第15話 寝耳に水
学校がない日だって、やることはたくさんある。
さしあたり、とうとう四十八巻まで読んだぞ。
――四十九巻だけ抜いてる。ミスってるわけじゃねー。意図的だ。わかるな?
わかってる。
いい口実、ナイスな発想だよ美女木。
この本を彼女に借りることができれば、またおれの恋愛レベルも一つあがるだろう。
あいつに相談してよかった。ほんとに、たよれるヤツだ。
と、考えていたら……
(なんだ?)
本人からメッセージが届いた。
いや……それより、なんでカノジョとピースしてる自撮りの画像も添付してんだよ。
みじかい文章。
オシャレして外へ出よ
以上。
オシャレって……。
まあ、たしかに今日のこいつの服装、ダサくはない。むしろイけてる。
外見をみがけ、ってことか?
言いたいことはわかる。告白してオッケーしてもらって、さあいっしょに出かけるぞってなったときに、カレシのファッションに〈がっかり〉されたら最悪だもんな。
でも――それって、一般的な恋人同士の話だろ?
おれはちがう。おれにとっては告白の成功がゴールなんだ。そのあとのことは、正直、どうだって……どうだって……
スマホの画面。
けっこう露出の多い、美女木のハニーの格好。
「くぅ」
と、我ながらなさけない声が出る。
おれも男だ。そのあとのことも、
「おおいに興味があるよ!」
「……うるさいなぁ」
椅子から飛びあがった。
おれの部屋に、なぜか女子がいる。
と思ったら幼なじみのソアだった。
「電話してた?」
いい解釈だぜ。
そうそう、とおれはうなずく。
「今日、なんか出かける用事でもあるの?」
ドアをしめて、とことこと歩いてくる。
そう広い部屋ではない。たちまち、中はこいつが発散する〈いいにおい〉で満たされた。
ソアの着ている服、こっちがグレーのパーカーにスウェットパンツの部屋着なのが気おくれするほど、ちゃんとしたおめかしをしている。女性の服のデザインとか種類とかは詳しくないので、表現しようとすると、上はクリーム色のふわっとしたもの、下はピンクのひらひらしたスカート、といった程度でしか言い表せない。あと小さくて赤いバッグを肩にかけている。
「ヒマならつきあってよ」
片手を腰にあてて言う。
あ。
完全に思い出した。そうそう。高三の四月のこの日。急にこいつがおれの家にきたんだっけ。
「ちょっと……脱がないでよね。女子の前で」
クローゼットから服をひっぱり出して、さっそく着替える。
「外で待ってるから――じゃなくて、つきあってくれるの?」
「ああ。おまえのお父さんの誕生日プレゼントだろ?」
一回目も二回目もそうだった。なんか、お父さんがガラケーからスマホに切りかえるから、スマホケースを見に行くみたいな話で、唐突にソアがやってきたんだよ。
「あれ?」目はやや上を向き、口がアヒル
「言ってない」深くつっこまれると、ややこしくなる。「カンだよ」とだけ伝えて、さっと背中を向けた。
だいたい十二時。天気は晴天。
さて……やるとするか、これで三回目となる、高校時代唯一の〈女子とのお出かけ〉という
と言って、べつに何もないんだ。
デパートを三軒回って、あいつが親へのプレゼントを買い、電車に乗って家に帰るだけ。
恋愛ドラマにありがちな、ガラのわるい人にからまれるとか、トラブルに巻き込まれるとか、はたまたソアと急接近するような劇的な何かとか、すべてない。めちゃめちゃ平和な一日だった。
期待するほうがおかしいのか?
