第83話


 無事に本戦一回戦が終了し、イウリスたちも無事に勝ち上がったのを確認して宿泊しているホテルに戻った。

「……ナツはなんであんなに懐かれるのかな」

「え?」

 イェナに背を向けて荷物の整理をしていると、そんな呟きが飛んでくる。


 なんて答えようか考えていると「あ」と何か思い出したようにまた声を漏らすから振り返れば至近距離にイェナが迫っていた。

「どうしたんですか……」

 じりじりと近付いてくる彼に、怖いわけではないけれど思わず後ずさる。すぐに壁に背中がついた。


「“おかえりのキス”してくれるって言った」

 イェナの言葉に今朝の会話を思い出す。

「……い、言ってないです」

 それを了承した覚えはないのだけれど。


 私が首を横に振れば、心なしかしょぼんとしたような気がする。

「……してくれないの?」

「う……」

 そんな風に言われてしまってはお断りなどできるわけもなく。

 彼の肩に手を置いて背伸びをする。背の高いイェナには到底届かなくて、もたもたしている私に彼はゆっくり屈んでくれた。


「……おかえりなさい、イェナ様。無事でよかったです」

 そっと口付けて地面に踵をつける。イェナは「うん」とだけ言って私のおでこを鷲掴んだ。

「わわっ」

 上を向いたまま固定されて再びキスをする。イェナが満足するまで啄まれた後、私の手からすり抜けて落ちていた着替えを拾う。


「……無事に帰ったら抱かせてくれるんでしょ。だから負けないつもり」

 そう言って私の頭をぽんぽんとたたくと浴室へと向かった。



 お風呂から上がったイェナの髪を乾かして、私もシャワーを浴びる。ソファに座り自分の髪をドライヤーで適当に乾かしていると、隣に座っていたイェナがこちらをじっと見ているのに気づく。

「……なんですか?」

「……オレもしたい」

 私の手からドライヤーを奪って、なぜかソファの下に座らされる。そして私の正面に座り直したイェナは、ドライヤーのスイッチを入れた。


 ……なぜ正面から乾かすのかは聞かないでおく。


 彼の指が髪を梳いて柔らかく撫でていく。顔の距離は近いが、その手つきは心地良い。

「……眠い?」

 こくりと頭が揺れて船をこぐ私にイェナが問いかける。小さく頷くと、私の身体を持ち上げて二人一緒にベッドに横になった。


 ここに来てから毎日彼は私を抱きしめて眠る。屋敷でも度々あったけれど、イェナが仕事で朝方までいないことも多かった。ここでは仕事もないから毎晩一緒に寝られることは素直に嬉しい。


 ぴったりと抱きしめたまま、イェナは微睡ながら私の髪を撫でる。もはや無意識のようだ。

「──ナツ」

 掠れ声で呼ばれるとまだドキッとする。上擦りそうな声を意識しながら短く返事をした。

「ナツはかわいいから、あんまり他の男にヘラヘラしないでよ……」

「え?」

 私は耳を疑う。イェナの腕の中で顔を上げると彼の目は眠気でとろんとしていた。どっちが可愛いのだろう。


 熱に魘されていた時のように、隙だらけの素直すぎるイェナの姿はあまりにも尊い。眠くなると素直になる性質でもあるのだろうか。

「……イェナ様が隣にいてくださるから、ナツは幸せで笑っていられるんですよ」

 彼の身体に回した手で宥めるように背中を摩る。そしてその胸に頬を擦り付けて力強く抱きしめた。


「オレの恋人はこんなにかわいい……」

 むず痒くなりそうなほど甘い台詞に緩む口元。


 きっとあの時のように、イェナは朝になれば憶えていないのだろうけど。

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