第103話
「──げほっ」
水をかき分けて必死に息継ぎをする。服が水を含んで非常に重い。同じようにデケンが水から顔を出して笑っている。そして私の腰に腕を回すとすいすいと泳いで陸に上げてくれた。
四つん這いになって息を整えると私は崖の上を思い切り睨んで息を吸い込む。
「ばーか!!大人しく1人で来るわけないだろ!!こっちは激弱なんだよ!!プライドもないし『迷惑かけたくない』とか『話せば分かる』とかいうヒロイン脳は持ち合わせてないわ!!」
崖の上にいるはずのミルには聞こえるわけもない。それをいいことに暴言を吐きまくった。デケンは一瞬ぽかんとした後、また豪快に笑い声をあげる。
「お嬢ちゃん、強いな」
その言葉にもう「激弱ですよ」とは返さなかった。そういう意味ではないと分かったから。突き落とされたくらいで恐怖に打ち拉がれるほどもう弱くはない。私の精神はこの世界に来て強固にされたらしい。人の順応性とは恐ろしいものだ。
「──イェナ様のところに早く行きましょう!」
へへへ、と笑い返すと、ずっしりとした衣服の水を絞って立ち上がった。
「……待ちな、お嬢ちゃん」
デケンが私の肩を掴むと、前に立ち塞がって制する。首を傾げてデケンの身体の向こうを覗き込むと、そこには何十人もの武装した男たちの姿があった。……これもミルの策略か。念には念を入れる周到さには感心する。
「……大丈夫なんですか?すごい人数……」
「問題はない──が、お嬢ちゃんに傷一つつけないっちゅう約束があるからなあ」
「参ったなあ」と笑うが、その表情は全く参った様子はない。くるりと振り返ったデケンが私の両方の脇の下に手を差し込むと、軽々と持ち上げられる。
「ちょっとすまん」
何が?と聞く前に、私の体はぶん投げられた。
「マル!!お嬢ちゃんを頼む!」
──今、「傷一つつけない」って言ったよね!?
ジェットコースター級のスピードで飛ばされた私を受け止めたのは──。
「ったく、仕方ねえな!!」
赤髪の男・マルだった。彼の近くにも大勢の刺客がいて、得意の銃を使って敵を倒している。私を片手で抱え直すとまた戦闘に集中した。
「うぎゃっ」
刺客たちが私を狙って攻撃してくるから思わず変な声が出る。マルがチッと舌打ちをしてそいつの方に銃口を向け、引き金を容赦なく引いた。
「……っ」
顔を背ける余裕もなく、銃声にびくっと体が震える。
弾が敵の脳天を貫く様が視界に入る前に、マルの胸に頭をグッと押さえつけられた。
「馬鹿!見てんじゃねえ!怖えんだろ!?」
イェナが何か言ったらしい。私が血や死体を見たら気分が悪くなることを知っていて、マルは気に留めてくれたのだ。その優しさに、場にそぐわず微笑んでしまった。
「お前を泣かせたら、俺らがイェナにキレられんだろーが!」
照れたように付け足した言葉も、ただのツンデレ要素にしかならない。一人一人の魅力を感じる度に、私はこの世界に来て良かったと思うのだ。
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