第6話 嘘からでた実(まこと)
ついに一対一で向かいあった。
目の前にいるのは、めちゃめちゃきれいというみんなの評判を知っていただけで、おれとはまったく面識のなかった女子。
まさにゼロからのスタートだった。
がんばれば、ここまでこれるものなんだな。
いい。
すべてが、いい方向にうごいている。
「あの……」
彼女がさしだしたのは、おれのスマホ。
「忘れてるよ?」
それはわざと忘れたんだ、なんて絶対に言えない。
誘い水。
たしかに昨日、美女木が言ったとおりだった。
「ありがたく思え。フレンドやハニーの協力をえて、いろいろ調べてやったぞ~。明日は彼女、放課後は図書室で自習する予定のはずだ。で、座席は窓際の席の奥のはしっこ。その席がお気に入りだ」
「なるほど」おれは言った。「その近くに座るんだな?」
ばか、と声は出ず、あいつの口がそう動いた。「そこには、おまえが座るんだよ。彼女に先回りしてな」
「え?」
「そうすれば十中八九、彼女は自分からおまえの近くの席に座る。なぜなら、その席がいつも使ってる自分のお気に入りだからだ」
「そういうもんなのか」
「そうとも。で、かりにはなれたところに座られてもいい。その席の〈状況〉を気にかけるのは、まずまちがいないからな。自分がそこに座りたいという心理が、いやでもそうさせる」
で! と、美女木は右手をパーに広げた。
「さっき言った誘い水さ。おまえはそこにスマホをおく。あとは、ころあいを見計らって、帰り支度して図書室を出ろ。事前に一回か二回は彼女と目を合わせておいて、自分の存在をさりげなくアピールしとくんだぞ」
あとは、ついてくる彼女を誘導するだけだ。なるべく人目のない、二人きりになれる空間に。
そんなにうまくいくか、と正直半信半疑だったが、
「あ! うわ、ありがとう。わざわざごめん」
うまくいったぜ!
だがじつは、これでまだ半分。美女木が言うには、
すかさず、朝の挨拶をやめたことのフォローをせよ
とのこと。
ここからが自信がないところだ。はっきり言って、おれの演技力がものを言う。
空の雲行きもあやしい。いまにも雨がふりだしそうなくもり空だ。
うちの学校の図書室は、食堂の二階にある。今、一階におりて、入り口付近の屋根がつきでたスペースにいる。まわりに生徒はいない。部活のランニングのかけ声が遠くから聞こえてくるだけだ。
「えと……あの、大丈夫かな」
「何が?」と、遠峰さんは首をかしげた。
「見られてないかと思って」きょろ、きょろ、と左右を見るフリ。「遠峰さんの彼氏に」
ん? という表情。
「このまえ言われたんだ。背が高くてがっちりした男子が急にあらわれてさ、『気安く話しかけてんじゃねーよ』って」
「それほんと?」
サラサラの髪を耳にかきあげる仕草に、思わず見とれてしまい、思わずほんとのことを白状しそうになるが、ここはがまんだ。
押し通せ。
「そうなんだ。それで、手を出すなみたいに言われたから……ちょっと遠慮しようと思って」
――ロミオとジュリエット効果。
ほかの誰かから反対されたり邪魔されたりすると逆に二人の恋が燃え上がる、みたいなことだ。美女木はそんなふうに説明していた。ちゃんとした恋愛心理学の用語らしい。
とにかくこれはすごいアイデアだ。
効果のほどもさることながら、
(彼氏がいるのかどうか、わかる)
その点のほうがでかい。
けっこうあるようだ。学校内では恋人の存在を一切におわさないのに、すでに特定のカレシカノジョがいるというパターンが。大学生や社会人と付き合っていることが多いときく。まあ、へたしたら相手が社会的なペナルティを受けかねない、かなりやばい橋をわたっているんだから周囲に秘密にするのも当然か。
「いないけど」
「え」
「いないよ。彼氏とか。白川君にそんなこと言ったなんて誰だろ……三年の子?」
「いや……」もごもご、とお茶をにごす。「あんまり顔はおぼえてないんだ」
「ひどいね。いったい誰だろ? なんか、ストーカーとかだったらヤだな……」
「大丈夫。まもるよ」
カッコいいセリフが自然に出た。
いや、失敗だ。
美女木は昨日の去りぎわで「まだ好意を前面に出すな」と念をおしていた。
先走ったか?
遠峰さんのリアクションは……
「じゃ、まもってね」
笑顔。
思いのほか、いい成果のようだぞ。「うん、じゃあ」と手をあげてわかれたのは、ひょっとしたらもったいなかったんじゃないか? もっと距離をつめられたんじゃないか?
帰り道で、そんな小さな後悔をした。
◆
次の日。
朝から事件が起きた。
いきなり差出人不明のメールがとどいて、
授業前、校舎裏へ来い
とある。
とても不穏な内容だったが、高校三年を二度もすごしたことで多少は物事に動じなくなっているのか、
校舎裏っていっても、どこかわかりません
と、ソッコーで返した。
数分して、
それもそうだな
とリプ。
いたずらかな、と首をひねっていたら、
やっぱり中庭でいい
と追って送られてきた。
無視するべきか迷ったが、結局、来てしまった。雨がふっているので、傘をさして、立って待っている。
すると、
(うわ……まじか)
ぬっ、と目の前にあらわれたのは大男。でかくてごつい男子。同学年ではなさそうだ。
こっちに来る。
「あー、あんたが白川サン?」
「そうだけど」
「えっとね……なんつーか、いやな役回りだな」目線を地面におとして、ひとりごとのように言った。
どうやら彼がおれを呼び出した相手のようだが、全然、そうされる理由がわからない。
下に向いていた顔があがって、目が細められる。
「うしろのヤツ、友だち?」
言われて背後を見ると、
「おはよう、シラケン」親友の
「めんどくせーな。まあ、いいや。なぁ白川サン」
ぴしっ、と遠くの空で稲妻が走るのが見えた。
「もう
え?
どういうことだ?
昨日の〈背が高くてがっちりした男子から手を出すなと言われた〉っていうのは、まったくのつくり話だぞ? そんな男子はこの世に存在しない。
そのはずなのに……
肩ごしの
ザーという雨音。
(これが、そうか)
突然、胸にわいた感情。
あの効果が発動して、どうやらおれはロミオになったみたいだ。
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