第12話 ペンは剣よりも強し

 おれの通う高校は学年ごとにフロアが上がって、一年が二階、二年が三階、三年が四階。

 昼食後の昼休み。

 教室の窓ぎわに男子がたまっている。外の、運動場でも見てるんだろうか。 


「やっぱ、きれーだな~! レベルがちげーなぁ!」


 バスケ部の男子が、教室にいる女子たちにもかまわず、でかい声で言った。

 そのおかげで、あいつらが外の何を見ているのかわかる。

 学校一の美女子びじょし遠峰とおみねさんにちがいない。

 視線を感じる。

 おまえも見にこいよ、と言いたげな顔がちらほら。

 はあ……、しょうがないか。

 朝の挨拶をつづけた一件で、うちのクラスの男子には、おれが彼女を狙ってるってことが筒抜けだからな。

 窓の近くにいった。

 さっきまでおれと雑談をしていた、親友の黒磯くろいそもついてくる。

 すかっとした青空。風もさわやかだ。まさにスポーツ日和びより

 かるーくストレッチしてます、という雰囲気で女子がたくさん立っている。

 おれはすぐに遠峰さんを見つけた。

 ロングの髪をまとめ髪にしている。体育のときは、いつもあのスタイルなんだろうか。こんど聞いてみるか。

 かなり距離があって、男子たちの視線に気づいているのかいないのか、校舎を気にしている女子はいない。

 いや、いる。

 遠峰さん――じゃなく、そのそばにいる女の子。

 まちがいなくこの四階の教室の、まちがいなくこのおれに照準を合わせている。


(あの小さい女子)


 予感はしていた。

 一回目の一本背負いのときに「やめろ」とか「しつこく挨拶をする」とか言っていたし、昨日なんかズバリ「はな」という遠峰さんの名前を口にしていたから。

 あと、美女木のカノジョからもらった情報と照らし合わせると――


小諸こもろっちのことなんだけど。一年のとき、同じクラスだったからすこし知ってて」

「とにかく遠峰さんにわるい虫を近づけたくないみたいで、いろいろやってるみたい」

「気をつけてね。あの子、柔道やってて黒帯だから」


 ――いろいろ合点がいく。

 あれ?

 でも、何日か前にあらわれたあのイカつい男子も、黒磯は「コモロ」って言ってなかったか?

 たまたま同じ苗字……か?


「きょうだいだってさ」


 と、カンのいい合いの手。おれが、ずっと彼女のほうを見ているもんだから、思考を見抜かれたみたいだ。


「中庭にシラケンを呼び出したヤツ、よくよく調べたら、あそこにいる遠峰さんの友だちの弟だってよ」

 ちょんちょん、と運動場に立つあの子を指さす。

「そうか。えっと、ということは……弟も遠峰さんを狙ってるってことか?」

「たぶんちがう。あれは、姉キの命令でやむなくって感じだろ。めちゃ従順らしいからな」

「え?」

「一説には、ヤンキーやめたのも姉キにそう言われたからって話だ。とにかく、あいつ自体はワルもんじゃねーよ。シラケンが危険な目にあうことは、ない」黒磯が急に目線をはずした。「ま、まあ……あぶないときは助けてやるし」

「たのむよ」

 おお、と言いながら、なぜかうしろに一歩さがった。顔は普通だが、耳のはしっこがやけに赤い。こんなに涼しいのに。

 と、その空いたスペースに、


「熱心なことで」


 ソアがするっと入り込んだ。

 窓の外に目を向ける。

 近さのせいか風向きのせいか、こいつの髪からシャンプーのいいにおいがした。


「うまくいきそうなの?」

 主語はないが何を言いたいのかはわかる。

 今さらしらばっくれても、しょうがない。

「うまくいくさ。そのために、おれは最大の努力をしてる」言い終わって、昨晩、睡眠時間をけずって読み込んだマンガの内容を思い出した。「きっと想いは届くさ」と、その影響で、ついセリフのようなことを言ってしまう。


「はっず」


 うーわー恥ずかしいことをいうヤツだなー、こんなやつとは付き合ってらんないよ~、を省略したことが読み取れるような言い方。

「せめてくろちゃんだったら、可能性があったのにね」

「おい。なんでフられるの確定みたいに言うんだよ」

「だって」

 おれと、黒磯を、まじまじと見比べる。

「理由が必要?」

 いらん。

 もうじゅうぶんだ。

 おれは運動場に視線を流した。


(ん)


