告白に成功するまで卒業できません
嵯峨野広秋
第1話 二度あることは三度ある
卒業式の数日前。
おれはコンビニで立ち読みをしていた。
ふと、となりからいいにおい。
肩がぶつかるほど近くに、女の人がいる。
「……たいへんだねぇ」
と声。
ん? とそっちを見たが、ふつうにマンガ雑誌を読んでいるだけ。背筋をピンと伸ばした、やけにいい姿勢。茶色のサラサラロング。紺のスーツみたいな服、下はスカート。
「でも、それがルールだから」
と、またも声。
スカートから、ゆーっくりと目線を上にあげると、
「ねっ!」
はじけるような笑顔を、おれに向かって浮かべた。口が、いわゆる〈アヒル
「いい、よくきいて。一度しか言わないゾ。あーなーたはぁ……告白に成功するまで卒業できませーん!!」
コンビニの中で、けっこうな大声。
ぱたぱた、と何事かと店員さんが走ってきた。
雑誌のコーナーを見て、あれ? という表情。
「あの、すみません」
ひらいていた雑誌をとじておれは「はい」と返事する。
「誰か……その……いませんでした? 女性のかたが。なんか、いま女性の声がしたんですけど」
それはそっくりそのまま、おれの疑問だよ。
どこにいった? あのOLさんみたいな感じの女の人は。
マンガ雑誌が床に落ちている。彼女が読んでいたやつだ、たぶん。
さあ、となんとなく居心地がわるくなって、おれはすぐに店を出た。
――と、そんな白昼夢のような出来事のあとの卒業式。
実感した。
たしかに、あの人は〈一度しか言わなかった〉し、〈卒業〉もできなかった。
式を終えて、クラスメイトとのお別れやらをすませて、校門を出たら、
「冗談だろ……」
高校三年の、四月にもどっていた。
もちろんおどろいたが、夢でもなんでもない。リアルな高三の春だ。
朝の教室。
「あ~っ、彼女つくりてぇなぁ~!」
バスケ部の男子が、気持ちよさそうに背伸びをしながら、でかい声で言った。
「ね、ね」
くる、と前の席のあいつが上半身をひねってこっちに向いた。
「コクちゃんも、あんなふうに思ったりするの?」
そんなわけで、呼び名はその日から「コクちゃん」だ。たまに「コク」とぞんざいに呼び捨てられることもある。
「……どしたの?」
リアクションのないおれを不安そうに見るこいつ。いや、こいつとかあいつとか言ってるが、そもそもそんなに親しいわけじゃない。ただの幼なじみだ。
家同士の付き合いでいっしょになるときは「ソア」と呼ぶが、こういう学校とかでは、
「なんでもないよ。片岡さん」
と、他人行儀。
「そっか」
と、ソアもべつにおれのこの呼び方の使い分けは気にしていない様子。
「で、だれかコクりたい相手はいる?」
このやりとり。
今さっきの「どしたの?」と心配される流れは〈一回目〉にはなかったが、おれはこんな会話をたしかにした。
それで、
「いるよ」
と答えたんだ。
うそをついた。
理由はわからない。実際、そんな女子はいなかったのに。
そ、と口をすぼめるようにして一言言ったきり、あいつはまた背中を向けてしまった。
しかし、なんだよこの状況は。
もう一度、三年生をやりなおすのか?
もんもんと考えているうち、あっというまに放課後、あっというまに数日がたった。
そして一か月、二か月と時は流れ……
「なに、こんなとこに呼び出して」
二回目の卒業式。
終わった後に、ソアを呼び出した。屋上につづく階段。屋上は常時、カギがしめられているのでほとんど誰もこない場所だ。
踊り場の、下の廊下からは見えない位置におれとソアが立っている。
「いや……」
「え?」
「その、だな」
ええい、腹をくくれ、おれ。覚悟を決めるんだ!
あの変な女の人が言っていたことは、まじのまじで本当だったじゃないか。
告白を成功させないと、またもう一回、三年生をやることになるんだぞ。
それに、もうこいつしかいない。
おれの告白をオーケーしてくれる可能性がある女子は、この学校には、ソア以外にはいない。
いけ。
いけっ!
「おれと、つ、付き合ってくれないか」
「それ告白?」
こっちは必死の思いでやってんのに、ふだんの会話のようなソアの声。
おれは目をしっかりと合わせて「そうだよ」と言う。
「んー……そっか、告白なんだ……」
たのむ。
最後の望みなんだ。
いいよ、と言ってくれ。
「ごめん」
え?
「わたし、好きな人がいるから」
おい冗談だろ。冗談だよな。
「あ。第二ボタンもらいにいかないと。じゃね~」
ひらひらと手をふるソア。
ひらひらとまう桜の花びら。
がくんと落ちた肩のまま自分の体を自分でひきずって、校門を出たら、
「散った……」
体が百八十度反転して、正面には校舎、左右には桜の木。
朝の空気のにおい。すずめがチュンチュンと鳴いていた。
三回目の高三のスタート。
おれの心には、絶望しかなかった。
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