第81話



「──これはまた……奇妙なことになってるねえ」

「なにこれ」


「あ、イェナ様、アロ様、おかえりなさい!お疲れ様です!」

 VIPルームの扉が開いて、呆れたように歪んだイェナの顔と半笑いのアロの顔が覗く。


 ソファに座ってテーブルを囲む私と赤髪と強面。睨み合いながら真剣勝負(ババ抜き)の真っ最中だ。

「トランプしてます!大事なものを賭けた真剣勝負ですよ!」

 ジャンッと自分で効果音をつけて手の中のトランプを見せる。イェナは大きくため息をついた。


「……何を賭けて?」

 イェナの何気ない問いに私はフリーズした。軽い気持ちで承諾したけれど……よく考えてみれば、絶対に怒られる事案だ。


「そいつの身体」

「は?」

 赤髪があっさりと白状するからこの場はこの人に任せることにする。怒りは全て彼に引き受けてもらうことにしよう。私は大男から手札を一枚引いた。


「俺が勝ったらナツを一晩貸してもらう」

「私が勝ったらケーキ奢ってもらうんです!」


「賭ける物の差がおかしいでしょ」

 引いた手札と手持ちの手札が一致してウキウキでテーブルの真ん中に出す。


「っていうかなにそれ。絶対無理なんだけど」

 イェナがチッと舌打ちをして赤髪を豪快に掴むと容赦なく引っ張った。

「いてぇいてぇいてぇ!!」

「ケーキはオレが買ってあげる。もうおしまい」

「ええっ、でも!」

 こちらにやって来て私の手の中に残っていた数枚の手札をイェナの大きな手が全て掴むと、くしゃっと握り潰す。


「ナツが他の男と一晩過ごすとかオレが無理」

「きゅん♡」

「うっわ、まじで恋人なんだ……溺愛してんじゃん」

 赤髪が引いた目で見てくるから頬を膨らませれば、イェナが私をひょいっと抱え上げた。


「そう、オレのなの」

 ソファに座ったイェナの脚の間に座らされる。

「手、出したら試合に出す前に殺す」

「わーかったよ」

 赤髪がやれやれとばかりに肩を竦めた。


「……ところで、後ろの方は?」

 成り行きを見守っていたアロの背後に見慣れない男が立っていることに気付く。すらりとした長身で、黒髪の男。ものすごく影が薄くて気がつかなかったけれど、すっとその姿の全貌を現した男に唖然とする。


「今日の功労者だね、勝ち抜き戦だったから彼一人で相手は全滅だし」

「まさか……」

「フレヴァーだよ。通称“黒騎士”。朝も会ったでしょ?」

 にっこりと笑うアロと黒騎士──を交互に見る。

「黒騎士様!?あなたが……」

「……」

 ペコリと会釈した黒騎士に心臓が撃ち抜かれた音がした。



「……お顔が非常にタイプです」

「は?」

「なっちゃんは本当にイケメンが好きだね」


 中性的美少年なのがイェナならばアロは美形。フレヴァーは正統派イケメンといったところか。どこかの漫画の主人公でも通りそうなビジュアル。原作では黒騎士の格好のまま素顔は一切出なかったのはどうしてだろうか。絶対に人気投票上位に食い込むだろうに。


 先ほどまで敵を容赦なく倒していたと言うのに、そのどこか頼り甲斐のなさそうな戸惑った表情がまた可愛い。

「イケメンは大好きです。中でも黒騎士様のお顔は大好物です」

「そ、そんな……私なんて……」

 手を振って否定しながら照れている。今世紀最大に尊い。


「え、なにこれ可愛すぎません?照れてるイケメンとかほんと眼球潰れるんですけど」

 言葉とは裏腹にグッと身を乗り出して顔を近付けると、じっとその端正な顔立ちを見つめる。


「ナツの眼球保護のために、フレヴァーは今後一切ナツの視界に入らないでもらえるかな」

「嘘ですごめんなさい許してくださいイェナ様」

 もちろんお腹に回されたイェナの腕に阻まれてすぐに元の位置に戻されてしまったけれど。

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