第128話


「彼女に“死なないで”とお願いされたのではないか?」

 セリスが呆れたように息を吐いた。フレヴァーは明らかに動揺していた。鎧のままこちらを振り向くから表情は全く見えないが、何故だか私には分かる。「そうなんですか?」と問いかけるような……戸惑ったような瞳が見えたのだ。


「……フレヴァー様が死んだら私は泣き叫びますからね。三日三晩、泣き喚いて干からびて死んでしまうかもしれませんから」

 そう答えると、彼は試合中にもかかわらず……わたわたと慌て始める。

「……それは、困ります……!」

 その見慣れた挙動不審な姿にほっこりしたその隙に、セリスの力で幾つもの風の刃がフレヴァーに飛び掛かった。それに気付いたフレヴァーは素早くそれを剣で受け止めてかわす。


「ならば……君には生きていく意味ができたじゃないか」

 セリスは先ほど「殺すことも厭わない」と言い切ったが、私はそれも嘘だと思う。今の攻撃だってやろうと思えばもっと卑怯に、フレヴァーを確実に殺せたはずだ。そしてそれは攻撃を受けたフレヴァー自身がよく分かっていることだろう。


「──君は、彼女にとって“生きていてほしい人”であるのだから」


 まるで鎧が透けて、フレヴァーの顔が見えているような感覚に陥る。実際にそんなことがあるわけないのは分かっているが、私には見えたのだ。


 俯き加減の顔が上がる。そして──キラリと彼の瞳に、暗い闇を照らす光が宿ったような気がした。



 剣を持つ手を力強く握り直すと──目には見えないくらいのスピードでフレヴァーがセリスを斬りつける。

「──ぐっ」

「そう──それでは、死ぬわけにはいかないですね」

 ──と、見せかけ──実際は剣の柄頭でセリスの腹部を打ったのだ。そしてそのまま、痛みに耐え切れず膝をついたセリスに剣の切っ先を向けた。鼻先から数センチの距離に剣の先があり、セリスは強張っていた肩の力を抜いた。


「……私の、負けです」

 そう言って、セリスは笑った。


 主人公チームも安堵したように肩の力を抜いて微笑んでいるのが分かる。場内はザワザワと微妙な空気ではあったが、そんなことは私にとってどうでもよかった。



 フレヴァーの勝利を告げるアナウンスの後、リング下の地面に足をつけた彼がこちらに歩み寄ってくる。私も震える足を動かして駆け寄り、それに気付いた彼は鎧の頭を取ると──ふわりと花が咲くように笑った。

「……死にませんでしたよ、ナツさん」

 いつものおどおどした様子はなく、その顔には清々しさが感じられる。私は唇を噛み締めた。

 ──涙を堪えなきゃ。また困らせてしまうから。


「私“たち”を、ただの悪役にしないでくれて──ありがとうございます」

 だけど──フレヴァーが満面の笑みでそんなことを言うものだから、温かい滴が堪え切れずに頬を伝った。

「えっ、あの……何で泣いてるんですか……生きてるのに……」

 ポロポロと涙を流す私にどうしたらいいか分からず、結局困らせてしまっている。そして先ほど堂々とした姿を評したというのに……また、挙動不審に戻っているのを見て泣きながら笑ってしまった。


「黒騎士様……!ありがとうございました……!」

「わ……っ」

 がしゃん、と鎧が音を立てる。その手を握り上下に勢いよく振った。結界のせいでバチバチと電気が流れているが、鎧のおかげであまり痛みはないようだ。


「ちょっと、何照れてるの。早く離れて」

 顔を真っ赤にさせるフレヴァーが行き場のない左手をパタパタと振るのを見て、不機嫌そうなイェナと「羨ましいなあ……」と口を尖らせるアロ。


 私は大袈裟なほど大声をあげて、笑った。


 ──空の向こうに行ってしまった彼らにも届くように。

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