第127話

 

「──試合、開始!!」

 審判の声がスピーカーを通して会場内に響き渡る。それと同時に、二人は動き出した。


 セリスは鉄扇、フレヴァーは真っ黒な剣を取り出して互いに飛び上がると武器を交える。二人の間には真っ黒なオーラと爆風が渦巻く。セリスが操るのは“風”、対するフレヴァーが操る自然エネルギーは“闇”だ。


 フレヴァーは普段の危うげに揺れる瞳ではなく、前だけを見据えた真っ直ぐな目でセリスを見つめている。

 元々感情的になることもなく、饒舌でもない二人だ。挑発しあったり互いを貶めるような言葉を吐くこともない。淡々と相手に傷を増やしていくだけだ。



 不意に、セリスが動きを止めた。それに反応してフレヴァーも彼から距離を取り武器を振り回していた手を止める。

「……何故だ」

「……」

 フレヴァーはまるでスイッチが切れたロボットのように身動き一つしない。セリスは納得がいかないとばかりに眉間にシワを寄せた。

「貴様、私を殺すつもりはないな?」

 静かにそう言ったかと思うとセリスと目が合う。しかしそれは一瞬で、彼はまたフレヴァーに目を向けた。


「ナツさんが、悲しまないように?」

「……」

「私のことを好きだと言ってくれたナツさんが、泣かないように……私を生かしたいんだろう?」

「……」

 フレヴァーは肯定も──否定も、しなかった。硬い鎧に身を包み、その感情を隠す。


 私の言葉が、彼を縛り付けてしまったのだろうか。自分の行動が、裏目に出てしまったのだろうか?

「……だが私は手加減をするつもりも、負けるつもりもない。いざとなればお前を殺すことも厭わない」

「……ああ。それでいい」

 何かを諦めたように、フレヴァーがこの大会のリング上で初めて言葉を発した。しんと静まり返った場内ではフレヴァーのこもった声も鮮明に聞こえる。


「私は……死んでも勝たなければならない」


 ──“死んでも”

 その言葉に、私ははっと息を飲む。私と指を絡めた試合前、彼はどんな表情をしていたのだろう。


「私には生きることを望む人などいない。だがあなたは違うだろう。あなたが死んだらあの人はまた泣いてしまう。それは……できれば避けたい」

 私は確かに「誰にも死んでほしくない」と伝えた。優しいあの人は、どうして“誰にも”という言葉の中に自分が含まれていると思わないのか。私の言葉をひどく歪曲して理解したらしい。何のために私は彼に伝えたっていうの。

 ……不器用なくせに、どうしてそんなに優しいの。


「──本当にそれでいいのか?」

 セリスが落ち着いた声で問いかける。スローモーションのようにゆっくりと一度目を瞬いた。


「君が死んでも、彼女は泣かないとでも?」

「……」

 天然なのか。「それは思い浮かばなかった」と言わんばかりの空気がフレヴァーの鎧越しに伝わってくる。アロはクスッと笑って「彼らしいね」と言った。

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