 遠峰さんのほうを見た直後、すすす、と小さい女子が移動。彼女のかげにかくれた。何かからのがれるように。まるで、おれに見られたくないかのように。

 なるほどな。

 なるほどなるほど。

 おれに正体がバレて、今さらながら身をかくそうって魂胆か。ふっ。ちょっとおそかったようだな。おまえの正体はしっかりつかませてもらったよ、小諸さん。


「まさかエッチな目で見てないでしょうね」


 ソアの顔のアップ。

 息がかかるほど近い。

 くそ……これだけおれに気を許しながら、なんで告白をオッケーしてくれなかったんだよ……。


「見てない。いたってピュアだ」

「ウソばっかり。体のラインとか見てるくせに。そういうの、女子ってわかるもんなんだよ?」

 あーはいはい、とおれは右手をバイバイでふった。

「もう席にもどるよ」

 と、もどる途中、おれはソアをふりかえった。


「それはそうとさ、ソア」

「ん?」

「歯の間にゴマがつまってるぞ。下の歯の右のほう」


 ぎょっ、という顔になったのは真横の黒磯。

 おれは平然としてるし、


「あ、そう。ありがと」


 ソアもたいして気にせず、手洗い場のほうへ向かった。

 姿が見えなくなってから、


「すげーな、シラケン!」


 と、なぜかうれしそうに黒磯が言う。


「え……何が?」

「あんなこと女子に言ったら、ふつうキレられんぜ? 『バカ』とか『最低』とか言われてさ」

「あの程度のことで? しかも、こっちは親切で言ってるんだぞ?」

「夫婦だ夫婦」と、なんども口をとがらせて言う親友。「長年つれそった夫婦じゃなきゃ、そうはならねーよ」

 と、まるで長年つれそった相手がいるかのように言う。いやおそらく、こいつの親とかがそんな感じかもな。

 そのあと部活の話になった。

 こいつもソアも同じ文芸部だから、自然といえば自然な流れだが。

 遠峰さんの存在を外に感じながら適当に聞き流していたけど、チャイムとカブって聞こえたあいつの一言が、不思議と印象に残った。


「ソアちゃんが書く小説って、なんでか知らねーけど、いつも主人公が片思いしてるんだよ」


 ◆


「こら」


 と、ずいぶんな時間差で、おれはおこられた。


「もっとほかに言い方あったでしょ、タイミングずらすとか。まったくもう……恥ずかしいなあ……」


 最後の授業が移動教室で、その帰り道。

 廊下で、おれはソアに声をかけられると同時にローキックをいれられた。 

 なおも不満はつづく。

「そもそもコクちゃんはデリカシーに欠けるのよ。女子ウケを気にするんだったら、そこんトコをちゃんとやらないとだよ? 幼なじみにさえ嫌われる男子がさぁ、モテるわけないじゃんか」

「おれのこと嫌いなのか」

「こら」と、今度はひじうち。「急にシリアスにならない。もののたとえよ、た、と、え。コクちゃんとこんなに近いところにいるわたしですら『いい』と思わないのにほかの女子が『いい』だなんて……って、あれ? なんかヘンな話になってる?」

 なってるさ。

 たで食う虫も好き好き。十人十色。人の好みは人それぞれ、だろ? その前提がスッポリ抜け落ちてるよ。

 そして教室にもどった。

 ざわついている。

 みんな、なぜかおれの机に注目していた。


「冗談だろ……」


 机に、シャーペンがささっている。垂直に。おれの所持品だ。三本、ぜんぶ使用されている。


「遠峰さんを追いかけてるから、その関係で逆恨みされたんじゃない?」


 とっさにしては鋭いことを言うソア。

 あーあ、それにしても派手にやってくれたな。あとが残っちゃうよ。表面にへこんでるところがあると、プリントに記入するときとか不便なんだよな。

 一本目を抜くとき、異変に気づいた。

 机にじかで何か書かれている。


 手を出すな


 と、それだけ。

 習字のお手本のようにととのった字だ。しかもサイズが小さい。注意しなければ見落としてしまうほどに小さい。

 だがメッセージは強い。

 書き手の意志がビシビシ伝わってくる。

 しかも気になることに、〈誰に〉という部分がない。あえてなのか、書き忘れたのか。

 とにかく、現時点で確実に言えるのは、この警告にしたがって誰にも手を出さないようにしてしまうと、おれは永遠に高校三年生をやる破目になるということだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る