第109話



「体調が悪いのですか?」

「いえ、大したことないので大丈夫です……」

 抱きとめられたまま、セリスが至近距離で話す。ナツは緊張でまともに喋ることもできないでいた。そそくさと彼の腕から下りようとするが、それを制したのは慌てて階段を下りてきたサリーだ。

「いいえおねえさま!大したことありますっ」

 鼻息荒くそう言うと、セリスにキラキラとした目を向ける。

「セリスさん!そのまま、おねえさまを運んであげてくれませんか?」

「……私は構いませんが」

 ナツの思いを聞いてもなお、あわよくばイェナではなくセリスとの恋を期待しているらしい。セリスはサリーの勢いに苦笑する。最推しがそう言うのだから、ナツが拒否するわけもない。

(これは浮気ではない!!断じて!!)

 そう何度も唱えながら、ナツは元の世界で何度も妄想していたセリスの温もりを、緩む頬を隠しながら堪能した。



 ホテルのロビーに着くと、セリスを除く主人公パーティーがソファに集結している。セリスに抱かれているナツを見てそこにいた全員が目を丸くした。

「ナツ?なにやって……」

「おねえさまが風邪をひいてしまったようなんです」

 セリスたちが歩み寄ると、ノエンが立ち上がって眉を寄せる。

「風邪?なんで?」


 心配そうな顔でナツのおでこに手を当てると「熱いな」と呟いた。ナツは少し考えて困ったように笑うと先ほどの修羅場を思い出す。

「さっきミルさんに崖から突き落とされて、湖に飛び込んだからだと思います……」

「──は?」

 ナツはノエンが「馬鹿だな」と笑い飛ばしてくれるものだと思っていたが、そうではなかった。彼はさらに眉間のシワを深くして厳しい顔をする。


「兄貴の、せいか?」

「え、いや……」

「激弱なお前が喧嘩ふっかけるわけもないよな?」

 ノエンが責めるように詰め寄ると、セリスが彼の名を呼んで制する。だがノエンの気は晴れず、重くため息をついた。


「ロンとかいうやつも兄貴を倒すためにお前を人質にした。ミルは?確か兄貴に惚れてる女だったよな?お前が邪魔になって殺そうとしたんじゃねえの?」

「……」

「無言は図星と取るからな」

 いつになく真剣に──怒っているとも取れるノエンの言動を、ナツはぼうっと聞いている。言い返す気力がないようだ。


「やはりあの殺し屋のせいでおねえさまに危険が……」

 サリーが唇を噛んで拳を震わせたがナツは黙ったまま。熱が上がったのか、段々と意識が朦朧としているようだった。



「──あっ」

 サリーの何かを発見したような声に、全員がホテルの入り口に視線を向ける。アロとイェナがエントランスへと足を踏み入れていたところだった。


 主人公パーティーは咄嗟にナツの前に立ち塞がり、セリスはイェナ達に背を向けしゃがみ込むようにして、全員が示し合わせたかのように彼女を隠した。


 ピリッとした空気に気付いた二人だったが、気にせずエントランスを通り抜けようとして──。

「──ナツの匂いがする」

「え」

 立ち止まったイェナが首だけでぐるりとノエンたちがいる方向へ振り向いた。隣を歩いていたアロは珍しくイェナの言動に引いている。

「キミ……ちょっと怖いよ」

「サイコパスに言われたくない」

 そう言い捨てるとイェナはスタスタと主人公パーティーの元へ行き、全員の顔を見渡した。


「……ねぇ、オレの婚約者見てない?」

「……さあ、どうかな」

 ノエンが返事をするがその額には汗が滲んでいる。イェナから漏れ出ている負のオーラと威圧感が彼らを包んだ。

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