二回戦/三回戦

第84話

 

 今日はアロチームの二回戦。今回はチームメイト全員が参戦するようで、今日も私はVIPルームのガラス窓から皆を応援している。

「といっても、やっぱり戦うのは黒騎士様だけ……」


 原作でもそうだったように、基本的に決勝までは他のメンバーの実力は見せない。それが彼らの作戦である──というよりは、ただ単に黒騎士一人で片がつくからという単純な理由なのだけれど。


 イェナは仕事以外で戦うことを面倒くさがるし、アロは戦闘狂ではあるもののつまらない試合はしたくないタイプだ。残りの二人にもそれは言えることで、強い相手でないと戦う気が起こらないのだそう。その分、黒騎士が雑魚を倒す。


 作中では彼の素性は全く明かされなかったこともあり、ただ淡々と機械のように相手を倒していたように見えた。あの黒髪イケメンがその役割を喜んで引き受けたようには思えないが──嫌がっているようにも見えなかった。まあ、アロの仲間なのだからどこか変わっているのだろうと自分の中で完結させた。


「今回もストレート勝ちかなあ」

 引っ付いていたガラス窓からそう呟いて離れる。選手交代の間にお手洗いに行こうとVIPルームの扉を開けた──。

「え──」

 その瞬間見えた光景に絶句する。この部屋の護衛を担当する黒服の人が二人倒れている。その傍らにはデケンほどではないものの、大柄な男が勝ち誇ったように笑っていた。


 頭の中で、警報が鳴る。イェナにもらったペンダントを無意識に握った。


「──あら、これが邪魔してるのね」

 でも手の中にあったそれはいとも簡単に首元から引きちぎられ、奪われてしまった。

 慌てて振り返る。そこには妖しく笑うミルの姿。どうしてこんなことを──と問い質す前に大きな手のひらで口を塞がれ体を羽交い締めにされた。ミルに気を取られて大男の存在を忘れていた。


 ペンダントに込められたイェナの結界がない今──私を守ってくれるものはない。ジタバタと暴れても、激弱な私の抵抗などたかが知れている。


 知らぬ間に薬品でも嗅がされていたのか、ミルに卑怯者だと罵ることもできないまま意識は遠のいていった。








「──?」

「どうしたんだい、イェナ」

「……いや」

 フレヴァーに全試合を託し、静観していたイェナの胸を得体の知れない嫌な予感が掠めた。些細な動揺をアロに目敏く指摘され、言葉少なく返す。

 チラリと見上げたVIPルームのガラス窓は彼ら側からは中が見えない仕組みになっている。たしかに見えないはずだが、そこにいる恋人の姿を探すようなイェナをアロは微笑ましく思う。


 滞りなく──むしろ他の出場チームのどの試合よりも短時間で終わった第二回戦。VIPルームへと向かうイェナの足取りは早く、嫌な予感は目的地へと近付くにつれて大きくなっていく。


 ふいにイェナが足を止めた。

 アロたちが不思議そうに彼の肩の向こうを覗くと──無防備に開け放たれたVIPルームの扉と廊下に倒れ込んだ護衛の姿が目に飛び込んでくる。



 一瞬の沈黙の後、イェナが駆け出した。背中からも発せられる負のオーラにはチームメイト全員寒気を感じるほどだ。


「──ナツっ!?」

 イェナが呼びかけるが、返事はない。部屋の中やトイレなど彼女が行きそうな場所を必死で探すが、その姿は見当たらず舌打ちをした。


 そしてテーブルの上に置かれた紙をアロが発見する。チームメイト全員で覗き込んだその置き手紙には「女は預かった。明日の試合にはイェナが出ろ。試合が終われば女は返す。それまでは危害を加えないが、余計な真似をするようなら容赦はしない。大人しく明日の試合を待て」と書かれている。


「うわぁ……とんだ命知らずがいたもんだね」

「……殺す」

 アロが呆れた笑いを零し、イェナは会場全てを埋め尽くしそうなほどの邪悪なオーラを抑えるつもりもないらしい。残りの三人は眉間にシワを寄せて成り行きを見ている。


 くるりと踵を返すイェナの肩をアロが掴む。

「待ちなよイェナ!明日イェナが試合に出れば返すって書いてる。下手に探して刺激しないほうがいい。なっちゃんは激弱なんだから向こうがその気になればいとも簡単に殺せるんだよ」

 その言葉にイェナは動きを止める。少しだけ冷静になって考えてみるが、やはり明日を待つことが得策なようだ。だが気持ちが収まるわけもなく、遣る瀬無さを無理やり閉じ込めるようにグッと拳を握った。


「……向こうはなっちゃんがキミの大事なヒトだってことを知ってる。無闇にあのコを殺してキミの怒りを買うほど馬鹿じゃないはず。ここはキミやボクらが動くのは得策じゃない。フランに連絡して探してもらおう。何かを探るのは彼の得意分野だしね」

 宥めるようにアロが言うと、イェナは彼を睨み上げる。むしゃくしゃしているのが手に取るように分かった。


「……ナツがもし死んだらオレはお前も殺すよ、アロ」

「……はいはい」

 どうにかしたくてもできないもどかしさを、イェナは初めて経験する。その思いを少しでもぶつけるように壁を殴りつけて部屋を出て行った。


 残されたのはため息をつくアロと顔を見合わせるデケンとマル、眉を下げたフレヴァーと崩れた壁の一部。

「……ほんと、らしくねぇの」

 静寂に落ちたマルの言葉はもちろんイェナには届かなかった。

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