第14話 旅は道連れ世は情け

 恋愛ものといえば〈三角関係〉は欠かせない。

 でもあれって……AがBを好きでBはCを好きでっていう、心の話だろ?

 物理的な三角じゃ、ないんだよ。


「すてきなアクセサリーだな」


 おれの右後ろから、小諸こもろさんの声。


「ありがとう」


 おれの左後ろから、深森ふかもりさんの声。

 音の発生源から推定したところ、確実に二人は三メートルぐらいはなれている。

 先頭を歩くのは、おれ。

 つまりおれたちは三角(の位置)関係である。


「そうやってほめてくれたのは、あなたで34人目。うち、8割はただのイヤミ。あなたはどちらかしら?」


 不思議だ。

 後頭部に目があるかのごとく、彼女が不敵にメガネのつる・・にさわったのがわかった。

 すごい緊張感。

 とても会話に入っていける空気じゃない。


「イヤミではない。カッコいいぞ。うちもつけたいくらいだ」

「うち?」

「うちとは、うちのことだ」と謎かけのようなことを言う。たぶん、自分を指でさすアクションでもしてるんだろう。「うちはうち」

 どんな頭の回転のはやさか「すてきな一人称ね」と、コンマ何秒かで深森さんが返答した。


「それ、もしかしてイヤミか……?」

「さあ……」


 おれは空を見上げた。

 美しい夕焼けの茜色。

 そういえば、おれの恋愛アドバイザーの美女木びじょぎが、メモに書いてたっけ。脳内で、あいつの声で再生される。


「いいか? 告白にかぎらず、意中の女の子とのコンタクトはなるべく〈夕方〉にするんだ。えらい先生いわく、夕方の時間帯は人間の思考力や判断力がにぶるものらしい。すなわち論理よりも感情を優先させがちになる。これが」


 ――黄昏たそがれ効果だ!


 なるほど、日暮れどきの風景をやけにロマンティックに感じるのは、その効果が原因かもしれない。

 まー今は、それどころじゃないがな……


「……」

「……」


 どちらもだまりこんだ。

 この、ときどきおれの背筋に走る寒さは、季節がらの寒暖差のせいだよな。

 殺気じゃないよな?

 重苦しい下校だ。このたっぷり距離をあけたトライアングルフォーメーションで、はたして〈いっしょに帰っている〉と言えるのだろうか。

 とりあえずハテナは二つある。


・どうして深森さんは「いっしょに帰る予定だった」とウソをつき、またそれを実行したのか?

・小諸さんが言うには「はながどうしても(おれといっしょに帰らせたかった)」ということらしいが、その理由は?


