第110話
「……ナツ、返事」
「ハイッ……」
ナツは眠気に支配されつつも思わず勢いよく返事をしてしまい、その拍子に頭がズキンと痛んだ。そんな彼女を見てノエンがため息をつく。
「……そこにいるの。返しなよ」
仕方なくセリスがナツを抱えたまま立ち上がる。その姿を見て、イェナが怒らないはずがなく……どんどん邪悪なオーラが色濃くなっていった。
「……返すことはできない」
「は?なんで」
ノエンは兄であるイェナを睨み、喧嘩を売るような態度をとる。苛立つイェナにも怯まずノエンはグッと拳を握って静かな怒りを露わにした。
「……何回ナツを危険な目に遭わせたら気が済むんだ?」
「……は」
「ナツが危険な目に遭うのはほとんどが兄貴のせいだ。──違うか?」
「……」
ノエンの言葉に、イェナが初めて声を詰まらせた。思い当たる節が多かったからだ。黙り込むイェナに、ノエンが畳みかけた。
「──ナツは俺たちが保護する。その方がナツにとって安全だ」
そう言い切った途端、バチバチッ──と何かが弾けるような音が辺りで何度も鳴る。
「──ふざけるな」
イェナのオーラが怒りを含んで火花が散った。咄嗟にイウリスがコロネを、フェブルがサリーを庇う。乱れたオーラはイェナの動揺をも示しているようだ。
「──イェナ様?ダメですよぅ……ナツはここにおりますっ」
セリスの腕の中からゆるゆるとナツが手を挙げる。その声に反応したイェナはハッと我に返り、鋭い棘のようなオーラを鎮めたのだった。
「殺気が、おさまった……」
もともと臆病な性格のアプリが恐々とフェブルの背中から顔を出す。
「……ナツは兄貴にとって起爆剤にも鎮痛剤にもなる存在なんだよ」
ノエンはチッと舌打ちをして、うとうとと意識を彷徨わせるナツを気遣わしげに見た。
「ナツはなんでそんなにぐったりしてるわけ?何かした?」
イェナがまた噛み付くようにノエンを問い質す。弟の視線が何だかやたらと気に食わなかった。
「ミルに突き落とされたせいで、湖に落ちて風邪ひいたんだよ。これも兄貴のせい」
ノエンも負けじと言い返す。やはりイェナにとって後ろめたい部分がどこかしらにあるのだろう。彼はまた言葉を失くして、何かを振り払うようにナツの元へ数歩歩み寄った。
「──早く部屋に戻って安静にしないと」
今は目を閉じて起きているのか眠っているのか分からない少女は頬は紅潮して息も荒い。明らかに悪化しているようだった。
「ナツさん、大丈夫ですか?」
セリスが揺り起こそうとする。ゆっくりと目を開けて、パチパチと瞬きをしたナツ。
「セリスだ……」
彼女は虚ろな目で目の前にあるセリスの顔をじっと見つめる。イェナの眉がピクリと動いたその瞬間、
「だいすきっ!」
「……っえ」
ぱあっと瞳を輝かせたかと思うと──赤らめた顔には満面の笑みが広がる。そしてセリスの首に腕を回して思い切り抱きついた。
その無防備なナツの顔を見た主人公パーティーやイェナはもちろん、アロやフレヴァーまでもが惚ける。至近距離でその笑顔を向けられたセリスは、普段はあまり動じない冷静な顔を真っ赤にして言葉を詰まらせている。
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