第111話



「これはすごい破壊力だね……」

 アロが感心したように呟くと、その場にいた全員が肯定してしまいそうになるが踏み止まった。フレヴァーだけは素直に頷いてイェナに睨まれていたが。

 ナツのそんな行動に、婚約者が黙っているわけもない。毛を逆立てた機嫌の悪い猫のようなイェナが今にもセリスに噛み付いてしまいそうな勢いだ。


「なっちゃん、そろそろキミの婚約者が我慢の限界だよ」

「……イェナ様?」

 決勝戦を前に敵を殺してしまっては面白くない、とアロがイェナを止めるためにナツに声をかける。それに気付いたナツが腕を解いて、刺々しいオーラを放つ彼に視線を向けると呑気にもひらひらと手を振った。


「ホラ、彼にも大好きだって言ってあげなきゃ」

 一刻も早くナツを取り戻さなければと今にも動き出しそうなイェナだったが、彼女に「大好き」とは言ってもらいたいらしく、腕を組み直して待つ。


「イェナ様は〜大好きじゃなくて……」

 少し考えたナツは甘えるようなゆったりとした口調で、イェナの心に無自覚の矢を刺した。イェナは内心傷ついたのか、普段よりも感情のない目でどこか遠くを見ている。


「んー、もっと、大きいんですよ〜」

 これくらい!と両手で大きな丸をつくったナツは、へへへ……と悪戯っ子のように笑う。

「大きい?」

 アロが問いかけるとナツは何度も頷いたが、イェナも意味が分からないと首を傾げる。


「イェナ様は私のヒーローなんですぅ」

「ヒーロー……」

 あまりにもイェナからはかけ離れた単語に、その場にいた者たちは言葉を失った。イェナ自身でさえ、信じられないといった顔だ。


「私は──イェナ様がいないと、生きていけませんから」


 セリスに向けた顔もあまりにも可愛らしかったが──今度はひどく儚くて美しい表情を見せる。普段のナツからはあまり想像できない顔だ。


「……これまた、すごいね?イェナ──」

 そして、アロは見た。ナツの発言の直後、一瞬だがイェナが言葉をなくして手の甲で口元を押さえているのを。明らかに動揺していた。たった一人の少女の、熱に浮かされた言葉を聞いて。


「うわああ!!セリス落とすな!!しっかりしろ!!」

「その距離で見たらエグいのは分かるけど!!そいつ落としたらお前死ぬぞ!!」

「おねえさま……!天然小悪魔なんですね……!」

 そのままセリスの腕の中で目を閉じたナツ。彼女の衝撃的な愛らしさに誰よりも心臓を撃ち抜かれたのは一番近くにいたセリスだっただろう。ナツを見つめるセリスは腕の力さえ保てないほど放心していた。

 そんな彼を宥めるとイウリスとノエンが彼の腕の中から滑り落ちてしまいそうなナツを必死で食い止める。その側ではサリーとコロネが尊敬の眼差しで眠るナツを見ていた。

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