 前者はけっこうデリケートだが、後者はそれほどでもないな。聞いてみよう。

 ちょうど小学校の横を通りがかったところだ。カラフルなランドセルを背負った元気な子たちが走っておれたちの近くをダッシュで抜けていった。

 ふりかえる。と同時に、にらまれた。


「だ~れ~が小学生みたいだってぇ~?」


 言ってない。

 が、そばを走っていた子(たぶん三年生か四年生)との身長差があまりないな、とは思った。

 その思考を、見抜かれたのかもしれない。

「はは」愛想笑い。とにかく、これ以上ケンアクにするわけにはいかない。「それはそうとさ、どうして遠峰とおみねさんは、おれといっしょに帰らせたかったんだろう?」

 やっと聞いたよ、と深森さんがぼそっとつぶやいたのが耳に入った。そのへん、彼女もずっと気になってたんだろうな。

「それは……」

 言葉がとぎれた。

 しばらく足音だけの時間。

 しかし、たった三人のチームだ。ほかの話題になったりしないから、沈黙では乗り切れまい。なにより、小諸さん自身がたえかねたみたいで、


「護衛だよ!」


 と言った。

 おれは足をとめる。「護衛? おれが?」

 小諸さんは腕を組んだ。「そうだ。すこし前、学校から駅までの途中で、花があぶない目にあってな」

「あぶない目って……」

 やばそうな話だ。

「べつに暴力をふるわれたりという心配はなかったが、しつこく話しかけてきてな。他校の、チャラい感じの男だった。そいつを投げたんだよ」

 ああ投げたのか、あのときのおれみたいに……と、おれはすぐに意味がわかったが、


「投げた?」


 深森さんは首をかしげる。


「そうなんだ。一本背負い?」と、おれ。

「いや、ともえ投げだ」と、すがすがしくこたえる彼女。


 深森さんはさらに首をかしげる。 

 よその国の言葉みたいに聞こえているのかもしれない。


「なにやってんだ」


 深森さんがもっと混乱する事態になった。いや、おれもだ。

 屈強な、デカい男子が、両手をズボンのポケットに入れてゆっくりこっちに歩いてくる。

「ご、ご、護衛って、あんなぬりかべ野郎からまもれってこと?」

 かなり動揺している。妖怪でたとえるあたりがその証拠。

「ひ、ひとを、呼んでくる!」

 待って、とおれと小諸さんが言うよりはやく、深森さんは脱兎のごとく走っていってしまう。

 ふう、と彼女と同時にため息をついた。


「ちっ、またあんたかよ、白川サン」


 後ろ頭をぼりぼりとかくこの男は、中庭で「遠峰花に近づくな」と、おどしてきた男子だ。


「それよりジロウ。なんでここにいる」

「なんでじゃねーよ、姉ちゃん。ケータイの位置情報だよ。おれら、共有してるだろ? いっしょに帰ろーと思って待ってたんだよ」

 なるほどな。

 彼も〈投げた一件〉を知っていて、仕返しされたりしないようにひそかにガードしようってことか。

 おれの出る幕はない。

 それより、深森さんのあとを追っかけないと。


「ま……待て、白川浩」


 ふりむく。目が合った。ばっ、と高速で視線をそらせたのは向こう。はは……やっぱり、おれは彼女には相当キラわれてるようだ。


「あの……うちを投げてくれた仕返しは、必ずするからな……必ず」


 夕日が彼女の顔に正面からあたっている。そのせいか、ほっぺのあたりがかなり赤く見える。

 はは。本日二度目の愛想笑い。おれの不自然な笑顔を目にして、小諸さんは背中を向けてしまった。逆効果だったかな?


「じゃあ、気をつけて」いけない、と思ったが遠峰さんに声をかけるときのクセがつい出てしまった。「また明日も一日、がんばろう」去りぎわのポジティブ。


 身の程を知りよし


 って、最後に言ったか?

 ずいぶん小声だったから、よく聞こえなかった。もう、あの身長差きょうだいの背中は遠い。

 おれは深森さんをさがした。

 すぐに見つかった。

 不覚にも笑ってしまった。

 どこから持ってきたのか、それにくわえて、そんなもの現実にあったのかというインパクト。

 釘バット。

 それを華奢な手ににぎっている。

「あ。白川君。よかったら、これつかって」

 そんなポケットティッシュを差し出すような感覚で言うなよ。

 つかえるかよ。

「もう大丈夫」ふと、おれにイタズラ心がわいた。「倒したよ。ぬりかべ野郎は」

 直後――


 抱き、つかれた。


「よかったよ……無事で」


 からん、と地面に落ちたのは、たぶん彼女のメガネ。

 なんで抱きつくんだ?

「これぞ黄昏効果さ」と、この場にいない美女木のお告げが聞こえた。「おれのいったとおりだろ?」と、少し恩着せがましい。

 体感じゃ長く感じたが、実質一秒かそこらで


「ご、ごめん」


 と、彼女はあわててはなれた。

 カラスは「あほー」と鳴くらしい。

 おれに対してか、おれと彼女の両方に対してかは知らないが、電信柱のてっぺんにいるカラスがしっかりこっちを見ながら一回鳴いた。

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