第7話 魚心あれば水心あり
ビビってないぞ、と自分に言い
そう。こっちは告白がうまくいかないかぎりずっと卒業できないなんていう、わけのわからないループ状態にあるんだ。これにくらべたら、こわいものなどない。一発や二発、なぐられたってどうということはないさ。
「もう
だが、あの男子。
あいつが、もし本気で彼女のことを好きだったらどうする?
ぶっちゃけ、おれは気持ちから入っていない。
つまり目的ありき、だ。
いいのか? こんな動機で……彼女をちゃんと好きになったヤツの邪魔をして……
いてっ!
なにか硬いものが、おれの後頭部をこづいた。
朝の教室。親友の
となると、こんなふざけたことをするのは、幼なじみの
ふりかえりざま「なにすんだよ、片岡さん」と言ったら、
「考え事?」ちがった。「おはよう、あほ」
あほ、っておれのことか?
細い指を、サングラス……じゃなくて医療目的の黒いレンズのメガネの
――あ。あれ?
ない。
昨日まで、彼女の頭にぶらさがっていた二本の長い〈おさげ〉が、ない。
ショート。二つの耳をさっぱりと出したヘアスタイル。
――問題だ。大問題。
最近、
これが問いに思えた。
Q. 女子がとつぜん髪型を変えました? あなたはどう声をかけますか?
素直に考えるなら、
ほめる!
の一択。
だが……
(なに見てんのよ)
と、言わんばかりのレンズごしの目力。立ったままで、おれを静かに見下ろしている。
正直な感想を述べるか?
華奢な肩、色白の肌の、細い首にのった小さな頭。髪はショート。そしてサングラス。
海外のモデルのように、かっこいい。
そのまま言うか?
いやいや、「髪切ったの?」の一言がセクハラとか言われる時代だぞ。
正直に言ったら、ひかれるんじゃないか?
「えーと……」
「ん?」
「似合って……ますね」その答えが、今のおれのせいいっぱいだ。「すごくいいと思います」
「はいはい、ありがと」と、彼女は椅子にすわる。「それで、うまくいってる?」
「え?」
「告白のこと。卒業できないんでしょ」
あ。
黒々しいレンズのせいで見通せないが、今、はっきりとわかった。
ちょっと笑ったよ。目だけで。
「ほんと、くだらないんだから」
「いや、くだらなくない。おれは必死なんだ。冗談なんかじゃない」
「だーかーら、白川君のそういうところが」
あ、という口の形。ほ、という口の形。「って言ってるの」
「おはよー!」と元気な声。横からソアが声をかけてきた。とっさに、何事もなかったように授業の準備に入る深森さん。「あれ……? なんか楽しそうにおしゃべりしてなかった?」と、人差し指でおれと彼女を順番にさした。
すん、とした様子のショート女子。
さあな、と、おれもとぼけることにする。
ちょっとちょっと、と手をひかれ、ソアに廊下につれだされた。
「どーなってんの? あの
「仲、良くはないけどな」
「どんなマジック? ねえねえ」
服のそでをつかまれ、ぶんぶんとふられた。
マジックか……ほんと、どういう風の吹き回しなのか、おれもそのタネを知りたいよ。
この、卒業できないっていうループのタネもな……。
あっ。
大事なことに気づいた。
大事かどうかはともかく、一つの事実として――
一回目の春も二回目の春も、深森さんは髪をショートになんかしていない。
◆
「へへ……シラケン、わかったぞ!」
一時間目が終わると、待ちかねたようにあいつがおれのところに来た。
「朝の野郎は、一年の
「用心って……おれは、べつにケンカする気はないから」
「今はおとなしいが、中学んときはバリバリのヤンキーだったってよ」
「まじか」
まじだ、と黒磯は真剣な目つきで言った。
思わず、おれも同じような目つきで見返すと、
「おい、そんな……見んなよ」と顔の前で手をふった。恥ずかしそうに見える。なんで親友のおれを相手に、照れるんだよ。わかんないな、こいつは。
とにかく「よく調べてくれたな。ありがとう、助かるぜ」と礼を言う。
「よせよ」横を向く。ああ、横顔も端整な顔でイケメンだよ、こいつは。「これが文芸部の調査力さ」
ここだ。
これだけモテる要素がそろいながら、なぜか――というのもアレだが、その部なんだよな。
「だからシラケンよぉ」気持ち、うつむきながら黒磯が言う。「とうぶんの間、い、いっしょにかえろーぜ」
「いっしょって、駅までか?」
おれもこいつも電車通学。ただし、乗る方向は逆方向。
うーん……ま、べつにかまわないけど、
「だ~め!」
いきなり前の席のソアがふりむいた。
「
ソアも、文芸部に籍がある。あと、将棋部のほうもかけもちしているらしい。まったく活動的なやつだ。
「くそっ、そうだよな……」
というつぶやきで、おれたちの会話は終わった。
まあ、襲われる心配はないだろ。黒磯のボディーガードなんかいらないよ。
その日の放課後。
雨は、朝のときよりずいぶん強くなってる。
教室でその雨の音を、ずっと聞いていた。
「ねぇ」
二人だけになると、深森さんが声をかけてきた。
「もし、白川君の言ってることがさ、かりに、本当のことだとして」
「本当……」と、ふりかえりかけると、
「ダメ。そのまま前を向いてて。こんなとこ誰かに見られたら、つきあってると思われるでしょ?」
ふう、としょうがなくおれは前に向き直る。
かっ、と閃光。
(ん)
肩に指(らしきもの)がかかった瞬間、どがーん、とカミナリが落ちた。
それ以外に、この教室でもはげしい物音があった。机が倒れたような。
「冗談だろ……」
という感想。
こんなの今どき、マンガでもないぞ。
雷をこわがって男子に抱きつく女子なんか――
「ご、ごめん」
座ったおれの、背後から回された二本の腕。
密着した体。
おそらく、思うに、あれなんだろうなという部分のやわらかい感触が背中にある。
「ぜ、絶対……誰かに言わないでね……高校生にもなって雷がこわいなんて……」
なんて弱気な表情だ。少しメガネが下にずれて、超絶きれいな眼の上目づかい。
これがおれを「あほ」と呼んでいた人物と同じとは思えない。
大丈夫大丈夫、と倒れた机を起こす。散らばった教科書も、全部ひろってあげた。
「ありがと」
最後の一冊。
わたしたおれの手が、受け取った彼女の手とふれあった。
と、静電気がはじけたようにバッと手をひきはなして、スクールバッグをとり、そのまま教室から出ていく。
ちょっと待ってくれ。
なんのために、おれを放課後こんなに待たせたんだ?
深森さんは、いったい何を伝えようとしていたのか……わからずじまいじゃないか。
また、空が光った。
数分前のあの感覚を思い出す。
とくに意味もなく彼女の席を見つめて、思い切ったショートにしてきた彼女の顔を思い浮かべた。そして急におびえだした姿も。なんかおかしくなって、つい、ちょっとだけ思い出し笑いをしてしまう。
たぶん、おれのこんなところが、彼女に言わせれば「あほ」なんだろうな。
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