第3話 千里の道も一歩から
うしろ姿を見送る。
さいわい、目撃者はいない。まったく面識のない女子に自分から声をかけ、みごとに無視されたというトラウマものの大失敗を見たやつは……
「やぁ」
いた。
「まさかのまさかだけど、シラケン、
おれの苗字は
こいつは親友の
「ああ」ごまかしても、しょうがない。「したよ。で、無視された」
「へー」意外にもあまりおどろいていない。「無視とかシカトとかする人じゃないらしいぞ。普通にいい人だって聞いたぞ。シラケン、タイミングわるかっただけじゃね?」
十センチ高いアイラインからおれを見下ろす黒磯。
「そんなことより」おれは言う。「昨日、学校を休んでたよな。またズル休みだろ」
「やー、花粉症がひどくってさぁ。それに、どうせ始業式ぐらいしかないから休んでもいいと思ったんだよ」
「おまえはともかく、そういう理由で学校を休ませてくれる親もなかなかだな」
「うらやましいだろ?」
ばか。
皮肉のつもりで言ったんだよ。
「おかげで小説の執筆がはかどったぜ」
こいつは文芸部の部長。ネットに小説もアップしてるらしい。
運動がおそろしく苦手で、体育の成績がわるすぎて留年しかけたというウソのようなほんとの逸話がある。
と、いうとおとなしそうな地味な男子をイメージされがちだが、
「やばーい」
「ね。かなりやばいよね」
女子がそんなつぶやきを残して、近くを横切った。確実に黒磯を見ながらのつぶやきだった。
長身で短髪で、さわやか。
これで何かスポーツができていれば無敵の男子といっていい。
いや……まじな話、こいつは何度もコクられてるから、もはや運動が得意かどうかなんて関係ないんだろう。
「どうしてまた遠峰さんなんだ?」
「どうしてっておまえ……」
彼女に告白して成功しないと、卒業できずにずーっと学校生活がループするからだよ。
そんなこと言っても信じてもらえないにきまってる。
黒磯の、びっくりした表情。
「てかシラケン……好きな女子とかいたのかよ」
「いてもいいだろ、べつに」
無事に卒業するには、おれに〈好きな子〉は必須なんだ。
さしあたり、遠峰さんの好感度をあげないとな。
初日はつまずいた。
二日目もつまずいた。
三日目もダメだった。
四日目でやっと、
「あ。私に言ってたんだ」
にこっ、とちょっと笑ってくれた。
「『おはよう』っていうのは聞こえてたんだけど、べつのクラスの人だから……私に言ってるんじゃないと思ってた」
ごめんね、と言ったあと、言葉をさがすような
そうか。
名前名前。ここで自己紹介だよ。
「おれ、白川です。よろしく」
「白川君ね。私は、
ここで美女木の助言がよぎる。
あくまで序盤は単純接触に徹すべし。
深入りはするな。こっちからガツガツ質問するなんて、もってのほかだ。
「じゃあ」わかれぎわには、かならずポジティブな言葉をのこせ。「今日も一日、がんばろう」
そうすることで、顔を合わせるたびにポジティブになることが刷り込まれる。
恋愛においてポジティブは大事だ。
けっして恥ずかしがるな、とあいつは言ってたっけ。
ふう、とにかく、やることはやって、言うことは言ったぞ。
教室に入ると、
(ん?)
ほとんどの男子が、おれのほうを見ている。
自分の席につくと、
「やるじゃん」
と、前の席のソアがふり返った。
「みんな聞き耳たててたよ」
「え」
「コクちゃんがここ最近、遠峰さんを待ち伏せして挨拶してたってこと、バレバレだったんだから」
「昨日までは無視されてたこともか?」
「そ。笑ってる失礼なヤツもいたけど、おおむね」
思わず、こいつの胸に目がいってしまった。むね、なんて言うから。
「好意的。がんばれがんばれって感じ。だからさ、今、きっと心の中で思ってるよ……『グッジョブ!』って」
グッジョブね。
彼女とのファーストコンタクトを達成した、廊下のほうに目をやる。
まあ、本当の勝負はここからで、まだスタートラインに立ったにすぎないんだがな。
「あの子だったんだ」
はっ、と見ると、もうソアは背中を向けていた。
なんだかさみしそうな言い方だったような気がしたけど、いや、そんなわけはないよ。だってソアに告白したって、ダメだったんだから。
「お、おはよう」
机の横に立ったのは、黒磯だ。おはよう、と返事する。あれ? なんか違和感。
おれ……親友のこいつと、こんなにしっかり朝の挨拶なんかしてたっけ?
もっと簡単な、やぁ、とか、おう、ですませてなかったか。そもそも挨拶なんかなしで、そのまま日常会話っていうときもあったし。
思いちがい?
思いちがいではない?
どっちにせよ、ただの朝の挨拶じゃないか。
なのに、なんだこの強烈な胸さわぎは。
「さて、今日も……あれだな、元気だしていくかっ!」
ポジティブな一言。
チャイムが鳴った。
これってどこかで……、そうだ、おれが遠峰さんにやった流れと同じ。
単純接触の原理。
冗談だよな?
なんで、おまえがおれの好感度をあげにかかってるんだよ。
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