でも考えずにはいられないだろ。ソアがおれに気があるんじゃないかとか、理由をつけてデートしたかっただけじゃないかとか。
いま思えば昔の自分は、ウブだった。
幼なじみとの外出とはいえ多少なりともドキドキしてたんだから、かわいいもんだぜ。
「え」
混雑した電車の中。そのドア付近にいるおれたち。
「どうしたの、わたしの顔に何かついてる?」
「いや……」
こいつもこいつだよ。
同い年の男を相手に、思わせぶりなことするんじゃないって。
告白を断るような男をさそっていっしょに街を歩くなんて、どういう神経してるんだよ。
魔性なのか? まさか魔性のオンナなのか?
「顔、じーっと見てたじゃん」
「かわいいから、つい見とれてただけだ」
ソアはおれを恋愛対象として見ていない。
だから、こっちも肩の力を抜いて、こんなセリフでもさくっと言える。
「コクちゃん、変わったね」
とくに照れるでもなく礼を言うでもなく、ソアは小声でささやいた。
「わたしは、前のコクちゃんのほうが」
おい。
気になるところで、言葉を切るなよ。最後まで言えよ。
電車は快速。あと十分くらいは次の駅までとまらない。
ソアはスマホをさわりはじめた。話しかけないで、のサインのように見える。
おれも音楽でも聴くか。
遠峰さんが毎日通学中に聴いてるっていうアーティストの曲。
音とともに彼女の姿が頭に浮かんだ。
そして
イメージの中の三人の顔は、それぞれべつな方向を向いていた。
「うっそ」
ワイヤレスイヤホンを耳から抜かれた。
「こんなの、コクちゃんの趣味だったっけ?」
「いいだろ」と、おれはすぐにイヤホンを取り返す。「最近、すすめられて聴くようになったんだよ」
「誰に?」
「遠峰さん」
うそである。
ただ、彼女の好みなのは本当。
「あー……なるほどね、あの子と順調にいってるんだ」
そうさ。
そうでなきゃ困る。
卒業できなくなるんだからな、永遠に。
遠峰さん以外に、告白の候補はいない。
あの、三角で下校した日から数日がたっている。
翌日からどうしてか、深森さんが突然よそよそしくなってしまった。
「あほ」
と、うしろの席から声をかけられることもなくなって、会話をすることもない。
小諸さんとのコンタクトもなくなった。廊下を歩いているとき、おや、と視線を感じると彼女がこっちを見ていたことがあったが、近寄ってこず、それどころかダーっと走ってどこかへ逃げてしまった。おまえの行動はつねに監視しているぞと遠回しに伝えたかったのだろうか? わからん。
目的地についた。
おれは、最終的にこいつがどの店のどれを選ぶのかを知っている。
そこに直行した。
「これなんか、よくないか?」
ばっちりじゃん、とソアの表情でそう思ったのがわかった。昔から、感情が顔に出やすいタイプだからな。
まだ二時前。
まっすぐ帰宅しても、半端な時間になる。
一回目のときは、だいたい購入決定が四時半ごろだったな。それで、ラッピングに少し時間がかかるって言われて、二人で時間をつぶしたんだ。
「あのさ、さそって……わるかったかな?」
会計をすませたソアがもどってきた。
「全然。おれも外に出たかったし」
「そう……」
「フードコートにいくか」
「え?」
「ラッピングを待つんだろ?」
「っかしいなあ」ソアが首をひねる。「コクちゃんって、こんなに先読みできるヒトだったっけ」
まあ――三回目だからな。
昼食は家でがっつり食べてるから、それほど食欲はない。アイスカフェオレだけ買って、先に席についた。ソアはパンケーキをたのんだらしい。店の前で立って待っている。
容器を手に持って、ストローをすった瞬間、
手から ちからが 抜けた
ふたがついていたおかげで、それほどテーブルに飲み物はこぼれていない。
容器を立て直すが、おれは、おれを立て直せない。
はなれたところに座っている女性。何十席もあるフードコートの座席で、不思議とおれの目にはそこだけスポットライトがあたっているようにあざやかに映った。
笑った。
きれいな顔で、笑ったよ。
二人がけのテーブルで、背広っぽい服を着た男の人の前に、私服の遠峰さんがいた。
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