第80話

「行け行けー!!」

 黒騎士が敵をバサバサと切り捨てている。血を見るのはまだ苦手だけれど、少しずつ慣れてきた。

 ……慣れていく自分が少し怖かったりもするけれど。


 窓に顔を擦り付けるくらい近くで黒騎士の戦いっぷりを見ていると、私の後ろで扉が開く。

「あっれぇー、先客?ここ俺らの専用だよな?」

 振り返ると男が二人。髭面の大男と、チャラチャラした細身の赤髪男。どちらも見覚えがある。開会式でアロやイェナと並んでいた、彼らのチームメイトだ。


「初めまして……」

「お前誰だよ?」

 チャラ男の方が話しかけてくる。不審者を見るような目つきに一瞬怯んだが、ペンダントをギュッと握り締めて落ち着かせた。

「私はナツと申します」

「ナツって……イェナの女?」

「はい!!」

 イェナはチームメイトにも私のことを知らせてくれていたのか、と感激する。けれどまだチャラ男の不審そうな目は拭い切れていない。


「あのイェナのー?イマイチ信用できねえんだよなあ」

「やりますか?激弱ですけどね」

「じゃあ喧嘩売るなよ」

 まじまじと私を見て言葉通りなのだと分かると興味なさげにソファにどかっと座った。


「試合出ないんですか?」

「俺たちが出るまでも無いからなあ。現につまらん一方的な試合だろう?」

 髭面の大男が柔らかく言った。黙っていれば強面にも程があるが、ニコニコと笑う目の前の顔はとても愛嬌があった。大きな手の平が私の頭をぽん、とたたこうとするがバチッと電気が走る。まずいと思ったけれど男はハッハッハッ……と豪快に笑っていた。


「あのイェナのなあ。こんなに可愛らしい人だとは思わんかった」

「え、おじさん素敵」

 原作ではとにかく厳つくてゴツくて……っていうイメージの人。無口でいつも眉間にシワを寄せていた。こんなに朗らかな人だとは思わなかった。


「あのイェナが俺たちにも言ったんだ、ナツって子がもし危険な目に遭っていたら助けてほしいと。あいつがそんな頼み事してくる日が来るなんて思いもしなかったよ」

 イェナは他者とはなるべく関わらない。チームメイトであっても、無駄な話はしない。ということは、私についての話が“無駄話”ではないということだ。 


 ムフフ、と漏れ出す声を堪えていると、髭のおじさんが心配そうに私の顔を覗き込んだ。

「イェナが無理やり君を縛り付けてるわけじゃないんだろう?」

「まさか!イェナ様はいつも私の意思を尊重してくださいます」

 締まりのない顔をキリッと戻して力強く答えれば、赤髪のチャラ男が鼻で笑う。

「それが嘘くせーって。あのイェナだぜ?」

 信じられないと言う男。確かに原作のイェナの姿だと信じられないのは分かる。


「俺は別にイェナの頼みを聞く義理はないしな。この女を使ってイェナを本気で怒らせるのも面白そうだけど」

「……勝負なら受けて立ちますよ」

「いい度胸じゃん」

「ただし、条件があります」

 人差し指をピンと立てて赤髪男に詰め寄る。イェナの足手纏いにだけはならない!


 この勝負は負けられないのだ。

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