第129話

 

 試合間の休憩を挟み、次の試合開始が予告される。フレヴァーの怪我はあまり深くなく、治療もすぐに済んだ。ナツはフレヴァーの治療を終えるとリングの向こう側──主人公パーティーの元へ歩み寄っていく。


「……ナツ」

 近付いていくナツにノエンは恐る恐る声をかけた。フェブルやアプリは気まずそうに視線を逸らす。ナツは何も答えず、座り込んで休んでいるセリスのそばにしゃがむとその傷を手当てした。


「……ありがとうございます」

 セリスが驚きつつも素直に受け入れて礼を言う。ナツは眉を下げ、困ったように笑った。

「──セリス様はやっぱり、私が好きになった素敵な人です」

 その表情に、セリスは少しばかり安堵する。チームメイトの死に泣きじゃくっていた少女。第二試合の後にはパニックで呼吸困難にも陥っていた。アプリは酷く落ち込んでいたし、フェブルも顔には出さないが気にかけていたように思う。その時からは随分と落ち着いているようだ。



 ナツはセリスの治療を終えるとちらりと他のメンバーにも目を向ける。さすがは決勝戦、激闘の末に死した二人の対戦相手も重傷のようだ。少しだけ考える素振りを見せた後、ナツは二人の元へとゆっくり足を進めた。

「……あの……」

 アプリは戸惑い、思わず後ずさる。そんな彼にお構いなくナツは少年の手を取って力を込めた。

「……あ、ありがとう、ございます……」

 微かな光とともに傷が塞がっていく。それは握られた手を中心に、全身へと広がっていった。


「……」

 ナツは無言のまま力を使い続け、あらかたの傷が治療された頃にはアプリの隣にいたフェブルへ身体を向ける。

「……俺はいらん」

 ナツの治療を拒否したフェブルは不機嫌そうに彼女の手を振り払った。行き場をなくした手を下ろし、ナツは無表情のまま彼を見上げる。


「──復讐できたら、満足ですか」

「……何?」

 その目に宿るのは怒りでも悲しみでもなかった。ただ淡々と問いかける。

「仇を討つために人を殺して、楽しいですか」

 フェブルは目を見開いて驚いた。ナツの真意を図ろうとするが、できない。


「確かに、あなたたちにとって彼らは悪そのものだった。たくさんの罪を犯して、たくさんの命を奪った。それは許されることではない。それはよく分かります。あなたたちが彼らを憎んだことも、頭では理解できる。罰だったのだと言われたらそれも仕方がないと思える」

 少女の真っ直ぐな目から一筋の涙が流れる。少年たちは何も言い返せなかった。


「でも……それでも、私にとってあの方達は優しくて心温かい友人でした……。私の命を助けてくれたあの人たちが殺されることに……納得なんて、できないですよ」

 後半は声が震えていた。ナツの思いにノエンを含めた全員が唇を噛む。後ろの方で控えめに見守っていたコロネの目からも涙が溢れていた。


「あの時──私の目にはあなたたちが悪に見えました。あなたたちは大切な人が殺されて、悲しんだ。いろんなものを失って、苦しんだ。だけどあなたたちのせいで、あなたたちと同じ苦しみを味わう人がいるということを、忘れないでください……っ」

 ギュッと目を瞑ってひと呼吸おいたナツは、俯き加減の顔を上げる。そして呆然としていたフェブルの手を取って、祈るように力を込めた。


 ナツが治癒の力を敵チームにも施したのは、元々その役割を担っていたコロネの治癒能力が自分に移っていることを理解していたからだ。原作ではコロネが試合の終わったチームメイトを治療していた。厳しい戦況だったのだから、かすり傷で済むわけもない。このままコロネが行ったはずの治療を受けずにいたら命さえ危ういだろう。主人公パーティーの誰かが死んでしまえば、それこそこの世界の未来が大きく変わってしまう。ナツはそれを危惧したのだ。



 フェブルの回復を確認するとナツは手を離し、突然「ごめんなさい!」と頭を勢いよく下げた。

「あなたたちだって喜んで殺したわけじゃないのに。それは分かっているのに、口が止まらなくて……本当にすみません」

 先程の強い瞳はもうそこにはなく、呆気に取られた主人公パーティーがハッとして「もういい」と言われるまでナツは何度も謝っていた。


イェナがリングの向こうから痺れを切らしてナツを呼ぶと、少女はイウリスチームに背を向け駆け出す。そして一度立ち止まり、振り返ると──ふにゃりと笑った。

「たしかにあの時、あなたたちに怒りを覚えました。だけど──私は昔から、あなたたちが大好きです。それはこれからも、変わることはありません」


──“昔から”

その言葉に主人公たちは疑問を抱くが、少女の意味ありげな笑みになにも言えなかった。

「……ナツ」

「はい……?」

ノエンがスッと前へ出て、ナツの前に立つ。息を吸い込んで、彼もまた決意を込めた瞳でナツを見据えた。

「俺は負けないからな」

数秒の間、二人の間には静寂が流れる。


「『兄貴を殺さない』とも、『俺は死なない』とも言えない。……多分またお前を泣かせると思う」

ノエンがグッと握り締めた拳。手のひらには爪が食い込んで血が滲んでいた。そんな彼を見たナツは一度視線を落とし、再び顔を上げて──。

「……それなら──」

──哀しく笑った彼女を見て、ノエンは息を飲んだのだった。

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