第2話 サイは投げられた

 二年のクラスのまま進級して、クラス分けはない。

 それが、おれが通う高校のおれが選択したコースだ。

 だからまあ……四月の最初といってもなにも新鮮さはない。


「あ~っ、彼女つくりてぇなぁ~!」


 教室の真ん中で、バスケ部のやつが背伸びとともに言う。

 もう見たよ。もう聞いたよ、そのセリフ。三回目だ。

 くそっ。

 おれの〈新鮮さがない〉は、クラスメイトの〈新鮮さがない〉とはまるっきりちがうんだよ。

 学校生活がループしてる。しかも一日とか一か月じゃなく、一年という長さでだ。

 おれは、ひとつ前の席のあいつの背中を見つめていた。

 もう何秒かしたら振り返る、幼なじみの片岡かたおか想愛そあの背中を。


「ね、ね」

 くる、と上半身をひねってこっちに向いた。

「コクちゃんも、あんなふうに思ったりするの?」


 幼なじみ。

 おれとこいつは同じ家に住んでいる。

 いや、家っていうか、建物だ。同じタワーマンションに住んでいて、おれの家は三階にあってソアは最上階。

 はあ……。

 まともに目を合わせられないよ。

 なんたって数分前に、おれはこいつにしっかりとフられてるんだからな。

「元気ないじゃん」

 気軽に言ってくれる。

 その原因は、ほとんどおまえだよ……っていうのは、ちょっと八つ当たりになるか。

 とにかくショックなのは事実。

 これで卒業できる日は、かなり遠くなってしまった。

 どうすりゃいいんだ、まったく……。

「なんでもないよ。片岡さん」

「そっか」

 なんでもなくねーよ。

 おまえも、ここで「そっか」じゃなくて、もうちょい深掘りしてくれよ。おれの元気がない理由を。

「で、だれかコクりたい相手はいる?」

 おれは、やけくそ気味にこたえた。


「いるよ」


 じー、っと目をのぞきこんでくるソア。

 気持ち、なんか一回目二回目のときより見つめる時間が長いような気がするが、ま、気のせいだろ。そもそもおれはそんなに記憶力優秀じゃないんだ。

 そ、と口をすぼめ、背中を向けた。

 がやがやした教室の喧騒。

 担任が入ってくるまで、おれは一人、この問題の解決策をひたすら考え続けていた。


 ◆


「相談~?」


 放課後。

 おれはとなりのクラスにいって、帰り支度をしていたあいつをつかまえた。

 強引に食堂まで来てもらって、二人掛けのテーブル席につく。


「なんだよ白川~、むりやりさぁ」


 同じ中学の美女木びじょぎだ。ことわっておくが美女でも女でもない。 


「ハニーが待ってるんだから、いそいでくれよな」


 なにがハニーだ。うらやましい……。

 美女木には、彼女がいる。

 これがなんと、女でしかも美女だ。

 おれは頭をさげた。


「たのむ! どうすれば、告白がうまくいくかを教えてくれ!」


 はあ……という顔。

 こんなときに口がさけてもいえないが、美女木はかっこよくない。背も高くない。見た目のレベルは平均点にも達していないだろう。くわえて勉強ができるわけでもスポーツ万能なわけでもすごい特技があるわけでもない。

 しかし、絶対的な事実として、こいつには美人の彼女がいる。

 学年でも一番の〈お似合わない〉カップルとして有名。


「なんか、ドッキリとかか? それとも、なんかの罰ゲームか?」

「そうじゃない。まじだ」

「んー、ま……とりあえず顔をあげてくれよ」


 思いのほか、美女木は真剣な顔つきになっていた。

 腕を組む。

「白川。おまえは、そういうことを冗談では言わないキャラだ。深い付き合いはないが、そう認識してる」

「ああ」

「告白か……。じゃ、おまえ、誰か好きな子がいるんだな?」

 う。

 い、いないんだよ、それが。

 いないけど、告白を成功させなきゃなんだよ。

 だが正直に伝えると話がこじれる。ここは、


「いる」


 の一択。

 ちら、とソアの顔が心に浮かんだが、あいつはダメだ。もうそれが成功する希望はない。

「よっしゃ」

 す、と右手をさしだす。

 よくわからないが、おれたちは握手をした。

「そういうことなら協力するぜ。なんでも聞いてくれ」

「じゃ、とりあえず」おれは思わず身をのりだしていた。「何からすればいい?」

「まああわてるな」手のひらを向ける。「まず情報をくれ。その女子の名前は――」

「勘弁してくれ。今は言えない」

「そう言うと思ったぜ。オッケー。なら、その子とどの程度親しいんだ? 挨拶をかわすくらいには親しいのか」

「全然だ。まともに話をしたことさえない」

「まだレベル1にもなってねぇのか……」

「やっぱり、むずかしいよな」

「そう悲観すんなよ。まだ四月だ。卒業まで時間はある。とりあえず……」


 ――翌日。


 さっそくアドバイスにしたがって、


 単純接触の原理


 とやらを利用する。


 美女木いわく、


「毎日顔を合わせてれば、自然と好感を持つようになる。恋愛心理学でな、そんなのがあるんだよ」


 さらに美女木いわく、


「いいか? これはメアドやIDを聞き出してメッセージをマメに送るっていうのとはべつもんだぞ? 相手と関係性がちゃんとできていない状態でそんなことしたって、よっぽど好感をもたれてないかぎりは『キモ……』で終わっちゃうからな。それは次のステップで、まずは単純接触からだ。このはたらきをうまく使えば、意中の女子の好感度をじわじわあげられるって寸法よ」


 ほんとかよ、と思うも、ここはワラにもすがる思い。

 信じて行動するしかない。

 教室の前の廊下。

 そこにおれは立っていた。


「おはよー」


 ソアだ。

 肩までのセミロングの黒髪をゆらし、近寄ってきた。

 うーん、こいつと単純接触してもなぁ。

 挨拶もそこそこに、もう行ってくれという意味で、おれは自分から目をそらした。


「なにしてんの」


 告白の下準備。

 もういっそ、そうやってストレートに白状したいよ。


「ああ、ちょっととなりのクラスの友だちを待っててな。教科書忘れたからさ」


 ふ~ん、とあいつの唇が〈アヒルぐち〉のような曲線になった。

 そして興味をうしなったように教室の中へ。

 ふう……


「でなぁ白川。おまえがどんな女子を狙ってるか知らんが、いいか? きれいな子ほど狙えよ」

「え?」

「きれいな子ほど狙え、だ。きれいな子ほど、あきらめるな。むしろ狙い目だ。ほかの男子が敬遠してる可能性が、ひっじょ~に高い。まじだ」

 これが実際にそんな子を射止めた美女木のセリフだから、やけに説得力がある。

「くりかえす。きれいな子ほど」


 狙え!

 昨日の美女木の言ってたことが、ほんとかどうかはわからない。

 でも、そんなことをあれこれ考えてる余裕は、もうないんだ。


「やべぇ」

「やべぇよな」


 そんな男子たちのささやきが聞こえた。彼らの目線の先には、姿勢よく歩く一人の女子。

 となりのクラスの、学年一、いや学校一の美貌と名高い女子。

 すう、と息をすいこんだ。

 やらないという選択肢はない。さもなければ、おれは一生高校三年生だ。

 彼女の進路に立ちふさがって、自分がラジコンで誰かに操作されてるようなふわふわした感覚のまま、


「おはようございます」


 と言った。

 おれをよけて、彼女は何事もないようにすたすたと行く。

 勇気をふりしぼった単純接触の初日は、こうやって華麗にスルーされた。

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