第11話


「──あの、イェナ様」

「なに?」


 イェナが部屋のドアノブを握った瞬間、ジャムの言葉がふと蘇ってきた。


「使用人は、イェナ様のお部屋に入ったことがないと聞きました……」

 こちらを一瞥すると、宙を見上げてうーんと唸る。


「そういえばそうだね。別に必要ないし」

「なら、どうして私を……?」


「……さあ。ナツなら別にいいかなって思っただけ」


 曖昧な答えを出して、ガチャ……と扉を開く。彼の言い方から察するに、イェナは使用人が部屋に入ることを嫌っているわけではないらしい。

 使用人たちの間で立ち入ってはいけない場所としてあらぬ噂が広がっているだけのようだ。


「今日からここで出迎えてもらうのでも構わないけど」

 彼の帰宅時のことを言っているらしい。玄関ではなく、イェナの自室で?


「お部屋に立ち入るにはその都度許可が必要だと聞きましたが……」

「ナツなら許可なくてもいいよ」

 なんてことないようにイェナは言うが、それはさすがに憚られる。この殺風景な部屋で私はなにをして待つというのか。きっと好奇心に負けて健全な男子なら持ち得ているだろうブツを探してしまいそうだ。


 ……はい、死亡フラグ。


「滅相もないです!!」

 青ざめた私の顔を見て不思議そうにするイェナ。無表情には変わりないが、なんとなくそう見えた。


「でも婚約者だし。するべきことはしなきゃ、でしょ」

「す、するべきこと……?」

 純粋な乙女ではない私には一つしか思いつかない。間違えていたら恥ずかしいので恐る恐る尋ねた。


「うん、セッ──」

「うわー!!」

「なんだよ、うるさいな」


 見事正解だったようだ。身構えていたこともあって、推しである彼から“その言葉”を聞くことは阻止できた。この人にそういった欲求があるのかなんて甚だ疑問ではあるが。


「……ま、ナツにはまだ早いか」

 何故か急に私を子ども扱いするイェナ。18歳だと告げてあるはずだしトリップでよく見られる幼児化もしていないのに。やはり日本人は幼く見られるのか。


「……イェナ様は、私とそーゆうことをしたいと思いますか……?」


 身の程知らずではあると思いつつも、疑問に思ったことをぶつける。それとも作中は描かれなかっただけで、仕事関係上誰とでもできるタイプの人なのだろうか。


 それはそれでモヤモヤしてしまう。


「したいって言ったらしてもいいの?」

「私の身体でイェナ様を癒せるのなら……!」


 意気込む私に少し驚いたようだ。予想外の返答だったらしい。でも他の女で処理されるくらいなら、仮にも婚約者なのだから私でいいじゃないか。そう思うのは可笑しいのか。


 身体を守るほど純潔でもないし。


「壊しちゃうかもよ?」

「ひぇっ……」

 予想の斜め上を行く言葉に身を縮める。彼が言ったら本当に壊されそうだから安易に頷けない。なんて答えるべきか困惑していると、漆黒の瞳がじっと見つめてくるからさらに言葉に詰まる。

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