第74話
「なんでノエンといたの?」
イェナの手のひらが頬を滑る。熱を持った顔にはイェナの冷たい手が気持ちいい。
「い、イェナ様が……私を置いてミルさんのところに行くからじゃないですか……っ」
我が儘で面倒な女にはなりたくない。なりたくないけれど……きっともう、イェナはそれを嫌だと言わないだろう。
「それで、拗ねてるの?」
──ほら、少し嬉しそうだ。
「……せっかくのパーティーなのに、イェナ様が隣にいないなら意味がないです」
「……」
ふにふにと頬を軽く摘んでいたイェナの手が止まる。右手は腰を掴んで引き寄せられ、左手は後頭部にあてられて。
──気が付けば、私はシートに押し倒されていた。
「……今日、ナツが一番綺麗だった」
イェナの腕の中に閉じ込められ、月明かりも差し込まない。
彼の綺麗な顔が近付いて、ギュッと目を瞑った。
頬、額、耳、瞼。手のひらや髪先と順番に唇が落ちてくる。
「イェナ様……っ」
親指が私の唇をなぞって、その指先にまで反応してしまう。
そしてそのまま、唇に噛みつかれた。
「……もうすぐ、ホテルだから」
離れた温もりにぼーっとしていると、また唇に指が押し当てられて唾液を拭ってくれた。
数分もしない間に車がホテルの前に停車する。イェナが私の腕を掴むと珍しく少し乱暴に引き摺り出され、階段を早足で上る。
ホテルのフロントを抜け、エレベーターに押し込まれあっという間にイェナが泊まるのであろう部屋の前。
表情や仕草からは読み取れないが、何かを急いでいるようにも見える。
カードキーで扉を開けるイェナの手つきを何気なく見ていると、思い切り腕を引っ張られて目を瞑ってしまう。次に目を開けた時にはもう、閉じられたドアに背中を預けていた。イェナの大きな手のひらで頭を抱えられ、上を向かされて再び口づけが落ちてくる。今までのものとは違う。
息が乱れるほどに隙間なく何度も角度を変えて貪るようなキスだ。
「……変な感じがする」
唇同士はほんの数センチの隙間しかない。熱い息が混ざり合う距離だ。
「……具合でも、悪いですか……?」
余裕そうなイェナとは違って息も絶え絶えな私が問いかけるが、彼は一人で何か納得したように呟く。
「……あ、そっか。分かった気がする」
何が?と聞く前に、彼はすぐ教えてくれた。
「これが性的欲求か……」
「……は、い?」
あまりにも衝撃的で、返答に困る。まるで初めて女性に対して興奮したような反応だ。
「なんかムズムズすると思った……オレ多分、今君を抱きたいんだと思う」
「え……」
その初めての相手が私だというのなら……こんなに嬉しいことはないけれど。
「だめ?」
「ダメじゃ、ないです……」
だから私が出す答えなんて、一つしかない。
ベッドの上で組み敷かれ、イェナの手が私の背中でモゾモゾと動く。ドレスのチャックを発見すると、ゆっくりと下ろした。その音すら恥ずかしくて耳を塞いでしまいたくなる。
少し乱れたイェナの服。イェナの色気にあてられて、頭がクラクラする。
脇腹を這う指に思わずビクッと跳ねた。そんな私の反応を見て気分を良くしたイェナは微笑む。月の綺麗な夜に溶け込んで、儚く妖艶だ。
彼の長い髪を掬うように手に取って口付ければ、イェナが目を見開いて
「……そっちじゃないでしょ」
と唇を私のものに強く押し当てた。思わず声が漏れる。逃げようとしても追いかけられて何度も捕まってしまう。何度も重なる唇に息苦しくて息を漏らすと、するりと熱いものが滑り込んできた。水音に耳を擽られ、絡まる舌がさらに息を乱れさせる。私はイェナの後頭部、髪をかき乱すように掴んで抱き寄せていた。
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