナシ。

 どうする?

 この、狙っている下級生といっしょにいる時間。空気をわるくしたくない。ずっとへらへらしていても状況は変わらないだろう。


 三択。


 ――いや、おまえカノジョじゃないだろ(否定)

 ――たしかにそうだよな(肯定)

 ――ちがうんだよ、たまたまおしゃべりしてただけさ(言いわけ)


 否定は賭けだな。冗談だよ~とソアがすぐに認めてくれればいいが、そうじゃないと、


(うわ……この人、カレシだと思ってくれてる女子にたいして、そんな冷たいこと言っちゃうんだ……)


 ドン引きされる。恋愛どころではなくなってしまう。

 言いわけもあぶないか。男らしくないし、モテる男というよりもチャラい男というイメージがつきかねない。

 ここで美女木びじょぎを思い出す。


 恋人がいる異性はプラスの補正がかかって見える。


 あいつはそう言っていた。

 なら、逆に利用するべきじゃないか。

 ソアをカノジョということにして、一時的に恋愛上手じょうずをよそおう。

 おれがそんなことを考えている間に、二人は会話をはじめていた。


片岡かたおか先輩」と、背筋を伸ばした良い姿勢のまま、ちょこんと頭をさげた。「こんにちはです」

 じろり、と見つめ返すだけで、挨拶を返さない。


(悪女モードかよ……)


 ふだん、気のいいヤツで礼儀もしっかりしてるから、おれにはこれが〈演技〉だということがわかる。

 じろ、じろ、じろ、とアングルを変えてランちゃんを視線でなめ回したあと、


「どう? 部活にはもうなれた~?」


 いきなり先輩風をふかす。

 片岡想愛そあは文芸部の三年で、おれの目の前に座る横溝よこみそらんは同じ部の後輩。

 おい。相手は一年生だぞ。ちょっと、あつがつよすぎねーか?

 案の定、


「は、はい。そうですね……」


 ランちゃんにもそれが伝わって、急に言葉も態度もぎこちなくなる。


「あ。次の授業、体育でした。それじゃあ……」


 すっと立ち上がると、足早に去ってしまった。

 後頭部で左右にゆれるポニーテールが視界から完全に消えるまで、おれはずっと見ていた。

 空いた席に、ソアがよいしょと腰をおろす。


「あー、緊張した!」

「おい……」

 待った、とソアが先手をとる。

「説明するから。もちろん演技だよ。わたしがコクちゃんのカノジョだなんて、そんなこと思ってないからさ。でも……あーあ、なんか後味わるいなぁ……。今度、ちゃんとあの子に謝っとかなきゃね」

「いや……」

 またしても先回り。

「なんでそんな演技したのかよ、でしょ?」

 胸に片手をあてて、ふう、と息をはきながら肩を落とす。ソアが、心を落ちつけるときによくやる仕草だ。


「たのまれたの」


 ちょっと待て。

 おれは、おまえからカノジョのふりをした理由が聞きたかったのに、雪だるま式にハテナがデカくなってないか?


「それが、コクちゃんのためだって言うから」


 あ。

 ずいぶんはなれたところにある一本の柱。そこに、体を半分かくすようにして腕を組んでいる女子。眼にはサングラス。どこかの国のなにかの組織のエージェントみたいなその姿。

 深森ふかもりけい

 依頼主は彼女か。


――「決めた。もう白川君を、ループさせないから」


 あのセリフ。まじに実行するつもりかよ?


「簡単に誰かにたのみごとをするような子じゃなかったから、よくわかんないんだけど、引き受けちゃったよ」てへ、という感じで舌を出すソア。「あんなに真剣にお願いされるとね……」

「恋人のフリをして、おれの邪魔をしろって?」

 んー、というふうに目をつむり、

「そうそう」

 視線をさげたままでつぶやく。

「今日だけでいい、って言うから」

「今日だけ?」

「よくわかんないでしょ?」

 わからん。

 そんな短い期間限定のカノジョって、なんの意味があるんだ?

 ひかえめな音量のチャイム。もう昼休みも終わりだ。


「いきましょ、ダーリン」


 そこまで演技しなくていいだろ、と思いつつ、こうやってソアに手をひっぱられるのは、あんまり悪い気はしない。


 ◆


 次の授業は数学だった。

 おれのクラスは真面目なヤツが多いので、基本的に私語はゼロ。

 だが、がまんできないんだ。

 古い方法だとは思いつつ、おれはうしろの席に〈手紙〉を送っていた。


「 どうしてソアにあんなことをさせた 」


 かりかり、というチョークとシャーペンの走る音の中、返事はすぐにきた。


「 あなたを卒業させるため 」


 お手本のようなきれいな字でそう書かれてある。

 こっちもすぐに応答して、


「 告白に成功すれば卒業できる

  でもな、ソアはだめなんだ。だめだった。

  おれ、一番最初に、あいつに告白したんだよ。 」


「え」


 クラス全員が、深森さんに注目した。

 ただし、先生もみんなも、彼女のキャラクターをよくわかっているから、誰もふざけたり問い詰めたりせずに流す。

 一人二人と頭の向きがもとに戻るが、


(なんかあったの?)


 ソアだけがなかなか前を向かない。ねぇ教えてよ、という顔つきでじっとおれを見る。

 しっしっ、と、つい犬猫を追っ払うような手つきをしてしまった。

 ジト目を残しつつ、ソアも体勢を元にもどした。


 数分後、


「 ご愁傷さま 」


 と届く。

 ああ、これってこんな漢字だったんだな……じゃないよ!

 思いっきり気をつかわれてる。というより、おれの傷口に塩をぬってないか?


「 お似合いだと思ったんだけど 」

「 現実はきびしいってこと 」

「 嫌われるようなことをしたのでは? 」

「 してない 」


 んー、とうしろからうなるような声がかすかに聞こえる。

 長考しているようだ。

 書くべきかどうか迷ったが、


「 深森さんが、おれの告白をOKしてくれないか? 」


 かなり待ったが、お返事はない。くそっ。なんで、この一番イージーなやりかたを受け入れてくれないんだよ……。

 べつの質問をした。


「 それなら、あの長身でポニーテールの一年女子が、告白の第一候補になる。

  今のところな。

  邪魔するメリットは、なくないか? 」


 邪魔? とかなりボリュームをおさえた小声。たぶん、おれにしか聞こえてない。

 返事がきた。

 まあまあの長文だ。


「 私は、片岡さんに白川君のカレシになってってお願いしたの。

  今日一日だけでもいいから、って。

  大事なのは白川君に彼女を異性として意識させることだから、今日だけでも、ってお願いしたんだけど 」


「え」


 こんどは、おれがそう言う番だった。

 おいおい。対応って、人によってこんなにちがうもんなのか?

 先生は「こら白川」とすぐに言い、まわりは「まじめにやれよ~」とクスクス笑う。これぞ〈日ごろのおこない〉の差ってやつかもな……。

 とにかく、


(まじか)


 おれの目は、深森さんが渡した紙切れに釘付けだった。

 最後の一行。


「 女の子といっしょのところを邪魔してなんて、私は一言も言ってないから 」

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